無能力者の清掃員だった俺、S級美少女の『熱暴走』を止めたら、極上の『鎮静剤』として溺愛される ~最強ヒロイン達が、毎晩俺を求めてくる件について~

久喜崎

本編

第1話 熱暴走

 深夜の廃ビル街には、都市のおりを煮詰めたような独特の悪臭が漂っている。

 コンクリートが朽ちて粉吹いた埃っぽい匂いと、ドブ川から立ち昇る腐敗臭が混ざり合い、鼻の奥をツンと刺激してくるのだ。僕は作業用ツナギの襟元を直しながら、足元に転がる瓦礫を安全靴の爪先で無造作に蹴り飛ばした。

 手にしたモップとバケツがガチャガチャと安っぽい音を立てて静寂を乱すが、それに文句を言う者は誰もいない。ここにいるのは、もはや人間ではないからだ。


「はあ……今日も残業かよ」


 誰もいない冷え切った廊下で独り言を漏らすと、余計に虚しさが込み上げてくる。

 僕の名前はカイ。対異能組織『アーク』に雇われている清掃員だ。清掃員といっても、床のワックスがけや窓拭きをするような平和な業務ではない。僕の仕事は、異能者たちが派手に暴れ回ったあとの凄惨な現場処理――異界から現れる化け物こと『ノイズ』を駆除したあとに残る汚泥や、破壊された建物の破片を片付けるだけの、誰にでもできる単純作業だ。

 特別な才能である『ギフト』を持たない無能力者の僕に許された、数少ない職場がここだった。


「どうせならもっとこう……華やかな仕事がしたかったな」


 そんな叶わぬ愚痴をこぼした、その瞬間だった。

 頭上の天井が爆音とともに吹き飛び、赤蓮の光が視界を埋め尽くしたかと思うと、熱波が肌をジリジリと焼き、爆風が僕の身体を壁際まで吹き飛ばした。背中を強打し、肺の中の空気が無理やり押し出される。咳き込みながら顔を上げると、そこには非現実的な光景が広がっていた。


 天井に穿たれた大穴から月明かりが差し込み、舞い散る粉塵をキラキラと照らし出している。そしてその中心に、一人の少女が立っていた。

 燃えるような真紅の髪をなびかせ、身の丈ほどもある巨大な大剣を軽々と構えるその姿。身体のラインを強調する露出度の高いコンバットスーツは、所々が焦げて破れ、透き通るような白い肌が覗いている。だが、何より目を引くのは彼女の身体から立ち昇る圧倒的な熱気だ。周囲の空気が揺らぎ、鉄骨さえもが飴細工のように溶け出すほどの高熱が、彼女を支配していた。


「S級……レイナか」


 組織の人間なら知らぬ者はいない、最強の能力者の一人。『爆炎の魔女』とも呼ばれる彼女は、単独で戦況をひっくり返すほどの火力を誇る。

 だが、今の彼女はどこか様子がおかしかった。肩で荒く息をしており、その瞳は焦点が定まっていないように虚ろだ。彼女の視線の先には、黒いタールのような粘液で構成された異形の怪物が蠢いていた。ノイズだ。それも通常種とは桁違いの大きさを誇る変異種である。怪物は不快な咆哮を上げながら、触手を鞭のようにしならせてレイナへと迫る。


「……ッ! 邪魔よ、消えなさい!」


 レイナの叫びと同時に、大剣から爆発的な炎が噴き出した。それはもはや剣技などという生易しいものではなく、指向性を持った爆撃に近い。紅蓮の炎が螺旋を描いてノイズへと殺到し、一瞬にしてその巨体を蒸発させていく。断末魔を上げる暇もなく怪物は炭化し、灰となって崩れ落ちた。

 圧倒的な勝利。これぞ選ばれし者の力だと見せつけるような光景だったが、僕は勝利の余韻に浸る間もなくある異変に気づいた。


 敵がいなくなったにも関わらず、レイナの炎が収まらないのだ。それどころか彼女の身体を中心に熱量はさらに増大し、床のコンクリートが赤熱化し始めている。彼女自身の肌も異常なほど赤く染まり、苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついた。


「はっ……ぁ……熱い……止まら、ない……ッ」


 彼女の喉から漏れる声は、悲鳴に近かった。

 これはまずい。清掃員の僕でも知っている現象――『熱暴走』だ。強力すぎる異能は、時に使用者の制御を超えて肉体を蝕む。特に彼女のような放出系の能力者は、感情の高ぶりと出力が直結するため、戦闘終了後にリミッターが戻らなくなる事故が多いと聞く。

 このままでは彼女は自分自身の炎で燃え尽きてしまうだろう。いや、彼女だけではない。この廃ビルごと周囲一帯を巻き込んで、大爆発を起こしかねないレベルのエネルギー密度だ。


「おい! しっかりしろ!」


 考えるよりも先に、足が動いていた。無能力者の僕が近づいたところで何ができるわけでもない。本来なら即座に退避して鎮静班の到着を待つのがマニュアル通りの行動だ。だが、目の前で苦しむ少女を見捨てて逃げるという選択肢は僕の中になかった。

 熱波の壁を強引に突破して彼女の元へと駆け寄る。近づくほどに熱さは増し、ツナギの繊維が焦げる匂いが鼻をつく。眉毛や髪の毛先がチリチリと焼ける感覚があるが、構わずに彼女の肩を掴んだ。


「触るな……ッ! 死ぬわよ!」


 レイナが拒絶の言葉を叫ぶが、その声には力がなかった。彼女の体温は服の上からでも火傷しそうなほど高く、まるで溶鉱炉の縁に立っているようだ。普通なら触れた瞬間に掌の皮が張り付いて大火傷を負うはずである。

 だが不思議なことに、僕の手は焼けることがなかった。それどころか、彼女に触れた掌から奇妙な感覚が流れ込んでくる。


「……え?」


 それは熱さではなかった。もっと根本的で、本能的な何かだ。

 彼女の体内を暴れ回る過剰なエネルギーが、僕の腕を伝って奔流のように流れ込んでくる。それは恐怖や苦痛を伴うものではなく、甘美な痺れを伴っていた。例えるなら、極上のアルコールを一気に血管に注入されたような酩酊感。脳の芯が痺れて視界がチカチカと明滅し、心臓が早鐘を打つと同時に、全身の血液が沸騰するような高揚感が駆け巡る。


「んっ……ぁ……なに……これ……?」


 レイナの表情が変わった。苦悶に歪んでいた顔が驚きへと変わり、そしてすぐに恍惚としたものへと変化していく。

 僕がエネルギーを吸収するのに合わせて、彼女の体温が急速に下がっていくのが分かった。暴走していた炎のオーラが霧散し、赤熱していた肌が本来の白さを取り戻していく。だがそれは単なる冷却とは違っていた。僕の手を通じて循環したエネルギーが、不純物を取り除かれた純粋な魔力となって彼女へと還っていく感覚があるのだ。


「あ……あぁっ……」


 レイナが艶っぽい声を漏らして僕の胸に崩れ落ちてきた。その身体はまだ熱っぽいが、危険な熱量ではない。運動直後のような健康的な温かさと、汗ばんだ肌の感触が服越しに伝わってくる。至近距離で見上げる彼女の瞳は潤み、頬は上気していた。さっきまでの鬼気迫る表情とは別人のように無防備で、酷く艶めかしい。

 僕たちは廃ビルの瓦礫の上で、重なり合うようにして荒い息を整えていた。互いの心臓の鼓動が聞こえるほどの密着状態だ。


「君……大丈夫か?」


 僕が恐る恐る尋ねると、レイナは夢見心地のような瞳で僕を見つめ返した。その瞳の奥には困惑と、それ以上の強烈な渇望のような色が混ざり合っている。彼女は震える手で僕の胸元を掴み、顔を近づけてきた。

 甘い香りが鼻をくすぐる。それは焦げた匂いでも血の匂いでもなく、彼女自身のフェロモンのような芳香だった。


「あなた……何をしたの?」


 彼女の問いかけに、僕は答えられなかった。何をしたのか自分でも分からないからだ。

 ただ彼女に触れた瞬間に、僕の中で何かが弾けた。今まで自分は空っぽの容器だと思っていた。何の才能もないただの凡人だと。だが彼女の炎を受け入れた瞬間、その空っぽの器が満たされる快感を知ってしまったのだ。


「ただ助けようと思って……」


 僕がしどろもどろに答えると、レイナは不思議そうに自分の掌を見つめた。そこには暴走の痕跡である火傷一つ残っていない。完全に鎮静化されているどころか、以前よりも魔力の通りが良くなっているようだった。

 彼女は再び僕に視線を戻すと、今度は品定めするような鋭い目つきに変わった。先ほどの無防備な表情から一変して、S級能力者としての威圧感が戻ってくる。


「無能力者の清掃員風情が……私の暴走を止めたというの?」


「いや偶然だよ。たまたま君の調子が戻っただけじゃないかな」


 面倒ごとに巻き込まれるのを恐れて、僕はとっさに嘘をついた。だが、彼女には通用しなかったようだ。レイナは僕の襟首を掴んで強引に引き寄せると、耳元で低く囁いた。


「嘘ね。私の身体が覚えているわ。あなたのその手が、私の中に割り込んできた感覚を」


 ゾクリと背筋が震えた。彼女の指先が僕の首筋を這う。その指はまだ微かに熱を帯びており、触れられた場所から熱が伝染していくようだった。


「名前は?」


「……カイです」


「そう、カイ。覚えておくわ」


 レイナは不敵な笑みを浮かべて、ようやく僕から離れた。

 その直後だった。ビルの外からサイレンの音が近づいてくるのが聞こえる。組織の鎮静班が到着したのだろう。彼らが来る前に姿を消さなければ、色々とうるさいことになりそうだ。レイナは乱れた髪をかき上げると、背中のマントを翻した。


「今日のことは誰にも言わないことね。もし喋ったら……灰にするわよ」


 そう言い残して彼女は窓枠を蹴り、夜の闇へと消えていった。

 後に残されたのは静寂と、僕だけ。

 心臓の鼓動だけが、まだうるさいほど鳴り響いている。僕は自分の掌を見つめた。そこにはまだ彼女の熱の感触が残っている気がした。ただ熱いだけではない、あの甘く痺れるような感覚。あれは一体何だったのだろうか。まるで彼女の魂そのものに触れたような深い充足感が、身体の奥底に燻っている。


「……とんでもないことになっちまったな」


 僕は深く息を吐き出してへたり込んだ。

 平穏な清掃員生活を送るはずだった僕の日常が、音を立てて崩れていく予感がした。あのS級能力者に見つかった時点でただで済むはずがない。

 それに何より、僕自身があの感覚を忘れられそうになかった。他人の暴走エネルギーを取り込み、快楽に変える力。もしこれが僕の隠された才能だとしたら――それは祝福なのだろうか、それとも呪いなのだろうか。


 遠くから聞こえるサイレンの音が、現実の時間を告げている。僕は重い腰を上げて散らばった掃除道具を拾い集め始めたが、モップを握る手はまだ微かに震えていた。




◆お礼とお願い

​第1話を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!


連載の継続にはフォローや★評価が必要です。


​皆様の応援が、レイナやこれから登場するヒロインたちの「とびきり可愛い照れ顔」や「直接表現しきらないえっちさの限界を攻めたシーン」を描くための、何よりのエネルギーになります!


もちろん怒られない程度に普通にえっちなシーンは描きます。


​執筆のモチベーションアップにも繋がりますので、何卒よろしくお願いいたします!

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