第11話 【1月1日(木) 05:00】 場所:久我 奏真の自宅 リビング

元旦の朝は早い。  

外はまだ暗いが、俺たちの戦いは始まっていた。  

今日のミッションは『着物で初詣デート』。

動画映えを狙うなら、早朝の着付けとヘアセットは必須だ。

「パイセン、ちょっと動かないで。襟足の後れ毛を出すのが『あざとさ』のポイントなんスから」

「あいたっ! 未羽ちゃん、ピン留め痛い!」

未羽が莉々花の髪を結い上げている横で俺も袴に着替えていた。  

ふと、気になっていたことを尋ねる。

「なあ星名。お前、こんなに連泊して親は何も言わないのか?」

合宿も今日で6日目だ。

いくら冬休みとはいえ、厳格だと噂の父親が箱入り娘の長期間の外泊を許すとは思えない。  

莉々花は鏡越しに俺を見て、ふふんと鼻を鳴らした。

「心配ご無用よ。パパには『進学校の友達の家で、冬期講習に向けた勉強合宿をしている』って伝えてあるから」

「……勉強合宿?」

「そう。パパ、成績優秀な友達の話には弱いのよ。『あの有名な〇〇さんの娘さんと一緒か! それなら邪魔はできんな!』って、コロッと信じたわ」

莉々花は悪戯っぽく舌を出した。

「まさかその『優秀な友達』の正体が、動画編集オタクの男で勉強じゃなくてカップル動画撮ってるとは夢にも思わないでしょうね」

「……いい度胸だ。バレたら切腹ものだな」

「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ。アリバイ工作は完璧なんだから」

彼女の余裕たっぷりの笑顔に、俺は一抹の不安を覚えたが、今は撮影に集中することにした。


        【同日 10:00】 場所:地元の大きな神社


神社の境内は、参拝客で溢れかえっていた。  

その雑踏の中に、異彩を放つ二人組がいた。  

俺と莉々花だ。

俺は未羽にセットされた髪とレンタルした袴姿。  

そして莉々花は――鮮やかな椿柄の振袖に白いふわふわのショールを巻いている。  

悔しいが、破壊力が凄まじい。

すれ違う男たちが全員振り返り、「うわ可愛い」「芸能人?」と囁いているのが聞こえる。

「ねえ奏真。これ、はぐれるわよ絶対」

「想定内だ。……業務連絡だ、莉々花」

「なによ」

「この人混みで迷子になられると、捜索コストが発生する。

リスク回避のため、物理的な接続を提案する」

俺が手を差し出すと、莉々花は呆れたように笑い、振袖の袖からそっと手を出した。

「まどろっこしいわね。……ほら。繋げばいいんでしょ? 業務(ビジネス)なんだから」

俺は彼女の手を握った。  

合宿での「3時間耐久手繋ぎ」の成果か。

12月26日の時よりも、その手は自然に俺の手に馴染んだ。  

柔らかくて温かい。  

俺たちは手を繋いだまま、参道の人波へ飛び込んだ。


周囲からの視線が突き刺さる。  

「美男美女カップルだ」

「見てあの彼氏、袴似合いすぎ」  

そんな声が聞こえるたびに、莉々花が俺の手を握る力を少しだけ強めるのが分かった。

俺も握り返す。  

これは演技だ。

迷子防止だ。  

そう自分に言い聞かせながらも、合宿中に破壊されたパーソナルスペースのせいで彼女の体温が心地よく感じてしまう。


賽銭箱の前。  

俺たちは並んで手を合わせた。  

二礼、二拍手、一礼。

「……何願ったの?」

参拝を終えた後、俺が尋ねると莉々花は悪戯っぽく笑って指を唇に当てた。

「秘密。言ったら叶わなくなるでしょ?」

その笑顔が、冬の青空の下で、今まで見たどの演技よりも輝いて見えた。  

おみくじの結果は、二人揃って『大吉』。  

俺たちの前途は洋々だ。

このまま順調に登録者を増やし、復讐を成し遂げる――誰もがそう確信していた。


       【同日 20:00】 場所:久我 奏真の自宅


撮影を終え、帰宅した俺たちは、コタツで動画の編集データをチェックしていた。  

初詣動画の手応えは抜群だ。

「いい画が撮れたな。これなら元旦の急上昇入りも狙える」

「でしょ? 私の振袖姿、国宝級だったもんね」

莉々花が上機嫌でみかんを剥いている時だった。  

ブーッ、ブーッ、ブーッ。  

テーブルの上に置いてあった彼女のスマホが不穏な振動音を立てた。  

画面に表示された文字を見て、莉々花の動きが凍りついた。

 『着信:パパ』


「……げっ」

「おい。まさか、バレたのか?」

「だ、大丈夫よ。定期連絡よきっと。『勉強頑張ってるかー?』くらいの……」

莉々花は震える指で通話ボタンを押し、猫なで声を出した。

「も、もしもしぃ? パパ? あけましておめでとう! 今ね、友達と日本史の年号を暗記しててぇ……」

その直後だった。  

スマホのスピーカーから、俺の部屋中に響き渡るほどの怒号が漏れ聞こえてきた。

『莉々花ァ!!今すぐ帰ってきなさい!!』

「えっ、パパ!?ど、どうしたの急に……」

『嘘をつくんじゃない!お前、男の家にいるだろう!!』

――終わった。  

俺と莉々花は顔面蒼白で顔を見合わせた。  

アリバイ工作、崩壊。  

「勉強合宿」という嘘が、最悪の形で裏目に出た瞬間だった。

『動画を見たぞ!初詣だと!? 

勉強もせずに何チャラチャラしているんだ!しかもなんだその男は!どこの馬の骨だ!

明日! 

明日の午前中、その男を連れて帰ってこい! 

逃げたら承知せんぞ!!』

プツン。

通話が切れた。

後に残ったのは、キーンという耳鳴りと絶望的な沈黙だけ。  

莉々花がスマホを握りしめたまま、涙目で俺を見た。

「……ど、どうしよう奏真くん。パパ、日本刀持ち出すかも……」

「……落ち着け。まずは情報を整理する」

俺は冷や汗を拭いながら、脳内CPUをフル回転させた。  

嘘がバレた。動画も見られた。  

つまり、明日の面接(ボス戦)は、単なる挨拶ではない。  

【娘をたぶらかして連れ回した挙句、親に嘘をつかせた不届き者】として、処刑台に立たされるということだ。

「……未羽」

「なにかな?」

「明日の朝イチで、俺を『世界一誠実な好青年』にメイクしろ。

あと、とらやの羊羹を用意だ。報酬のおこずかいは15パーセントアップだ。」

「オッケー。……お兄ちゃん、死なないでね」

こうして俺たちは、新年早々、最大のピンチ(親バレ)を迎えることになった。

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