第一楽章 ② 音楽戦争Ⅱ

 授業開始を告げる鐘の音をエーカたちが聞いたのは、学校に辿たどり着いて数分後だった。

 木造の教室に入ると、すでに教壇に立っていた教師から「早く座りなさい」とうながされて二人は各々の席に急ぐ。


「そうだな。本当ならまだ君たちには早いのだが、この状況で初等数理の授業をやっても頭には入らんだろう……」


 校内の鐘声しょうせいが止むと、眼鏡をかけた細身の初老教師はそう切り出した。この状況とは、もちろん戦争を指している。


 つい先日、敵の帝国軍にとりでの一つを陥落かんらくさせられたという知らせが街に届いてから、住民の間には不安が渦巻うずまいていた。

 次に狙われるのは、おそらくこの要塞だから。


「本日は特別に、音楽戦争について一席ぶってあげようか」


 教師の言葉に子供たちからひかえめな歓声が上がる。数学の授業よりも、よほど興味があるのだろう。特に、この年代の男の子は軍事の話が大好きだ。

 エーカも興味津々で身を乗り出している様子が、彼女の一つ後ろの席に座るルチアには分かった。


「まず諸君も心得こころえているように、現代の戦争は《音楽戦》だ。簡単に言うと、音楽魔法で戦われる戦争のことである!!」

 無意味に強い口調で言い切った教師へ、生徒から質問が飛ぶ。


「音楽で、どうやって戦うんですかー?」

 その単純な疑問に、教師はすぐ答えをくれた。


「ただの音楽では武器にならないよ。音楽を奏でることによって行使できる《魔法》を武器に戦うんだ」


 魔法という言葉を真面目な顔で楽しそうに解説し始める学校教師。

 百年前なら正気を疑われかねない発言だったのだろうが、古代に失われた魔術と呼ばれる技術が復活して世間に認知されている今日では、誰もその真偽を疑おうとすらしない。


 生徒たちの疑問は、なぜ魔術の話に音楽の奴が顔を出してくるのかといった点であろう。

 音楽戦争に関する知識は、他の町の子供ならば映画や軍の演習を見て理解する。ただ生憎、この時代遅れの馬鹿でかい壁に囲まれた都市に軍隊が訓練できる土地などはなく、本国領土の外に位置している土地事情から新しい物は届きにくく、映画館も一つしかない。


 彼は言葉を続ける。

「魔法や魔術と呼ばれる神秘は本来、長い呪文や複雑な術式を必要とする。だから長い呪文を唱え、高価な供物を捧げて魔法の光を灯すより、燃料を消費してランプを点けた方が効率的だったんだ」


 教師は説明を省いたが、魔術を行使するときは生命力や寿命も同時に消費する。

 ぞくに魔力とも呼ばれるエネルギーで、王国や帝国を含めた大抵の国々では『音響おんきょうりょく』と呼称している。


「けれど、それらの面倒な術式を《音楽の演奏》という形に変換できたら、どうかな?」


 この時点で、すでに教師の話についていけていない生徒が続出中であろう。

 生徒たちの顔に疑問符が浮かんだ様を確認した教師は、歴史から語り出した。


 下手クソな説明だったので、ルチアは窓の外に視線を移し、かつて聴講した内容を反芻はんすうした。




 ──音楽魔法。

 それは今日、人類が唯一使える魔法である。


 この話はそもそも約百年前、古代遺跡でとある『楽典』が発見されたことに端緒たんしょを発する。

 楽典と言っても、正確には英国の採石場で出土した六六枚の粘土板文書の呼び名である。そこに書かれていた古字を解析して分かった内容が、簡単に言うと「魔法を使う方法」だったのだ。


 その方法こそが、音楽。


 より正確に表現するのなら魔法を使う方法と言うより、魔法を使うために行う複雑な儀式のプロセスを簡略化する方法が音楽だった──と言うべきであろう。


 なぜ音楽を奏でるだけで数ヶ月にも及ぶ儀式を省略ショートカットすることができるのかは、ルチアの学識を越える。しかし、ただ歌を歌うだけで空を飛べるわけではないことは理解しているつもりだ。

 音楽魔法を使うためには、専用の楽器や楽譜が必要になる。


 そして音楽魔法に必要な楽譜は、意外なほど次々に発見された。

 いな、実はすでに音楽魔法に関する古代書は、これまでにも多数が発見・保管されていたのだ。が、それがいったい何について記述してある物なのかまでは、分かっていなかったのである。


『始まりの楽典』と後に呼ばれる粘土板には、極めて基礎的な音楽魔法論が記されているだけであったが、その解明により数多の古代書物の意味不明とされてきた内容を解読することに成功したのだ。


 かくして、人類は魔法を思い出した。






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