第二楽章 カマール要塞の攻防

第二楽章 ① 『第一大隊は全滅の覚悟で敵城門へ突入せよ』

 東の山脈に日がのぼり始めた。

 朝の風が山をでてゆく。


 軍旗を立てると太陽が増えた。

 旗の数だけ、太陽が姿を現していく。

 帝国の連隊旗にも国旗にも、常に太陽が昇っている。


「だが本物の太陽は一つ。我々の心も、皆一つだ……」

 全軍が所定の配置に就いた頃、帝国軍攻略部隊の司令官は通信機越しに各陣地の将兵に対して口を開いた。


「諸君、随分ずいぶんと遠くまで来てしまったものだな。されど、いま目前に見える光景の通り、──太陽は、常に東より来る!

 同じように、正義も常に我らにある!


 ──これより敵要塞に攻撃を開始する。

 周知の通り、内部には一般住民が多数いる。だが武士もののふたちよ、正しき剣を取るとき、千万人もするなし!!」



 攻撃予定時刻となり、要塞を囲む山々に造られた陣地から兵士が横一列となって進み出た。

 彼らの両手には、金色こんじきの兵器が握られている。


 それは、【トランペット】と呼ばれる武楽器だった。


「全軍攻撃開始命令! トランペット隊、おんきょう装填そうてんッ!!」


 軍刀をかかげた士官がトランペット隊に射撃準備を下令。それに従い、奏兵そうへいたちは一斉に自器へ音響力を装填していく。


 トランペットの能力は《破壊発音》。

 音響力の弾丸をベル付近に生成して撃ち出すという力で、演奏する曲によって弾数や射程・弾の効果などを変更、または強化することができる。

 単純だが、最も基幹きかんとなる戦術器である。


かまええぇ────────ッ!」


 発射される弾は正確に言うと「自走していく」ので、その実態は弾丸よりもロケット弾に近い。

 おかげで、音響弾を撃ち出す反動で奏兵の前歯が折れる心配はない。


「撃てえェ────!!!」


 号令を合図に、各包囲陣の山々から要塞へ向け光の矢が大挙たいきょして飛び出した。トランペットの吹奏音が折り重なって戦地にこだまする。


 朝の青空が星でまった。


 打ち上げ花火が空中で爆発した時の光跡。あるいは流れ星ともたとえられる音響弾は、を描きつつカマール要塞に落ちていった。


 まず、街の中へ到達できずに城外山地や城壁に当たった音弾が爆発し、着弾地点を粉砕ふんさい

 次に、要塞内でも同じ現象が起きたはずだ。城外からでも、要塞内部の爆発音と白煙が確認できる。


 これこそ【トランペット】が奏兵の主力武器となり、破壊はかい発音器はつおんきの名で呼ばれるえんである。砲や火薬を用いなくとも、周囲に爆発物を飛ばす能力を持つのだ。


 無論、欠点はある。

 トランペット弾の弾速は、火薬式の銃弾とは比べ物にならないほど遅い(だから空中で軌道きどうを操作できるのだが)。しかも銃のように長時間の連発ができないので、銃兵に囲まれたら太刀打ちは極めて困難。

 それにもかかわらず、射程は小銃と同程度なのである。


 今の攻撃も、目標に着弾するまで形状をたもてず、崩壊して空中爆散した音響弾がいくつもあった。

 楽器に装填する音響力は奏者の魔力──つまりは心の力なので、強い精神が少しでも崩れると基本性能以上の力を引き出せない。


 またた。幾百、幾千条の湾曲わんきょく火線かせんが要塞から周囲に向けて拡散かくさんする。

 機銃弾と砲弾の嵐が城壁をみ、何者をも拒絶するもう一つの壁を形成した。


「突撃中隊の突貫とっかんを支援せよ! トロンボーン隊、前へッ!!」


 トランペット隊の攻撃が一斉射撃から各個連発に移った直後、各隊のトロンボーン奏兵が射撃しやすい位置へと進み出た。


【トロンボーン】は、トランペットと同じ金管楽器の仲間だ。

 他の金管同様に金属の管を曲げて作るのだが、U字に曲がった前後の部分を結ぶ直線管が物凄く長い。前の曲がり部分は手を伸ばしても届かないし、後ろの曲がり部分は奏者の背後に大きく飛び出ている。


 一番の特徴はスライドと呼ばれる機構である。

 トランペットなどはピストンを押して空気の通り道を変えるが、トロンボーンは前に突き出たU字管が二重構造になっており、それを伸縮しんしゅくさせて空気の通り道の長さだけを変えるのだ。


 トロンボーンの能力は、トランペットと同様に音響弾の発砲。違いは、射程がトランペットより長く、弾の速度も速く、貫通力も高い点にある。

 トランペットが大砲の小型版なら、これは大型の狙撃銃と表現できるだろう。

 つまり、本来なら野戦や市街地戦などで使用するべき武楽器であり、要塞に向けるものではない。むしろ要塞から向けられる楽器である。


 しかし、カマール要塞の壁上砲台は壁の中に弾薬庫や兵士が入る空間があるので、薄い部分ならば貫通させることも可能なはずと帝国軍は考えた。

 大砲の機構部分に命中させ、一門でも使用不能にできれば上出来だと。


「演奏許可、貫徹弾かんてつだん強化譜きょうかふ《グングニル》──かなてッ!!!」



 *



 敵の帝国軍は、民間人の避難区に弾が落ちないよう精密な射撃を行なっていた。

 火砲による砲撃は城門付近に集中させ、街中と壁上の陣地を音響弾により制圧している。


 なんと立派な敵であろうか。

 そう、王国軍の壁上防衛隊の士官は感服かんぷくした。


 彼らは先進国の戦術をよく心得こころえていた。使用している歩行砲台などの最新兵器からも、我ら先進列強からよく学んだ背景がうかがえる。

 我々が伝統に腰を下ろして、この時代遅れの要塞での戦いを選んだことに比べれば、実に賢明な民族と言えよう。


 何より立派だったのが、兵員の錬度れんどであった。

 足りない資源を兵士の技能向上でおぎなおうとした結果だろう。ただし、それは強制して実現できるものではない。

 いったい何年、この戦争のために準備してきたのか。


 少なくとも、彼らが幼い頃より我が国との戦争を覚悟させられ、それに沿って教育がほどこされたことは明白であった。

 軍隊の兵はあらゆる職業の民間人から召集されるため、貧しい者も裕福な者も国民全体に国家に尽くす義務を意識させなくては強い軍隊は作れない。


「上空に敵器てっき、撃ち落とせ……ッ!!」

 部下の王国兵たちは、そう叫びながら射撃を続けている。


 音響弾により牽制けんせいした箇所を、空から敵ホルン隊が攻めおそう。城内に兵を侵入させて城門を内と外から挟撃きょうげきする、常套じょうとうだが極めて危険な手だ。

 通常、ホルン一器が輸送できる人数は奏者を含めて二人程度。足が遅くなった二人分のまとは、我が砲兵の恰好かっこうの獲物となる。


 現に、敵兵は次々と紅葉こうようした木の葉のごとく舞い散っていく。

 城外からは、白い城壁に真っ赤な霧のカーテンがらめいているように見えるに違いない。


 けれども敵の足並みはいくら砲火をびせても乱れず、城門は長く持ちそうになかった。


 劣等人種などと、彼らをさげすむ者はもう現れないだろう。

 彼らは、王国という敵に勝利するのではない。人種的偏見と呼ばれる大敵を殺すために前進しているのである。


 これで、良いのかもしれない。

 とても口には出せないが、そのように考えている者も確実にいるはずであった。


 何故なぜなら、この王国は伝統と呼ばれる椅子に座り続けたせいで、時代に取り残されてしまった国だ。そろそろ歩き出さなくては後進国になってしまう。

 だが自分で椅子から立ち上がれるほど、この国の人間は身軽ではない。


「チューバ・ユーフォニアム大隊、突破されました! も、門がくずれます……ッ!!」


 部下の悲痛な叫びの直後、地割れが起きたような響きと振動が周囲を包んだ。



 我々は未来のいしずえに。


 その是非ぜひは、後の歴史が証明するだろう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る