プロで挫折した俺、逆行したら中学最強ストライカーになっていた

兎龍月夜

第1話 10年前のキックオフ


 終わったんだな──。


 スタジアムのロッカールームで、俺は静かに引退届にサインした。

 プロ六年目、二十五歳。膝の故障と、長く続いたスランプ。

 気づけばベンチにも入れなくなり、クラブから事務的に告げられた戦力外通知。


 子どもの頃から憧れ続けたプロサッカー選手の夢は、呆気なく終わった。


 ロッカールームの片隅に積まれたスパイクを見つめていると、胸の奥から苦い思いが込み上げる。


(もっとやれたはずだろ、俺……)


 あの時、練習をサボらなければ。

 怪我を無理してでも踏ん張っていれば。

 誰よりもボールに触れていた中学の頃のように、貪欲でいられたら。


 後悔ばかりが頭の中を巡り続けた。


 外に出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。

 空はどんよりと曇り、スタジアムの照明がぼんやりと滲んで見える。


「……戻れたらな」


 ふと漏れた独り言。

 たった一度でいい。

 もしあの頃へ戻れたら、今度こそ必ず世界を獲ってみせる。


 その瞬間だった。


 視界が白く塗り潰され、心臓をつかまれたような衝撃が走る。


「っ……!?」


 立っていられない。膝から崩れ落ちる。

 耳鳴りが響き、世界がぐにゃりと歪んだ。


 ──気づけば、俺は見覚えのある土の匂いに包まれていた。


 鼻をつく懐かしいグラウンドの匂い。

 荒れた砂混じりのタッチライン。

 遠くから聞こえる中学生たちの声。


「……嘘だろ」


 息を呑んだ。


 そこに広がっていたのは、十年前──俺が通っていた中学のサッカーグラウンドだった。


 自分の手を見る。

 骨ばった大人の指ではない。細くて、まだ成長途中の十五歳の手だ。


「マジかよ……戻ったのか、俺」


 胸の鼓動が痛いほど高鳴る。

 本当に、十年前に戻っている。


「おーい! 蓮(れん)ーっ!」


 名前を呼ばれて振り向くと、懐かしい顔が駆け寄ってきた。

 中学時代の親友・ゲイル──いや、日本名の“圭太”。

 当時、同じFWとしてよく競い合っていた才能あるストライカーだ。


「練習始まるってよ! お前、またボーッとしてたろ?」


「わ、悪い……今行く!」


 喉が震えた。

 もう二度と会えないと思っていた仲間たちの声。

 あの日々の笑顔。


 全部戻ってきた。


 俺は深く息を吸う。


(今度こそ──後悔しない)


 振り返ったグラウンドには、未来を決める運命のラインが刻まれているように見えた。


 キャプテンの号令で練習は始まった。

 アップをしながら、俺は身体の軽さに驚く。

 十年分の膝の痛みも、疲れもない。

 跳ねるように動ける。

 まるで、全盛期の身体だ。


「蓮、今日キレッキレじゃん……どうしたんだよ急に」


「まあ、ちょっとな」


 未来のプロとして過ごした六年間の経験。

 戦術、駆け引き、ボールの置き所、コースの選び方。


 全部、頭の中に鮮明に残っている。


 ミニゲームが始まる。

 相手DFが寄せてくる。

 あの日の俺なら慌てていた場面だ。


 だが今の俺は──冷静だった。


「……来いよ」


 寄せてくる角度、足の位置、視線。

 全てが読める。


 ボールをワンタッチで浮かせ、そのまま体を半回転させて裏へ抜ける。

 誰も追いつけない。


「はえっ……!?」


 GKとの一対一。

 ニアへ顔を向ける振りを入れつつ、利き足と逆足で軽く流す。


「っ……!」


 キーパーの動きが止まり、ボールは静かにゴールネットを揺らした。


 仲間が目を丸くする。


「お、お前……なんだそれ……プロみたいな動きじゃん……!」


「あ? 蓮ってこんなに上手かったっけ……?」


 俺は笑った。

 胸の奥から込み上げる熱が、身体中を突き抜ける。


(これだ……これが、もう一度やりたかった)


 中学時代。

 何もかもが上手くいかず、挫折してプロの世界で沈んでいった俺。


 だけど今は違う。


(全部やり直して、全部取り返す)


「行くぞお前ら! もう一本だ!」


 叫んだ瞬間、仲間たちが驚きながらも笑った。


「蓮、今日テンションおかしいって!」


「いいから早くボール持ってこい!」


 胸の奥に灯った炎は、もう消えない。


 ──これは、二度目の人生だ。

 俺が世界を獲るための、最初のキックオフ。


______________________________


次回:

第2話『弱小チームの現実と、最初の選択』

蓮は“未来の戦術眼”を使い、チームの弱点を見抜く。

しかし、当時もっとも嫌っていた顧問・大久保先生が、再び立ちはだかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る