第一楽章 ⑥ 蜜色の夕映えに

 トランペットは、主人公かヒロインでたとえるのなら間違いなく主人公だ。

 しかも、そのはなやかさは「役」というよりも「エキストラ」と表現するのが妥当だとうだろう。


 楽団において役を演じるのは目立たない方の楽器で、中でもヒロイン役を演じるのは木管楽器フルートの務めだとルチアは考えている。


 まぁ、何にせよ……。

「確かに、あんたみたいな気弱な奴がやる楽器じゃないわよね……」

 トランペットは。


 聖堂から出ると、辺りは薄い夕焼けに染まっていた。

 ただし日没する頃の太陽は城壁の向こう側に沈んでしまうため、当然エーカとルチアにはそれを見ることはできない。


 ルチアは街を見下ろしながら思う。ここに住んでいる人間の中でいったい何人が、本物の夕日を見た経験があるのだろうか。

 街に並ぶ建物の屋根は橙色に染まり、所々で煙が昇っていた。


 カマールは平原に造られた都市ではなく広い崖の上、つまり高地に建設された城塞じょうさいである。その周囲をまず崖に囲まれているのだから、城壁を建てなくともそれだけで防御陣地になる土地だ。


 そして平らではなく、あちこちに起伏がある地面なので、特に高い場所にある建物からはこのように街が見渡せるのだ。

 教会も、鐘の音が遠くまで届くよう高所に設置されている。おかげで、聖歌を聴くために長い階段を上る必要があるのだが。


「エーカ。トランペット、やりたい?」

 そう質問したルチアの耳に、親友の声がかすかに届く。


「やりたい……かな……」

 エーカは赤面しているのだろう。けれど彼女の顔はあわい夕日に照らされ、それが分からない。


「えー、なーに? 聞こえなーい」

 ふざけてルチアは言った。


「や・り・た・い~」

 まるで、遠くの誰かに声を飛ばすような口調でエーカが応じる。


 すると、さらに彼女の口真似をしてルチアが返す。

「き・こ・え・な・い~」


「も──っ!!」

 憤慨ふんがいした声音でエーカは叫んだ。

「ルチアちゃんのイジワルー!」


 蜂蜜色はちみついろだった。

 黄昏たそがれの直前。エーカが着る純白の制服は、蜂蜜の瓶を通して見たような世界の色に染まっていた。


「あははッ!」

 全てが密色に侵色しんしょくされる世界で、何が楽しかったのだろう、ルチアは笑った。


「あはっ、あははははははははははっ!」


「なによー」

 いぶかしんだエーカの声も聞かず、狂ったみたいに声を上げてルチアは笑った。


「はははははははッ」


「なんで笑ってるのッ?」


「あはははははははははははは!!」












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