人族なのに魔王候補にされた冒険者は生き残りたい〜魔王のスキルを駆使して最強を目指す〜

kakapo!

第1話 継がれし災厄

 数ヶ月前、勇者たちが魔王を討った――らしい。

 魔王が治める魔族の国――アスモリア魔王国は資源に乏しく、人族国家を侵略して資源と豊かな土地、そして労働力を奪ってきた。

 度重なる侵略に人族国家群は滅亡の危機を感じ、ついにある作戦を実行した。

 

 『勇者作戦』と名付けられたその作戦は、いたって単純。

 人族の切り札とも言える強力なスキルを持つ人材を魔王国へ潜入させ、魔王を暗殺する――それだけだ。

 『真の勇者』と呼ばれたアークレイン王国第二王子が部隊を率い、作戦は成功したが、魔王との死闘で部隊の半数が戦死。第二王子も相打ちになったと伝えられている。

 

 生き残ったのは『闘神』『賢者』『魔導拳士』『重鉄騎士』『千剣』――俺でも知っている異名持ちばかりだ。

 魔王が討たれたこともあり、これで魔王国の圧力も薄まると――少なくとも、その時はそう思われていた。


 ◇◇◇


「って思ってたんだけどなぁ……」


焦げた肉の臭いが風に乗り、兵たちの喉と肺を焼き尽くしていく。

炎の雨は皮膚を焦がし、甲冑の隙間から潜り込み、兵士を生きたまま炭に変えた。

悲鳴を上げて転げ回る者の頭上に、次の稲光が落ちる。

一瞬で黒焦げとなり、周囲に鉄と肉の焦げる匂いを撒き散らした。


凍てつく吹雪が舞い込み、炎に包まれた兵を氷像へと変える。

焼けただれた肉体は凍りつき、ばきりと音を立てて砕け散った。


前列を組んでいた兵士の一団は、一瞬で形を失った。

そこに人の軍勢があったなど、誰も信じられぬほどに。

大地には焼け爛れた肉片と、凍りついた四肢が散乱し、雷光の余韻に照らされて赤黒く光る。


それは戦場ではなかった。

ただ人間が、災厄に蹂躙されるための舞台だった。


「……おいおい、依頼書には“従軍補佐”って書いてあったはずだよな? 荷物運びのつもりが地獄巡りに変更って、聞いてねぇぞ」


焦げた肉の臭いが充満する戦場を駆けながら、俺――アレンは小さく悪態をついた。

鼻の奥が焼けるように痛み、視界は炎と黒煙に覆われる。

生き残っている兵士は悲鳴を上げながら逃げ惑い、指揮系統などとうに崩壊していた。


片手半剣――バスタードソードを握り直す。

長年の相棒に、これ以上無茶をさせるのは気が進まない。

だが今は、選り好みを言っていられる状況じゃなかった。


「勇者様が魔王を倒したって大層な噂だったよな?

 ……で、なんで俺は今こんな地獄で走り回ってんだ」


実際のところ、魔王を討ったあとも戦は終わらなかった。

魔族は散発的に各地を襲い、資源を奪い、血を流させ続けている。

しかも最近じゃ、やたら強力な魔族が混じってるって噂だ。

その噂を、今こうして目の当たりにしてるのが現状ってわけだ。



「……っとと!」

空から落ちてきた炎の塊を、俺は転がるようにかわす。

熱で髪の先が焦げる匂いが漂った。


「火の玉ジャグリングかよ……芸人にでも転職しろってんだ」

口から勝手に軽口が漏れる。

そうでもしなければ、この状況で正気を保つことはできなかった。

炎の雨は止む気配を見せない。

逃げ惑う兵士たちの間を縫うように、俺は剣を振るうのではなく、掌をかざして意識を集中した。


「……よし、繋がった」

俺の指先から、誰にも見えない糸が伸びる。

それは火の玉の軌道と、地面の岩の突起を結びつけた。


次の瞬間、落下してきた炎は糸に引かれるように進路を逸れ、岩に直撃した。

爆ぜた炎の熱が頬を焼いたが、直撃よりは百万倍マシだ。


「便利だろ、俺の《因果の糸》」

誰に聞かせるでもなく、軽くぼやく。

「見えない糸で、因果関係をちょいと弄る。……まあ、芸人の火の玉ショーを“他所行き”にできるくらいにはな」


本当は芸人相手になんて使ったことはない。

だが、冗談でも言っていなければ震えが止まらない。


この世界で、誰もが生まれながらに一つだけ持つ力――それがスキルだ。

発現は魂に刻まれており、同じ効果を持つ者は存在しない。

例外なく「一人に一つ」という絶対の法則があった。


炎の雨を避け、雷撃の軌道をずらし、吹雪の流れを逸らす。

俺は《因果の糸》で命を繋ぎ止めていた。

だが――


「……おいおい、どんだけ降らせるんだよ」

糸を繋ぐたびに、胸の奥の魔力が削られていく。

このまま続けば、じきに底をつくのは目に見えていた。

炎、氷、雷――その三つの災厄を撒き散らす中心に、一つの影が立っていた。


人の形をしてはいる。だが、その輪郭は魔力で揺らめき、炎と氷と雷光が漏れ出すように迸っていた。

遠目にもただの魔族ではないと分かる。

まるでこの地獄絵図そのものが、一つの肉体に宿ったかのような存在だった。


「……あいつが元凶か」

思わず喉が鳴った。


兵の群れが彼我の距離を詰めようとした瞬間、男は片手を振り上げた。

炎の柱が地面から噴き出し、突撃していた兵士たちをまとめて呑み込む。

鎧ごと炭に変わった人影が、ばたりと地に崩れ落ちた。


「くそっ……」

俺は思わず唾を飲み込む。

人類の軍勢が、まるで紙のように燃やされ、砕かれていく。


だが次の瞬間、俺は違和感に気づいた。

炎を放ったあの魔族は、詠唱をしていなかった。

言葉もなく、ただ手をかざしただけで発動していた。


「詠唱してないってことは……スキルか?」

背筋に冷たいものが走る。

だが、まだそれだけでは終わらなかった。


炎の奔流が大地を薙ぎ、前列にいた兵たちがまとめて呑まれた。

「熱い、助け――!」という声は途中で焼き切れ、黒焦げの影が地に崩れ落ちる。


「下等生物ども……燃え尽きて灰になれ」

嘲笑と共に炎がさらに膨れ上がる。


「下がれ! 下が――!」

指揮を執ろうとした将校らしき男も、次の瞬間には氷の槍に貫かれて沈黙した。


「声すら上げられぬか。弱き命が、散るのも一瞬だな」

その嘲弄が重くのしかかり、兵の顔から血の気が引いていく。


盾を構えた兵が何人も突撃するが、吹雪に呑まれて次々と凍りついていく。

無理やり足を動かして逃げ出した兵士の一人は、稲光に背中を貫かれ、断末魔をあげながら地面に叩きつけられた。


周囲から響くのは悲鳴と怒号、そして「逃げろ!」という声ばかりだ。

もはや戦列も形を成さず、群衆が四散するように散り散りに逃げ惑っていた。


「……冗談だろ」

思わず声が漏れる。


兵の数が、まるで意味を成していない。

あれは災厄を撒く怪物であって、俺たちと同じ“戦場の敵”じゃない。

ほんの少しでもタイミングを誤れば、俺も同じように黒焦げか氷片になって転がっているはずだった。



魔族の男が口を開いた。

炎の文言が紡がれ、空気が震える。

魔術だ――俺の耳にも聞き覚えのある詠唱。


本来なら詠唱が終われば、即座に術は発動する。

炎の槍が放たれ、敵を焼き尽くすはずだ。


だが――違った。

彼の掌に生まれた炎の槍は、放たれることなく空中に留まり、淡く脈動を繰り返していた。


「……何だ、あれ」

思わず立ち止まる。


男は続けざまに別の詠唱を唱える。

土弾の詠唱、風刃の詠唱。

完了するたびに術は形を取り、しかし放たれず、炎と並んで空中に漂った。

まるで空間に“術式そのもの”を閉じ込めているかのように。


指が鳴らされた。

次の瞬間、貯め込まれていた術式が一斉に解き放たれ、逃げ惑う兵士たちをまとめて薙ぎ払った。

炎槍と土弾と風刃が同時に爆ぜ、地面が抉れ、肉と金属が宙に舞う。


「……嘘だろ」

背筋が粟立つ。


これは魔術だ。

俺も知っている。詠唱を経て即座に放たれるはずの“当たり前”の魔術。

だが、あいつはそれを留め、操った。

まるで――もう一つのスキルを持っているかのように。


「スキルは一人に一つきり……そういう決まりだろうが」

喉の奥が乾き、言葉がかすれる。

俺の知る“世界の常識”が、音を立てて崩れ落ちていった。


炎と氷と雷の奔流が途切れた。

だが、それは災厄が収まったからではない。


魔族の男は、広範囲を焼き尽くす攻撃をやめ、詠唱を繰り返しながら次々と術式を空中に蓄え始めた。

炎槍、氷刃、雷槌、風刃、土弾。

 ――詠唱で組み上げた魔術を、そのまま空間に“留める”。あれ自体がスキルの効果だ。

どれも放たれることなく宙に漂い、まるで死神の鎌のように生存者たちの頭上に並んでいた。


「やべぇ……狙ってきやがる」


予感はすぐに現実となる。

魔族が低く笑い、指を弾いた。


「逃げ惑え。どこに隠れようと無駄だ……一匹ずつ仕留めてやる」


その瞬間、炎槍が一直線に兵士の胸を貫いた。

続けざまに氷刃が冒険者の肩を斬り裂き、雷槌が盾ごと人間を叩き潰す。

広域殲滅から、一人ひとりを的確に狙う処刑へ。


叫び声は悲鳴ではなく断末魔に変わった。

逃げ惑う者は次々と撃ち抜かれ、戦場に残る人影はみるみる少なくなっていく。


「……ここで逃げたら、結局同じだな」

息が荒くなる。


背を向ければ即座に狙撃される。

運良く逃げ延びても、次に襲撃された街道でまた同じ目を見るだけだ。


「なら――」

バスタードソードを握り直す。

握った手のひらが汗で滑る。


「行くしかねぇ」

自分に言い聞かせるように声を吐き出す。


災厄を操る怪物へ、俺は正面から踏み出した。


魔族が詠唱を終えるたびに、空間に新たな術式が固定されていく。

そして指先の合図ひとつで、それらは矢継ぎ早に解き放たれた。


炎槍が飛来する。

俺は即座に因果の糸を繋ぎ、標的を逸らす。

槍は軌道を歪め、倒れ伏した兵士の亡骸に突き刺さった。



「……危ねぇ」

皮膚が焼けただれ、焦げた臭いが漂う。直撃は避けたが、熱は容赦なく身を削る。


続いて氷刃。

糸を張って地面の岩片へと軌道を引きずり込む。

鋭い衝突音とともに氷が砕け散り、破片が顔を裂いた。


「くっ……!」

頬を伝う血が口に入り、鉄の味が広がる。


次は雷槌。

糸を繋ぐが、電流はあまりにも速い。

誘導の途中で糸が焼き切れ、稲光が肩口をかすめた。

筋肉が痙攣し、剣を握る腕が一瞬麻痺する。


「ああ、クソッたれが!」

叫びで痛みをごまかし、足を前へ出す。


繋いでは焼き切れ、繋いでは砕ける。

そのたびに皮膚は焦げ、血が流れ、感覚が鈍っていく。


だが、立ち止まれば即死だ。

前に進む以外に、生き残る道はない。


魔術の嵐を、俺は必死に糸で捻じ曲げながら、地獄の中心へと足を踏み入れていった。


追い詰められていた。

糸は次々と焼き切れ、皮膚は焦げ、血で剣の柄が滑る。

足は重く、肺は灼けるように熱い。


それでも俺は、まだ生きている。

生かされているのかもしれない。

なら――せめて一矢報いてやる。

 

「ほう……下等生物にも運のいい奴がいるようだ。我が名はヴェルク。災厄をもたらす魔王の後継者なり。我が眼前に立った褒美に魔術の真髄を見せてやろう」

眼前で魔族――ヴェルクが再び詠唱を始めた。

人族では解析されていない属性複合魔術。炎と雷の術式だ。

轟々と唸る火焔の奔流に稲光が走り、周囲の空気そのものが焼き尽くされるかのように震えている。


「……これだ」


因果の糸を伸ばす。

あの術式を――ヴェルク自身と繋ぐ。


糸が焼き切れるのは分かっていた。

だから、逃げ道を作らないよう自分の立ち位置を調整する。

奴が回避すれば、確実に俺も巻き込まれる。

相打ちを狙うしかない。


「我が美しき魔術を目に焼き付けて死ぬがいい!」


ヴェルクが術を放った。

炎と雷の奔流は糸に引き寄せられ、標的を外れて――直線の軌道を描き、自身へと襲いかかった。


直撃。

凄絶な爆音と閃光が大地を揺るがす。

炎が魔族の肉体を焼き裂き、雷が骨を砕く。

悲鳴が空を震わせた。


「下等生物が……魔術の軌道を――!」

声は苦悶と怒りに歪み、灼熱の轟音に呑まれて途切れた。


同時に、俺の身体も焼き尽くされる。

糸を最後まで維持した代償。

炎が皮膚を裂き、稲光が内臓を震わせる。


「……が、はっ」

血を吐きながら膝を折る。

視界が赤黒く染まり、呼吸は途切れ途切れになる。


奴は確かに重傷を負った。

しかしなお、よろめきながらも立ち上がる。

その眼には激怒が宿っていた。


「貴様……我が魔術を……許さん……!」


だが、俺も立っているのがやっとだった。


「……まだ、終わっちゃいねぇ」

バスタードソードを支えに、歯を食いしばる。

これ以上魔術を撃たせないために――このまま近接戦で仕留めるしかなかった。


炎と雷に焼かれた肉体を、無理やり引きずるように立ち上がる。

呼吸のたびに胸が裂けるように痛むが、それでも剣を手放すわけにはいかなかった。


目の前のヴェルクもまた、全身を焦がされ血を流していた。

その眼は狂気に爛々と輝き、獣の咆哮のように吐き捨てる。


「下等生物が……我に傷を負わせたかァ!」


激昂した声が戦場に響く。

それはもはや冷酷な嘲笑ではなく、誇りを汚された怒りそのものだった。


ヴェルクは腰のハンティングソードを引き抜く。

刃が炎に照らされ鈍く光り、その握りは怒りに震えていた。


「人族ごときが……我が魔術を操ったと? 細切れに斬り刻んでやる!」


「……やっぱり最後は剣かよ」

苦笑混じりに呟き、俺もバスタードソードを構える。


距離を詰める。

鋼と鋼が衝突し、火花が散った。


こいつの一撃は怒りに任せて重く速い。

受け止めるたびに骨が軋み、肩口に衝撃が走る。

このまま受け続ければ押し潰されるのは時間の問題だった。


「なら……一手で終わらせる!」


剣を受け流す瞬間、俺は因果の糸を繋いだ。

ヴェルクの持つ刃と、大地を。


見えない糸に引かれ、魔族の剣筋がわずかに逸れる。

防御の隙が露わになった。


「なにッ――!?」


その一瞬を逃さず、俺は剣を振り抜いた。

刃が肉を裂き、骨を断ち、胸を深々と切り裂く。


ヴェルクは血を吐きながら、なおも吠えた。

「下等生物がァ……!」

だが、その瞳から光が失われていく。


ハンティングソードが手から滑り落ち、土に突き立った。


「……はぁ、はぁ……やった……のか……?」


膝が砕けるように崩れ、俺は血の染みた地面に倒れ込んだ。

だが、視界の端に映る魔族の屍が微動だにしないのを確認し、かろうじて笑みを浮かべた。


意識が途切れかけていた。

焦げた匂いも、焼け付く痛みも、もう遠のいていく。

あとはただ、暗闇に沈むだけ――そう思った。


だが。

闇の奥から、声が響いた。

複数の声が折り重なり、男とも女ともつかぬ響きで、脳を直接揺さぶってくる。


【……人族の身で、魔王の器を屠るとは】


背筋に寒気が走った。

動けないはずの身体が、声の余韻に反応して震える。


【面白い……《災厄の王》を継ぐことを許す。次代の器として】


その瞬間、胸に焼きごてを押し当てられたような熱が走った。

骨の髄まで焼かれるような痛みと共に、魔力の奔流が体内に流れ込んでくる。


「――ッッ!」

叫び声にならない悲鳴が喉を裂いた。

意識は白に塗り潰され、感覚は灼け落ちる。


闇と光の境目で、俺はただ呑み込まれるしかなかった。

白に塗り潰された視界が、やがて暗闇に沈んでいく。

熱も痛みも、徐々に遠ざかる。


体が軽いのか重いのか、それすらも分からない。

呼吸の音だけがやけに大きく耳に響き、やがてそれさえも途切れた。


――死んだのか。

そんな考えが、霞のように浮かんでは消える。


けれど、完全な虚無には至らない。

闇の奥底で、何かが蠢いていた。

炎のうねり、氷の咆哮、雷の閃光。

さっきまで外界で暴れていた災厄が、今は俺の胸の内に潜んでいる。


「……っ……」

声にならない呻きが喉を震わせた。

だが、もう瞼を上げる力は残っていない。


深い深い暗闇に落ちていく。

その果てで、意識は完全に途切れた。



------

あとがき


本作を読んでいただき、ありがとうございます。

第1話投稿時点で書き溜めが14万文字ほどあるため当面の間は毎日更新で進めていきます。


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