お嬢様系Vチューバの私が転生したら本物の貴族にまで成りあがってしまったんだけどいかがかしら?
月城リア
第1話平凡な掃除係に転生したけれど
私は前世、ちょっとだけ有名な配信者だった。
お嬢様キャラを得意とし、麗しく高貴な話し方でリスナーたちを魅了していた。
どこかで誰かが「あのお嬢様Vチューバー、最高」「本物の貴族みたい」とコメントし、噂してくれた。
その度に胸の奥がくすぐったくて嬉しくて、少しだけ誇らしかった。
投げ銭は桁外れだった。
紫のバラのようなアイテムが次々と画面を埋め尽くし、誕生日ともなると、月収を軽く超える額が一晩で飛んだ。
わたくしを愛してくれたのは、ほとんどが男性リスナーたち。
中には毎回のように高額ギフトを投げる人もいて、配信後には震える指で通帳残高を確認し、現実とは思えずしばらく固まってしまうこともしばしばだった。
しかし、転落はあまりにも突然だった。
ある日、外へ買い物に出た時のこと。
マスクをして、帽子も深くかぶっていたけれど、人混みの中に妙な視線を感じた。
背筋に冷たいものが走った。
胸騒ぎ。
嫌な予感というより、もはや確信に近い直感。
足を速めた瞬間、背後から低い声が聞こえた。
「俺のコメントスルーしたな?お前はずっと俺のものだろ」
思考より先に痛みがあった。
脇腹に鋭い刃物がねじ込まれる感覚。
熱いのか冷たいのかも分からず、空気が抜けるように息が漏れた。
刺したのは、いつも大量の投げ銭をしていた男だった。
配信で何度も名前を見たことがある。
わたくしに執着し、愛を囁き、特徴的な長文メッセージを送り続けていた人。
夢中で逃げようとしたけれど、足はもつれ、視界はぐにゃりと曲がり、世界が斜めに傾いた。
もし生まれ変わることができるなら
今度は誰か一人の執着でも誰かの期待でもなく自分のために生きてみたい
そんな願いだけを胸に抱いて、意識は途切れた。
目が覚めた時、私は古い石造りの天井を見上げていた。
カーテンは分厚く、陽光は細い筋だけ。
湿った空気と、漂う薬草の匂い。
ここが病院ではないことだけは分かった。
上体を起こした私を見て、小柄な老女がほっと息をついた。
エプロンドレスを身に着け、手には雑巾。
「ああ、ミリア。良かった、生き返ったのかい。裏庭で倒れていた時は、まったく息がなくてねえ」
ミリア。
それが、この体の名前。
記憶らしい記憶は霧がかかったように曖昧で、この体の過去は分からない。
ただ、彼女の感情や日々の習慣がぼんやりと胸の奥に流れ込んでくる。
私は掃除係。
この広い貴族屋敷で働く一人の女。
貧しく、身寄りのない庶民。
そう理解した瞬間、目の前がかすかに揺れた。
「転生したのね、私…」
お嬢様キャラで人気を集め、執着に刺されて死んだ前世。
その反動なのか、今の私は庶民のど真ん中で、モップの相手をする立場。
けれど、不思議と絶望はなかった。
むしろ胸の奥に小さな炎が灯るような感覚があった。
老女は続けた。
「今日は軽めの掃除だけ頼むよ。無理をしたらまた倒れるからね。それと…皆さん慌ただしいのは聞こえていたかい?」
窓の外からは、廊下を走る侍女たちの足音。
香水と花の匂いが漂ってきている。
「何かあったのですか」と尋ねると、老女は声を落とした。
「第一王子さまがお越しになるんだよ。突然の視察さ。そりゃあ皆そわそわもするさ」ね
第一王子。
心臓が跳ねた。
現実味がない。
けれど、この世界が夢や物語ではないことは、手に触れる布団の粗さが教えてくれている。
私はそっと、胸の前で手を握りしめた。
前世のように、誰かの期待に縛られて生きるのはもう嫌。
けれど、夢を見ることまでは捨てない。
せっかく転生したのですもの。自分の足で人生を変えてみせますわ。
老女は気づかぬまま、私はそっと立ち上がる。
足元には古いモップ。
それはまるで、新しい人生のスタート地点を示す旗のように見えた。
こうして私、ミリアとしての人生が始まった。
掃除係にすぎない庶民の身だが、胸の奥にはまだ炎がある。
この屋敷で何が待ち受けているのかは分からない。
ただ一つだけ言えるのは、
ここから先、わたくしは必ず成り上がる。
今度こそ、誰にも刺されず、誰にも奪わせず、本物の貴族のお嬢様に。
その決意だけを胸に、私は初めての掃除用具にそっと手を伸ばした。
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