第36話 セリア
物心ついた時から、少女……まだしっかりと歩けない年頃のセリアは大人数の家族に囲われていた。
城塞都市アルクス・リミニス。
大陸の南北を横断するように築かれた城壁。その中央——魔族の動向を監視、侵攻の際にはいち早く対峙し、人間領を守る役割を持った守護の街。
その歴史は古く、1000年以上の歴史と共に築き上げられてきた街だと聞かされている。
だけで、なんで?
どうしたって疑問は拭えない。
……どうして自分たちだけはその守りから抜け落ちているの?
過去、罪を働いた者たちの子孫だから?
罪を働いたから街から追い出す……犯した罪の大小にもよるけれど、それ自体は納得できる。だけど、それをしたのは過去の人たちで、自分たちではない。
城壁が高いせいで日中も天辺が見上げられるからこそ、城壁の素晴らしさと心の支えとしての頑強さ、なにより内と外の断絶を幼いころから目の当たりにしてきた。
だからだろう。
自分たちは捨てられたのだと生まれながらに刻みつけられているからこそ、スラムの住む人々の絆は強い。それこそ、家族のように。
セリアはそんな環境で育ってきたのだ。
みんなが家族のようで、みんなで助け合って生きていく。
その中でも一際大切な大事が二人いた。
「お父さん」と「お母さん」
二人とも優しい、セリアの特別な特別だ。
セリアの家系はスラムのまとめ役をしていたためか、おじいちゃんが亡くなってからはお父さんがその役割を担っていた。
大好きで、大切で、特別な、たった二人だけの血の繋がった家族。
大切なのに、大切だから……なぜだろう? その別れだけは鮮明に覚えている——
「大丈夫。すぐに帰って来るよ」
そんな優しい声音と共に、大きな手のひらがセリアの頭に乗せられた。
「本当?」
「うん。魔族によるものかもしれない痕跡がスラムの近くが見つかったって話だからね。皆不安がっているし、さすがに放っておけない……でも大丈夫。お父さんが強いのは知ってるだろう?」
「……うん」
「まだ不安そうだ。だけど、僕の剣の腕は騎士団長にも匹敵するって言われてるんだよ? 大丈夫に決まってるさ!」
「でも、お父さんは魔法使えないし……」
魔族は人間と比べ物にならないくらいの魔力を持っているのは、誰もが知っている常識だ。
そのために拭えない不安も、今度はお母さんが笑顔で拭ってくれる。
「だから私も行くのよ。私の魔法は見たことあるでしょう?」
「……うん。でも、お馬さんとか蝶々とかだよ?」
「それはセリアに見せるために手加減してるだけよ。本当の私の魔法は魔族なんて簡単に吹き飛ばしちゃうんだから! 勇者様にも褒められたのよ?」
「…………うん」
勇者なんてセリアが知る限りこのスラムに来ていない。
だから二人が言っているのがただセリアを安心させるためが分かってしまって、どうしても笑顔で送り出すことが出来なかった。
本当は付いていきたい。
だけど、セリアはまだ子供だ。日中だとはいえ魔族領には魔物が出る。その上深い森を歩く必要もあるため、まだ幼い子供を連れて行けるようなところではないのはセリアでも分かっていた。
「本当に、帰ってくる?」
「うん、帰ってくるよ」
「本当に本当?」
「本当よ。私たちがセリアに嘘ついたことある?」
「……今さっき」
つい二人が言ってしまうのが嫌で出てしまった言葉に、二人は苦笑して。
「ごめん。でも、これは僕たちがやらないといけない事だから」
「スラムに住むみんなは家族なの。家族を守りたいって思うのは当然の事よ。だから行くの」
「セリアも分かってくれるよね?」
「……………………う、ん」
涙が出てきて、うまく声が出せない。
なんでかは分からないけど、どうしても怖かった。
二人が森に行くのはよくあることなのに。魔族の痕跡を見つければ、その調査するのはスラムで一番強い両親だということも分かっているはずなのに。
今日に限って、どうしても行ってしまうのが怖いのだ。
だけど、止めることも出来ないから、幼いセリアには涙を流すことでしか感情を表せなかった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「みんなの言うこと、ちゃんと聞くのよ?」
二人の背中が滲んて見えない。
寂しくても、快く送り出していたのに今日だけは出来ない。
その理由も分からずに、セリアは涙の味を感じながら小さく手を振った。
そして、その姿が最後にセリアの見た両親の姿になったのだ。
(私が、守るの……)
だって、強くなったから。
一人になって、強くなった。
みんながいたのに、ずっと一人だった。
まとめ役という大役を引き継いで、ずっと頑張ってきた。
調査だけは行かせてもらえなかったけど、それ以外の仕事は全ておこなって、みんなもその頑張りを認めてくれていた。
(私が、シミくんを)
ずっと願っていた夢を、叶えてくれた少年。
どこから来たのか分からない。素性すらも分からない少年。
でも、彼は憧れだったお母さんの後姿をはっきりと追わせてくれた。
恋焦がれている家族との繋がり。
だけどセリアは剣を握れないから。いや、正確には握らせてもらえないから。
受け継いだのが魔法が使えないという才能で、お父さんの悪いところを受け継いだ。でも、お母さんの才能は一つも引き継げていない。
だから、その後ろ姿を追わせてくれた彼には感謝しかないのだ。
(でも、そうじゃないの)
上手く説明できないけど。
一目見た時に、守りたいと思った。
一緒にいてあげたいと、彼のお姉ちゃんになるんだと自然と思っていた。
(だから、お姉ちゃんがシミくんを守るの……!)
けれど、その想いだけでは意味がなかった。
せっかくシミくんのおかげで使えるようになった魔法も、上手く扱えない出来損ないだった。
最初は違和感から始まって。
徐々に痛みが走り、激痛に変わった。
そこからは意識があるのかも無いのかもわからないまま、ただただ痛いだけの時間で。
死んじゃうのかな? という怖さと、両親に会えるのかもしれないという安心感と、彼を置いて行ってしまう罪悪感……3つの感情が混ざり合う時間となった。
セリアにはどうにも出来なくて。
ただただ苦しさと感情を認識し続ける時間がずっと続くんだろうと思って。
(……あれ? 痛くない?)
あれだけ痛かった全身が、どこも悲鳴を上げていない事に気付く。
それどころか、じんわりと温かい何かが包んでいるような気もしてくる。
(なんで?)
疑問に思いながらも、どこか確信に近い予感があった。
(きっと、シミくんかな?)
間違いない。
何かに疲れたような顔をしていて、なのに突然目を輝かせる時もあって。
自分といる時は少し距離を取ろうとするけれど。でもずっと気にかけてくれている。
どんな苦労をしてきたのかは分からないけど、それでもはっきりとした優しさを感じさせてくれる彼ならば——
「シミ、くん?」
「起きた?」
ゆっくりと開けていく視界に、一番に彼の顔が飛び込んでくる。
そのことに安心して、どうしても頬が緩んでしまって。
セリアは、このよく分からない感情に全てを任せてこう言うのだ。
「ふふふ……ずっと一緒にいようね」
「…………」
ああ、この顔だ。
困ったような。怖がっているような。
でも、その奥にどこか嬉しそうな色を見せている——この表情。
ずっと見ていたいのに、どうしても瞼が重い。
「シ……ミ、くん……」
……私には大切な弟が出来ました。
……だから、安心して見ていてください。お父さん、お母さん。
心の中でそう溢して。
セリアの意識は、ゆっくりと温かい夢の中へと沈んでいくのだった。
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