恋愛偏差値ゼロの俺が、学園の恋バナ窓口になった件
新条優里
第1話
四月の昼休み、教室は緩んだ春の空気に包まれていた。
ぼんやり弁当を食べていると、隣の席の広瀬がスマホを突き出してくる。
「なあ悠斗、これ……どう思う?」
画面には、送信寸前のメッセージ。
『今日の放課後、屋上で話せない? ずっと言いたかったことがあって──』
「……お前、また告白する気なのか」
「ま、またって言うなって! 今度こそ本気なんだよ!」
「前回も本気だって言ってたよな。で、玉砕して泣いてたよな」
「ぐ……。ほ、ほら、人間って成長するじゃん……?」
(いや、成長したやつは“屋上呼び出し告白”を続けないと思う)
広瀬は“春先に暴走する恋心”を持つタイプだ。
そして俺──霧沢悠斗は、その被害を最小限に収める“制動係”を毎年のようにやらされている。
「まずさ、“言いたかったこと”って書き方やめろ」
「え? なんで?」
「重い。怖い。相手が身構える」
「そ、そんな極端に……?」
「あと屋上はやめろ。ドラマの告白回かよ。
場所は帰り道とか昇降口でいい。自然に話せるところ」
「う……。なんか全部刺さる……」
広瀬は肩を落としつつも、俺の言葉を書き直すようだ。
まあ、これで今回の事故は起きないだろう──そう思った瞬間。
「へぇ〜……」
背後から、やわらかく弾む声がした。
「恋バナ、してるんだ?」
振り返ると、淡い光をまとったみたいな女子が立っていた。
ゆるく結んだ髪、明るい雰囲気──音海ほのかだ。
「霧沢くんって恋愛相談できるの?」
「いや、別にできるとは……」
「でも今、すっごい“恋愛アドバイスしてる人”みたいだったよ?」
にこっと笑う音海。
この子、恋バナに反応する速度が普通じゃない。
「もしかして霧沢くんって、恋愛偏差値高い系男子?」
「違う」
「じゃあ恋愛偏差値ゼロなのにアドバイスしてる系?」
「なんでゼロを前提にしてんだよ」
「フィーリング。けっこう当たるよ?」
(いや、なんなんだこの勘の良さ……)
しかし、音海の声量は地味に大きかったのか、クラス中の耳に届いてしまったらしい。
「霧沢って恋バナ強いの?」
「広瀬の失敗止めたってマジのやつか」
「相談乗ってほしいかも……」
教室がざわつき、変な空気になる。
「お、おい待て、なんでそうなる」
「いいじゃん霧沢くん。需要あるよ、恋バナ窓口!」
音海はどこか楽しそうに笑っている。
「この教室のすみっこにさ、恋バナ専門の“窓口”作んない?
匿名メモ入れる感じで!」
「いやいや、なんでそうなる……」
「ほら、後ろに空き教室あるじゃん。あそこ使お!」
彼女のテンションは急上昇している。
恋バナでここまで燃えるタイプ、初めて見る。
「……悠斗」
低い声がして振り向くと、幼馴染の月城藍羽が腕を組んで立っていた。
「なにそれ。どうして恋バナ窓口なんて話になってんの」
「いや、別にやるとは──」
「月城さんも参加する?」
音海がすかさず食い込む。
「しない」
即答。
……けど耳はほんのり赤い。
「月城さん、霧沢くんに相談したことあるの?」
「な、ないってば!」
「ふむふむ」
「その“わかった顔”やめろ!!」
(月城は昔からこうだ。勘がいい女の子に弱い)
言い争っている間に、音海はひょいと俺の机を覗く。
「霧沢くん。
一緒に恋バナ窓口、やろうよ?」
「なんで俺なんだよ」
「だって霧沢くん、友達のことちゃんと見てるじゃん。
広瀬くんの告白止めてあげてたの、見てたよ」
「……見てたのか」
「すっごく、いいなって思ったんだ」
直球の言葉に、息が止まりかけた。
(……そんな風に言われたの初めてだ)
「……まあ、少しだけなら」
「やったーー!!」
音海がピョンと跳ねて、月城は呆れた表情のままため息をつく。
「ほんとにやるんだ……馬鹿じゃないの」
「お前は絶対一回来るだろ」
「来ない!」
その時──
教室後ろの扉が静かに開いた。
「騒がしいと思ったら……何をしているんですか」
黒髪をきっちりまとめた女子、学級委員の氷見澄香だ。
整った顔立ちで、いつも冷静沈着。
「“恋バナ窓口”……?
非公式にそんなものを作るなど、許可されていませんが」
「あ、氷見さん。これから詳しいとこ詰めるの!」
「音海さん……あなたが関わっている時点で、ろくなことにならない予感しかありません」
「ひど!」
氷見は俺の方へ歩いてくる。
「霧沢くん。
本当にそんな活動をするつもりなんですか?」
「いやその……流れで……」
「流れで恋愛相談を始めるのは、合理性がありません」
「ぐ……」
「……しかし、興味はあります」
「……え?」
「“恋愛”のような曖昧な感情を、
霧沢くんがどのように扱うのか。観察する価値はあります」
「ほら霧沢くん、氷見さんも興味あるって!」
音海が笑う。
「言ってないだろ!?」
(もう俺の意思なんてどこにもない……)
けれど、不思議と嫌ではなかった。
期待、ではない。
不安、でもない。
なんというか……
“何かが始まる前の、ほんの小さな高鳴り”みたいな感覚だった。
「……わかったよ。とりあえず、張り紙だけ貼る」
「わーい! 霧沢くん、最高!」
音海が勢いよく紙を受け取る。
その時──
氷見がふっと俺の机に視線を落とした。
「……霧沢くん。
最初の相談は、もう届いていますよ」
「え?」
机の上に、小さく折りたたまれた淡いピンク色のメモ。
『好きな人に気持ちがバレそうです。どうしたらいいですか?』
(……誰だ?)
音海はそっと視線を逸らし、月城は無言で口元を押さえ、氷見は表情を変えない。
(まさか、誰かの……?)
張り紙を貼る予定の空き教室が、
ただの倉庫じゃなく──
“これから物語が生まれる場所”に見えた。
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