セツナツナオ

明日美 燁乃

第一章 1

 国内大手化粧品メーカーの入社式は違和感だらけだった。


 就職活動中に目に焼きつく程見たサイトには年齢、世代働き方を問わず輝く姿があり、インターンなどのイベントでは若手の女性社員がイキイキと仕事のやりがいなどを語っていた。


 そして、面接では女性管理職の人が鋭く、しかし柔和な笑顔で面接をしてくれた。


 あらゆるメディアの広告では商品と共に『自分らしく輝く』『ワタシらしく活躍する』そんな女性へのメッセージやエールがいつも添えられているメーカーだ。


 世間が女性の活躍を高らかに謳っていた事や、同じ女性でも国が変われば日本では男性にしかなれないと無意識に感じている仕事にも女性が就いている事を知り、社会人になるからには社会で活躍したい。


 活躍したい気持ちを性別に邪魔されるのなんてまっぴらだと、私は女性の活躍を応援する企業に絞って就職活動をした。


 そして掴んだのが国内最大手の化粧品メーカーの内定だった。


 内定の通知を受け取った瞬間から大学を卒業して働き始める事が待ち遠しくてたまらなかった。


 そして迎えた入社式には、ずらりとおじさんが並んでいたて、イキイキと輝く女性の姿はどこにも居なかった。


 ***

 

 新入社員研修が終わる頃、いよいよ配属が発表された。


 配属と言っても私は美大を出てデザインの部署へ行く事は決まりきっていたので、総合職でどこに配属されるかわからないという同期の子達ほどの緊張は無かった。



 デザインの部署には母校のOB、OGの他にも美大受験の為に通っていた予備校が同じだという先輩がいたりと少し懐かしい匂いがする環境で不安を少し和らいだ。



 配属された最初の金曜日に歓迎会を開いてもらった。


 そこで、新入社員が1人ずつ自己紹介をする事になり、私は入社出来た喜びと意気込みを話した。

 無難な事を言ったつもりだったけれど、一瞬の沈黙があった。

 その後に「期待してるぞ!」「いいね!そのフレッシュさが羨ましい」などと言いながら上司や先輩が拍手で盛り上げてくれたので、沈黙など無かったかの様な雰囲気になったけれど、早々に失敗したのかもしれないという不安で自己紹介をやり直したい気持ちでいっぱいになった。



 お酒も進みだんだんと仕事の話が中心になり、話題に入っていけなくなった私は上司を中心とし輪から少し離れた席で大人しくしていた。



「飲み会やランチの時は今まで通りセツナちゃんって呼んでも良い?」


 良く知っている声がした。


「もちろんです! アヤカさんと同じチームに配属されて嬉しいですし、とても心強いです」


 アヤカさんは予備校の2つ上の先輩で入学した大学、学部、学科そして入社した会社も同じと私にとって姉の様な憧れの先輩だ。


「あのさ… さっき志望動機言ってたじゃない?」


 アヤカさんは小声で耳打ちする様に言った。

 あの自己紹介で何かまずい事を言ってしまっていたのかと不安がぶり返した。


「こんな事、入社早々のセツナちゃんに言うのおかしいって分かってるんだけどギャップで辛くなっちゃうといけないから…」


 周囲を警戒してからアヤカさんは続ける


「うちの会社は、女性が活躍しているってパフォーマンスが上手なだけだから… その、そういうものだと思っていた方がよいと思うよ… 多分、セツナちゃんが期待しているのはだいぶ違う会社だと思うから」


 入社式で感じた違和感の答えを信頼している先輩に教えてもらった様で、ギクリとした。


 自己紹介での私への沈黙は私が抱いている理想が現実離れしている事への沈黙だったのかもしれない… そんな風に残念な気持ちが沸々と音を立て出したその時だった。


 アヤカさんに覆い被さる様にどすっと座ったのは入社5年目のカツラギさんだった。


 担当した広告が賞を取るなど社内で今一番期待されている若手の女性デザイナーで専門職部門から初の女性役員になるのでは! とまで噂されている社内の有名人だ。


 私はデザインの部署でこのカツラギさんがトップのチームに配属された。


 就活中にも彼女へのインタビュー記事はかなり大きく取り上げられていて、何度もそのインタビューを読んで憧れと期待を膨らませてくれた人だ。


 クールな美人、しかも仕事も出来る! イキイキと輝く女性の代表の様な人だ。


「アヤカ~ 聞こえちゃったぞ~」


 お酒にかなり酔っているカツラギさんは私のイメージしていた人とは思えない、俗に言うウザ絡みをアヤカさんに仕掛けている。


「カツラギさん、入社早々の新人の前でいつものウザさ発揮したら、せっかく広報と新卒採用チームが作ってくれた優秀かつクールビューティーなイメージが一瞬で剥がれ落ちちゃいますよ」


「アヤカ~ イメージが剥がれたくらいで私の実力と評価は揺るがないから安心したまえ!」


 どうやら、私は若干の幻想を鵜呑みにしていたらしい。


 イメージが剥がれたカツラギさんは中身がおじさんという表現がしっくりくる人で、本当にこういう人が存在している事に驚きつつも何だか面白くなってきてアヤカさんとのやりとりが気になって仕方ない。


「カツラギさん、こういうお酒の席での絡み方、私は別に構いませんが、嫌だと感じられたり、こういう絡みが飲み会の席で起こっているのに居合わせて不快に感じる人がいただけでもハラスメントでアウトなんですよ。コンプライアンス研修の動画ちゃんと見ましたか?」


「動画? ああ、あれね! ちゃんと再生はしたよ、倍速にしたりすると人事が煩いからね」


「再生はしたって、それ観てないじゃないですか」


「あんなの観なくても最後のテストは模範解答で提出できるから! ほら、私、優秀だから」


「それでは、全く意味ないですよね」


「はいはい、アヤカは真面目だな~ 真面目な事は良い事だ、でもそれだけじゃデザイナーとして社内で生き残れないし、評価されないぞ。 あ、新人ちゃん! えっと… 他のメンバーみたいに名前でセツナって呼んで良い?」


 唐突に自分に話を振られて「はい」と私は小学生が初めての出席確認に応える様に返事をした。


 どうやら私が配属されたカツラギさんのチームでは女性は苗字ではなく名前で呼んでいるらしい。


 女性はライフステージの変化などで苗字が変わる事が多いので「いっそ名前呼びの方が楽だよね!」とカツラギさんからの提案に「なんか良いかも…」とチームの女性達が賛成してその様になっているらしい。


 ただし、チーム外の人との会議などではお互いをきちんと苗字にさん付けにしないとやはりマズイ空気になるらしく、使い分けの重要性をアヤカさんは教えてくれた後に、使い分けなきゃいけないなら、苗字の方が楽だよねと笑った。



「アヤカ、さっきさぁセツナに言ってたじゃん『女性が活躍してるってパフォーマンスが上手いだけの会社だ』って」


 カツラギさんがまた絡み始めた。


「聞いてたんですか? 酔っていても地獄耳ですね」


「セツナ! 女性も活躍しているから安心しな! 私は活躍している!」


 それはおっしゃる通りだと頷いた。


「でもね、それは今ある男性中心の村社会的な文化に同化しつつ、世間の女性活躍推進の流れも上手く利用するってのが大切だ! 普通に真面目に仕事をしているだけだと自分よりやや能力が劣る男性の方が評価されるのが今のうちの会社、だからアヤカの言うことも半分はあってると思う」


 カツラギさんは大きなジョッキをグビっと飲み干して


「活躍するか、大人しく男どもに評価を譲るかは自分次第だ! 挑んで評価を勝ち取って活躍するんだ!」


 豪快にそう言ってから「私のジョッキが空だぞ~」と注文しやすい位置に座っている後輩に向けて叫びながら別の人に絡みに行った。


「セツナちゃん、びっくりした? カツラギさんってお酒飲むといつも以上に暑苦しいの」と言たアヤカさんに私は目を見開き真っ直ぐと伝えた。


「正直、迫力に驚きましたし、圧倒されましたがやっぱりかっこいいです! ああいう女性になりたいと思ってこの会社に入社しました!」


 アヤカさん「そうだよね、かっこいいよねカツラギさん! 私も憧れてるんだ!」と少し照れくさそうに微笑んだ。

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