第28話 職人として

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 震える指でラグを指して、クリストラは少しヒステリック気味に睨みつけている。


 ずいぶんと様変わりしていた。

 着ている服は高級品だと分かるのに、走ったせいで型崩れしているし、汗ばんでセットされた髪も……いや、これ以上は言わない方がいいかもしれない。

 というか、この世界にもあったんだな。それとも、特注で作ったのかな?

 少し気になるけど、それを聞けるような空気じゃないし、黙っておく。


 口を閉ざした俺を他所に、ラグは不快感を露わにしてクリストラを睨み返した。


「お前……何をわけわかんねぇ事を言ってやがる?」

「とぼけるな! 思えばお前の道具を破壊してからだ! 包丁なんて新商品を売り出しやがって! なぜ私の計画の邪魔をする! 私がお前に何をしたというんだ!?」


 完全に支離滅裂になっている。

 それに、声が少し高いからか耳がキーンとした。

 少し顔をしかめていると、セリアの唇が俺の耳に近づいてきて。

 

「ラグさんの道具を壊したって白状してたよね?」

「うん、ちょっと黙ってた方がいいかも」


 完全にそうなんだけど、正論は時に人を傷つけるから……。 

 

 それに、頭に血が昇っている人間を刺激すると場合によっては暴れ出すかもしれない。俺は暴れられても問題ないし、きっとラグも大丈夫だろうけど——セリアが巻き込まれると困る。

 だから、彼女の手を取って少し離れることにした。


「シミくん?」

「危ないから少し離れよう? ここには剣とかもあるし」

「うん」


 小さく頷いて、一緒に離れる。


 ……うん、ちょっと嬉しそうなの止めようか?

 しっかりと手を握り返してくるし。今はそんなことをしてる場合じゃないから。


 ちなみに、少しだけではあるけれど実状は分かってる。

 別に情報を集めたわけじゃないんけど、やっぱりご婦人たちは噂話が大好きらしくて聞こえてくるんだよな。


 やれ、レミントン商会の新商品が良くないとか。

 やれ、安いから使ってたけど、あまり質は良くないのよねとか。


 決め手となったのは俺たちが先に包丁を売り出したことだろう。

 後発になったものはどうしたって比べられる立場になる。今回の場合はレミントン商会が販売した包丁もどきがラグの包丁と比べられたわけだ。

 だけど、ラグが自信満々に言っていたようにレミントン商会では包丁を再現できなかった。出来上がったのはあくまでも似た別物……たぶん四弟の三人に発注したんだろうけど、真似るのだって技術が必要だし、相応に時間がかかる。

 結局出来上がったのは粗悪品で、それがラグの傑作と比べられるんだから大変だ。


 せっかく安いっていう利点があるのにもかかわらず、品質の差ばかりが目立ってしまったんだろう。

 そうなれば、元々レミントン商会を良く思っていない人たちが付け入る隙が生まれてしまい、品質の悪さを際立たせるような噂を流されてしまえば他の商品にも影響が出てしまうのは火を見るより明らかだ。


 まあ、本当にそこまでなったのかは知らないけど。

 でも、似たような状況にはなってるんだと思う。


 ……だって、今も目の前で喚き散らしているし。

 商品が売れなくなったとか、工房が離れていってるとか、いくつかの仕事の受注が出来なくなったとか……企業でいえば機密事項であるようなことをトップであるクリストラ自身がペラペラと話している。

 対してラグは興味無さそうに小指を耳に突っ込んでるし……あ、指先にふっと息を吹きかけた。


 汚いけど、ラグの気持ちも分かるんだよなぁ……。

 完全に逆恨みだし。

 新商品で顧客を集めるなんてどこの企業でもやっていることだし、むしろ談合するほうが日本では違法なわけで。

 もちろんここは日本ではないから談合も合法なのかもしれないけど、商売に関わらずなんだって限られた需要の奪い合いは世の常だし、だからこそあらゆる企業がより良いものを提供するために研究が研鑽をしているのだ。


 だから、包丁を提案した俺としても悪い事をしたと思ってない。まあ、ちょっとズルはしてるような気もするけど……。


 ここでもっといい商品を作ってやるって宣戦布告でもして売れたら気持ちが良かったんだけどなぁ。

 ただ、クリストラの人となりを考えるとこの展開は予想通りだったりもする。


 ……さすがにここまで喚き散らすとは思わなかったけど。


「包丁の製法を全部晒せ! お前も俺の下で商品を作り続けてればいいんだよ!」


 喚き散らしているクリストラは完全に化けの皮が剝がれたって感じだった。

 一人称も私から俺に変わってるし。

 言っていることも滅茶苦茶だし、もう聞く必要もないくらいだ。だからラグも完全に聞き流してるし、詳細の分かっていないセリアも呆れ顔になっていた。


 ……あっ、ため息はついた。そろそろかな?


「……言いたいことはそれだけか?」

「え……?」


 素っ頓狂なクリストラの表情。

 ただ、すぐにその顔は驚きに変わった。ラグの太い腕がクリストラの襟首を掴んだんだ。

 そして、無理やり引っ張って顔を突き付ける。


「さっきから黙って聞いてればなんだ? おめぇが言ってるのは自分てめぇのケツを俺に拭いてくれって言ってるだけじゃねぇか」

「ちが——」

「違わねぇ! 仕事っていうのは自身との戦いだ。自己研鑽の末をお客さんに買い取ってもらうもんだ。だから俺はエリザベスを殺された時にお前を殺さなかった。下にいるもんを守るのがお前の仕事なんだと思ってたからな。やり方はきたねぇが、自分を汚してでも商会を守ろうと出来ることをしてるんだと、殺してやりたいのを堪えて拳を収めたんだ。それがこれか?」


 ラグの目が細められた。

 つい太い腕でぶん殴るのか思ったけど、違うみたいだ。


 クリストラを突き飛ばし、床に転がった彼を見下ろしながらラグは続ける。


「今のお前はそこら辺にいるクソガキ以下だ! 一丁前を名乗るなら、自分のしてきたことに自覚と責任を持ちやがれ!」

「っ——」

「職人なら自分の腕と心で勝負しろ! 商会を束ねるなら頭と心で勝負しろ! 少なくとも職人の俺はそうしてきた」


 若干放心状態のクリストラ。

 彼に向かって、ラグは言い放った。


「おめぇが何をしようと関係ねぇがな……道を間違えるんじゃねぇ! お前の背中には下にいるもんの生活が懸かってるんだろうが!」


 これには俺も同感である。


 会社というのは一蓮托生で、倒産すればそこにいた従業員は路頭に迷うことになる。

 だからこそ、会社というのは社員を守るためにも利益を出し続けなくてはいけないし、社長というのは社員を守るために考え続けなくてはいけない。

 これは俺も想像でしかないんだけど、会社の長になるっていうのは社員の全ての命と責任を負うってことなんだと思う。


 そして、社長がしてきたことは会社に返ってくるんだ。

 目には目を、歯には歯をじゃないけど、良い事をしていれば良いことが、悪い事をすれば悪いことが返ってくる。


 クリストラの場合は後者だった、そしてラグの場合は前者だったってことなんだろう。


 だけど——


「……覚えてろよ」


 クリストラは誰にも聞こえない(俺は聞こえてるけど)声量で呟くと、店を飛び出していく。


 ラグが結構いい話をしていたと思うんだけど、響いていないみたいだった。

 これは、意味が分からないけど報復とか考えていそうな感じだ。


「……仕方ないか」

「シミくん? 何か言った?」

「ううん、なんでもない」


 顔を覗き込むセリアに首を横に振って、俺はこの後の事を考え始めるのだった。

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