滅んだ異世界で、闇光唯一の希望となれ
白盾
1話 転生、神との契約
息を吐けば、冷えた空気を白く色付けるーー。
冬空の下。
父が死んだと聞いた瞬間、世界の音が全部消えた。
クリスマスケーキの予約メールだけが、スマホに虚しく残り、あの日の約束を思い起こさせる。
神様の声が聞こえたのは、そんな数日前の絶望の最中だったーー。
目元には、酷い紫色のクマ。
髪もボサボサで、いつ散髪してもらったか、もう覚えていない。
ようやく仕事の軌道が乗って、社会人らしくなったのだ。
鈍臭く、要領の悪い私でも、必死にしがみついて手に入れた場所だった。
そんな忙しない中で、父の危篤状態である連絡があった。
私の、唯一の心の支柱だった存在。
病院に駆けつけた時には、既に亡くなっていた。
頭が真っ白になって、涙が止まらずに、とうとう動けなくなっていた。
「まだ、恩返しもしてないよ……父さん。父さあああぁぁん。あああああっ…」
世界に色が一瞬で消えた。
「……天涯孤独ってこんな、こんなに寂しいんだね父さんお母さん」
私の心も、空模様もどんよりな灰色で。
息を吸えば、肺が心臓が痛んで上手く呼吸が出来ない。
二人で、クリスマスケーキを食べるはずだったのだ。
クリぼっちは、寂しいだろって。
だから、父さんが一緒に食べてやるからなって。
あの時の笑顔が、まさか最後になるなんて思わなかった。
気づけば、人通りの少ない歩道橋の上で雪の中茫然としていた。
身を乗り出して、天国にいる最愛の家族の元へ。
あと、もう少しーー。
そんな中で、陽だまりのように暖かな声が心を温めるように響いたのだ。
まるで、全ての時間が停止したように感じた。
【君!待って!!早まらないで!!】
「え?」
【とりあえず、家に戻らないかい?このままでは、凍えてしまうよ】
「な、にこれ。勝手に、勝手に話しかけないで!!」
【こう見えても心配なんだよ。ん、なら強制的に……ほらっ】
「なんで、私の部屋に居るの…。さっきまで、歩道橋の上だったのに」
指を鳴らすような音が聞こえた瞬間。
私の暮らす部屋に、一瞬で移動していた。
【僕、神様だからさ。
…………お父上のことは、残念だったね】
「…………っ!」
【あぁ、泣かないで。勝手に覗いてしまいごめんね。一週間くらい様子を見てたんだ】
「……そうなんだ。明日から、どんな風に生きればいいかわからなくなっちゃって」
【……そうだよね。僕も今まさに、そういった状況だからよくわかるよ】
「神様……も、辛いことあるんだね。
ぅううう、でも、せめて親孝行したかったなぁ……」
【そうだよね、辛いね。泣きたい時は、沢山泣いて、また明日をゆっくり歩めばいいさ】
「っう、うん………。
ね、ねえ。なんで、私に話しかけたの?」
【……あぁ。実は僕の世界が、終わってしまったんだ。
立て直すには、君の魂がどうしても必要でね】
「…………」
【どうか、僕を助けて欲しい。頼むよ。僕にはどうする事も出来ないんだ】
「いいよ」
【そうか、無理だよね………って、え?】
「私のことが、必要なんでしょ!
父さんにも、お母さんにも親孝行できなかった。でも、今度こそ誰かの役に立てるかもしれないなら。
……まだ、生きる意味あるもんね!」
自暴自棄かもしれない。
最愛の人を亡くしたばかりで、躍起になってる可能性も否定はできない。
でも、それでもいい。
必要とされているならば、今度こそ役に立ちたい。
例え神を名乗る怪しい者の言うことに、手を貸すことになっても。
【………僕が言うのも何だけど、もう少し悩むべきじゃないかな?】
「でも、困ってるんでしょ?
神様も藁にもすがればいいじゃん?ね!」
【………………‥‥】
一瞬、沈黙が流れるも、すぐに暖かな声が響く。
【……うん。ありがとう、本当に優しいんだね君は。僕の名は、アデル。
君を異世界に導く存在さ】
アデルの声音が、少し嬉しそうに感じた。
「よろしくアデル!ところで、なんで私なの?」
【……君はね、特別だからだよ。魂の輝きが誰よりも強くて、優しくて温かい。
それでいて、とっても素直そうで僕好みだからさ】
「……はぁ?!そ、そんな事ない、わよ」
【ふふ、そう言うところがだよ】
声だけなのに、心を撫でられるみたいな。
この中毒性の高い優しい低音が、きっと脳をおかしくするのだ。
調子が狂う程の、甘い魅惑的な
疲弊しきった今の私には、効果抜群だ。
【よし。早速準備しようか】
「準備?」
【うん。ほら、手を前に差し出して?】
言われるがままに、震える右手を前に出す。
すると、ぽん、と小さな黄金の粒が手のひらに乗っていた。
【これを飲み込んでくれるだけでいい。痛くないし、変な味もしないから】
「……これ、ほんとに大丈夫?」
【信じて。僕、神様なんで】
「……怪しい言い方だな!!」
でも、もう後戻りできない。
目をぎゅっと閉じて、粒を口の中に放り込む。
……甘い。
まるで懐かしのイチゴミルクみたいな味が、口内を甘く甘く蕩けていった。
【ちゃんと飲めたね。えらいねえ。
今から君は、この世界での身体を捨てて、僕が用意した器に魂を移すんだよ。力を抜いててね?】
「待って、まだ心の準備がーー」
【3、2、1……いってらっしゃい僕らの希望】
次の瞬間、視界がぐわんと、歪んだ。
その場で倒れ込んだ、もう一人の私が居た。
(これ、幽体離脱!?)
意識が遠のいたのも束の間。
足元が消えて、身体がふわりと浮く。
身体と魂がまるで切り離された、とでも言えば良いのだろうか。
しかし、このまま穏やかに終わる訳もなく。
次は、まるでジェットコースターで激しく揺さぶられているみたいな感覚が襲う。
「うわああああ!!?」
藍光に包まれて、意識が薄らぎ遠のく。
ーーそして。
目を開けると、灰の幕を突き破り、まるで一雫のように地上に向かって落ちていた。
肉体が保てない速さで、大気圏を突破する一筋の藍。
アデルの説明が、何一つないことが恐怖を煽る中。
雲と灰の隙間から覗いたのは、一面燃え盛る業火だった。
まさに、地獄絵図。
私が衝突するほんの、一瞬。
世界がまるで息を呑んだみたいに静まり返る。
そして、満天の星と月を終末の空に呼び戻せば、大地を抉り、ついに地上に衝突した。
ドゴォォオオオオン
身体など軽くて、バウンドして転がり落ちる。
地面に叩きつけられた衝撃で肺が一瞬止まる。
しかし、すぐに砂混じりの灰を吸い込みながら咳き込んだ。
「ガハッ、ここ……。え………。誰も、居ない……?
衝撃の中心。
砂埃を巻き上げた中に、一つの影。
月光が一際輝く一点。
深海のように藍の瞳を宿した女が、よろめきながら佇んでいた。
「これが、私………」
しかし、自分以外の人間が生きている気配がまるでしない。
加えて、世界の有様に怒りを覚えた。
「……こんなの。あんまりだ!!」
舞い散る灰は、人間だった者たちの未練そのモノ。
それが、胸を貫くほど重く鋭く心を抉った。
同時に、絶望を切り裂くための
「あなた方の死を、決して無駄にはしません」
【弔ってくれてありがとう。無事に転生できたようでよかった】
【……そうだ、君に真名を与えなきゃね。今日から君は、アリザ・アクティエンだよ】
「……うん、わかった。それで、私はこの世界で何をすればいいの?」
【ああ。人類最後の生き残りとして、かつて勇者だったモノを、完膚なきまでに抹殺して欲しい。それと、悪魔たちもね】
「勇者……?悪魔?……よくわかんないけど、ファンタジーな雰囲気ね!理解理解…」
【うん、うん。まあ、少しずつ慣れればいいよ。まずは
「あい、とう?私、アデルの刀になって使われるってこと?!無理無理無理!」
【ふふ、面白いけど違うよ。
やってみればわかるさ、早速契約を交わそう】
「う、うん?」
(めちゃ強引な神様だな、アデルは…)
【……アリザ。君に、僕からの祝福を授けよう。
その魂を、器を、僕に全て委ねるんだ】
これは、神秘の賜物。
今この地獄で、成されようとしている神との契約。
私の身体が、聖なる光に包まれる。
暖かな光の粒子が闇を緩和するように飛び交い、神器が形を織りなす。
淡い光は渾沌と化す地獄の中に、一筋の希望を見出した。
ーー瞬間、背中が熱を帯び始めた。
まるで誰かに強く抱きしめられたみたいに、
全身の皮膚がざわざわと震えて、息が詰まる。
【やっぱり君は、どこまでも純粋だね。詮索もしない。疑うことを知らない。お間抜けさんで、とっても危ういから、力を授けてあげる】
「っ……はぁ……」
背中の服がぴりっと裂ける音。
熱い光が肌に触れて、まるで指先でなぞられるように、聖なる線が焼印の如く現れる。
痛いのに、なぜか甘い。
背骨に沿って、火照るような疼きが這い上がり、膝ががくっと崩れそうになる。
光の粒子が私の吐息に吸い寄せられるように集まり、目の前で藍の刀が形作られていく。
自然と、同調するように唇が動いていた。
「私は、神の藍刀として、原初の罪を背負い、創生を望む者……」
言葉を紡ぐたびに、背中に刻まれる聖印が熱を増して、胸の奥まで響く鼓動と重なる。
「っ我が名はーーアリザ・アクティエン。
この世界に、まだ残された、たった一人の希望である!!」
この世界の生き残りとして、地獄の王を完膚なきまでに抹殺するために。
ーー私は、一世一代の覚悟を決めた。
【完璧だよ、アリザ】
【……あぁそれと、誰かにその貞操を奪われたなら、君の魂は焼き尽くされてしまうから。
どうか、ゆめゆめ忘れないでね?】
穏やかで、優しい声音の中に。
どこか、突き放すような冷淡さが背筋を冷やした。
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