幻想の果てに

過去の鏡像（シンクロニシティ）

ミユキの言葉に導かれ、仁は自分の内面を映し出すというこの世界を探求し始めた。彼は、カフェで出会った人々が現実の苦悩を夢の中で再現しているように、自分自身の夢の世界もまた、過去の「未解決の感情」で構成されているのではないかと疑い始めた。

彼はまず、いつも静かで広大な場所—以前、空を飛んで熱狂した場所—へ向かった。そこには今、一人の少年が立っていた。

その少年は、自分とそっくりだ。だが、顔には深い孤独の色が張り付いていた。

「…君は、誰だ？」仁は尋ねた。

少年は、仁の問いに答えず、ただ遠くの景色を指さした。そこには、大きな家族の集まりのような光景があった。楽しそうに笑い合う親戚たち、中心には幸せそうな両親。しかし、仁とそっくりの少年だけは、輪の外で一人、膝を抱えて座っていた。

「私はここにいるのに、誰も僕を見てくれない」

少年の心の声が、仁の脳裏に直接響いた。仁は、それが自分の幼少期の記憶、家族の中での孤独だったことを瞬時に理解した。皆に囲まれていても、自分の存在が透明であるかのように感じていた、あの感覚。

「違う、君は一人じゃない。僕は、ここにいるよ」仁は少年に近づこうとした。

その瞬間、景色が変わった。

次に現れたのは、冷たいコンクリートの壁と、厳めしい教師の顔だった。仁は高校生の自分になっていた。テストの答案を突きつけられ、教師は冷酷に言い放つ。

「君は、期待以下の人間だ。もっとやれるはずなのに、なぜいつも逃げる？」

この言葉は、仁が現実社会で常に感じていた「社会からのプレッシャー」そのものだった。努力しても報われない感覚、周囲の期待に応えられない自己評価の低さ。彼は、そのプレッシャーに押しつぶされそうになり、常に自分自身を責めていた。

「逃げているんじゃない…怖いんだ。失敗するのが、失望されるのが…」

仁がそうつぶやくと、景色は再び移り変わった。

今度は、まるで鏡のような水面。水面に映る仁の姿は、以前の自分よりもはるかに老け、疲弊し、暗い目で水面を見つめていた。その表情は、感情を完全に失っているようだった。

「これが…僕の未来の姿なのか？」仁は愕然とした。

ミユキが静かに隣に立っていた。

「違うわ、仁。これは、あなたが過去を許さず、現実から目を背け続けた先に辿り着く姿。あなたの『未解決の感情』が、この夢の中で具現化した警告よ」

仁は理解した。この夢の世界は、単なる楽園ではない。彼の人生の苦悩が形を持ち、彼自身に「問題を解決しろ」と迫る、巨大な心理的な試練の場だったのだ。夢の中の出来事、人、風景の全てが、彼のトラウマとシンクロニシティを起こし、彼自身の過去を掘り下げるよう促していた。

少年期の孤独、社会の重圧、そして逃避の果ての虚無。仁は一つずつ、自分の心に蓋をしていた痛みの源泉を辿っていった。

「僕は…僕自身を、許さなければならないのか」仁はつぶやいた。

ミユキはそっと、仁の肩に手を置いた。

「過去は変えられない。でも、過去の意味は変えられる。彼らと対話し、受け入れることが、あなたが目覚めるための鍵よ」

仁は決意を新たにした。この夢の世界で戦うべき相手は、外の現実ではなく、自分自身の過去に縛られた心なのだと。