第75話 オネスト公爵家、来襲
その日は結局、その後出かけることもなく、夕食の調理を少し手伝ったりしながら過ごした。夕食の準備を始める時間までに、料理長が復帰できなかったためだ。夕食も問題だったが、翌日オネスト公爵が訪ねてくるのにお茶菓子が何も作れないと、厨房係が青ざめていたのでそれも手伝った。本当にジャンボンはろくでもないことをやらかしてくれたものだと思う。
厨房にある材料から考えて最初はプリンかカスタードシュークリームを作ろうかと思ったのだが、プリンは見た目の華やかさが足りず、シュークリームは前日から作っておいておくには適さない。それにお菓子はタイヨウ王が作れたかどうか……タイヨウ王が残したレシピに入っていないものを作ってもどうなのか……などと色々考えた結果、もうある程度見栄えがすればいいかとフルーツロールケーキを作ることにした。
ロールケーキならばスポンジの厚さは薄くていいので、ベーキングパウダーが必要ない。卵白を泡立ててその気泡で膨らませるのだ。中身についてはフルーツは季節のフルーツがそれなりに揃っていたので、ブルーベリーとラズベリー、ジューンベリーを使用。クリームは生クリームではなくカスタードクリームに変更した。生クリームはどうやって作られているのか、ある程度ジェイドは知っているのだが、今現在で作るのは流石に厳しかった。
「こ、こんなお菓子初めて見ました」
厨房係の青年、カイトは目を丸くしてジェイドの作業を見つめている。カイトには既に色々見せてしまっているので、口止めが必要だろうか。
「あの、俺が色々なレシピを持っている話は……」
「あっ、大丈夫です! これでもオネスト公爵家の縁者ですので!」
話を聞いてみると、カイトは法衣貴族の三男で、実家は元を辿ればオネスト公爵家の分家に当たるらしい。
「俺が生まれたとき、両親は女の子が欲しかったらしく俺は殆ど放置されて育ってまして」
衣食住だけはまともに与えられていたが、下に妹が生まれると放置の度合いが加速したのだという。十歳の時に与えられる馬も贈られず、それどころか次第に衣食住すら怪しくなっていったそうだ。そのことが偶然当時のオネスト公爵の耳に入り、オネスト公爵が激怒。カイトはオネスト公爵家に身を寄せることになり、実家はオネスト公爵家から冷遇されるようになったらしい。
「今は公爵様が代替わりなさって、俺を助けてくださった方は先代様になりましたが、オネスト公爵家に対する感謝と忠誠は変わりません。オネスト公爵家の厨房で色々教わりましたから、ジェイド様のレシピについては想像することはあります。けど、だからこそそれを口外すればオネスト公爵家の意に反することもちゃんと分かってますから」
「成程」
実はジェイドとしては、カイトにティムバー家の料理人になってもらえないか誘ってみようかという気持ちもあった。しかしこれだけオネスト公爵家に忠誠心が篤いとなると、ちょっと無理そうだ。
「じゃあ、オネスト公爵に出すお菓子作りは頑張らないとな?」
「はい!」
この世界、泡だて器が存在しておらず、生地作りの際にフォークで卵白を泡立てたので物凄く大変だった。だがカイトは凄く頑張ってくれた。更に上から飾りで振りかける粉糖も普通の白砂糖から作らねばならず、薬研でごりごりと粉砕したのでこれも大変な作業になったがカイトは文句ひとつ言わずにやってくれた。
電動ではない調理器具でも、この世界にまだ存在していないものがそこそこあるのが分かったので、領に戻ったら竹で色々作ろうとジェイドは決意した。とりあえず泡だて器は必須だ。
ロールケーキはカットせずに保冷庫にしまい、明日提供直前にカットして盛り付け、粉糖を振るようにカイトに教えておく。これで準備は整った。
そして翌日。オネスト公爵ともう一人が、『宝石鳥の籠亭』にやってきた。
「ティムバー夫人、久しぶりだね。それからジェイド君は初めまして。私はホリホック=オネスト。現オネスト公爵を務めている。そしてこちらは私の父、先代のオネスト公爵で」
「儂はクラールス=オネスト。よろしくの」
オネスト公爵だけが来るのかと思っていたら先代までついてきた。用意するお菓子をロールケーキにしておいて良かった、切り方の厚みを調整すれば一人増えても対応できる。
「父上まで来るとは手紙に書かれていませんでしたが?」
ムスカリが苦情を言っている間に、ジェイドはこっそり使用人を呼び止めてカイトへのこと付けを頼む。使用人もすぐにジェイドの意図が分かったようで、走らないように気をつけながらも最大限急いで厨房に向かった。
「なに、一人増えたところで大して変わらんじゃろ? それに今日の話題については、ホリホックより儂の方が詳しいでな」
「迎え入れる側は変わるんですよ」
飄々としているクラールス翁と渋い顔のムスカリ、まあまあと間に入るホリホック公爵の図に、ジェイドはフリージアに視線を向ける。流石にこの会話のなかにジェイドは入れない。
「お三方、わたくしとジェイドを置き去りにして家族の会話は止めてちょうだい?」
フリージアにチクリとやられて三人が振り返る。
「フリージア嬢は相変わらず気が強いのぅ」
「クラールスおじ様こそ相変わらずとぼけたおじさんを標榜してらっしゃるの?」
「そうなんだよ。手を焼いているんだ。父上、ティムバー夫人はもう結婚しているのだから名前で呼ぶのはお止めください」
どうやらフリージアはこの二人ともかなり親しいようだ。
「まあ、呼び方は昔通りでよろしくてよ。わたくしも昔と変わらない対応をさせていただくわ。あまり他人行儀に会話をしていても、話が進まないでしょう?」
「そうかい? では私も昔と変わらず、フリージアと呼ばせてもらうよ」
どうやらこれまでのやり取りは、久しぶりの再会に置ける挨拶のようなものだったようで、その後はムスカリの案内で全員が席に着いた。
そこに、女性従業員が紅茶をサーブし、カイトがロールケーキを乗せたワゴンを押して室内に入ってくる。
きちんと5人分に切り分けられ、粉糖と三種のベリーで可愛らしくトッピングされたロールケーキを見て、ジェイドは内心でほっとした。口頭の伝言だけで伝わるか少し不安だったが、カイトはちゃんと対応できたようだ。
「これは……?」
ロールケーキを見たクラールス翁がわずかに目を見開き、しげしげとロールケーキの皿を見つめている。
「か、可愛い……」
そしてホリホック公爵の口から思わずと行った様子の言葉が零れ落ちた。
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