◆stage:5

チエルとの出会いで、兄はもうこの世にいないのだと現実を突きつけられた最悪な日から3日が経った。永遠にも似た深い悲しみに暮れる真白を皆が気遣ってくれた。食事を拒否する真白にアイスを用意してくれたり、自販機の温かいカフェラテを奢ってくれたりした。

この3日間も他国からの攻撃に対しての迎撃や、他の任務もあったのだが、それらは真白以外のアスシソパイロット達がこなしていた。スサノオは整備中だし、鷹嶋司令が自分に気を遣って他のパイロットに出撃命令を出しているのは承知の上だが、自分が数日間いなくても任務に支障がないことに、必要とされていない寂しさを感じていた。

「別に俺がいなくてもいいんじゃん。」

昼食時が過ぎ、アマテラスの午後の活動が再開し始めた頃。真白は、兄を失った寂しさと、皆から必要とされないと感じてしまう寂しさで拗ねていた。悲しみや寂しさを紛らわす為、真白はミンネルがプレゼントしてくれた“獣医助手のための基礎知識”の本を自室で眺めていた。すると、サイドテーブルにいたポテ丸が人の気配を察知して真白に来客を知らせた。


「真白くん、お昼から入る風呂も気持ちがいいぞ〜。」

真白がドアを開けると、部屋の前にはお風呂セットを抱えた鷹嶋司令が立っていた。


あの日から風呂に入っていない真白は、鷹嶋司令に連れられて、艦内にある小さな温泉風コーナーに来ていた。誰かと風呂に入るなんて久しぶりだ。温泉風コーナーの噂は聞いていたが、真白は自室のシャワー室を使用していた。


真白が浴場の洗い場へ行くと「真白くん、私が髪を洗ってあげよう!」と、鷹嶋司令は強引に真白を座らせ、髪を洗い始めた。

「髪なんて自分で洗えるのに!恥ずかしすぎる!」と真白は抵抗したが、鷹嶋司令は遠慮するなと言って真白を甘やかした。真白は年頃の少年として地獄の洗髪タイムを過ごした。


真白は鷹嶋司令と浴槽に入った。温かいお湯に浸かると真白はついつい今の悲しい気持ちを鷹嶋司令に吐露してしまった。鷹嶋司令は真白の話に頷き「真白くんの家族には敵わないだろうし、慰めにはならないだろうけど、自分達のことはなんでも打ち明けられて頼ることができる家族だと思ってくれ。」と真白の頭を優しく叩いた。


ちなみに真白が知りたがっていたあの話題にもなった。鷹嶋司令いわく"アスシソ"とは「我が国に危機が訪れる日が来ても、その明日には紫(紫=筑紫洲)を蘇らせる勢いで闘う。」という彼が考案したスローガンのようなものが由来らしい。真白は確かにバリダサだと納得した。


その時、突然浴場が揺れ、浴槽のお湯に波が立った。浴場には、風呂場に似つかわしくないけたたましいアラームが響きわたった。

​「緊急警戒警報!アマテラス、ハザイ機より攻撃を受けています!繰り返します、アマテラス被弾!」

​浴場に設置されている艦内放送のスピーカーから香椎の緊迫した声が響いた。

「司令!アマテラスがハザイ機から攻撃を受けています!最近この艦、目立ってたのかも⋯。」

スピーカーから香椎が鷹嶋司令に報告した。

「相手は一機ですが⋯、アマテラスへの攻撃が任務なのでしょうか?ツクシ洲の被害は今のところないようですね⋯。」

ミンネルもブリッジで戦況を確認しているようだ。

報告を受けた鷹嶋司令は浴槽から飛び出した。あられもない姿で脱衣所からブリッジへと向かう鷹嶋司令に「俺はもう、大丈夫ですから!」と真白が叫ぶと、手を振って返事をした。


***


「司令!待ってました、指示を⋯ってなんなんですか!?その格好!」

浴槽から飛び出しタオル1枚でブリッジへ辿り着いた鷹嶋司令を見た香椎は嘆いた。これはその⋯と鷹嶋司令がまごまごしていると、苦笑いの水城が「とりあえず、動かしますよ!」と艦を出港させた。


「司令、パイロット達を出撃させましたが、全く刃が立ちません!相手は一機なのに!やっぱり、スサノオに頼るっていうのは難しいのでしょうか?」

香椎が鷹嶋司令に尋ねると、スサノオの整備がまだ完全ではないから許可できないと答えられた。


脱衣所から出た真白は、格納庫へ向かっていた。この状況、スサノオ以外に皆を護れる機体はないと思ったからだ。

格納庫へ向かう途中、艦内放送で香椎が鷹嶋司令やミンネルの制止を差し置いて、川端にスサノオの出撃許可を交渉する会話が流れてきた。そして、香椎は艦内放送で真白にも話しかけてきた。

「ほとんど完了してるってことじゃないですか!もう、とりあえずスサノオの最終調整をお願いします!⋯あっ!ねぇ、真白!きいてる!?お願い、緊急事態なの。あたしのこと、鬼だって恨んでいいからさ⋯。てか、風呂入れる元気があるなら出撃よ!!翔べ!真白、発進!!」

「うるせー。」

真白は司令の意見も整備士の意見も全く聞かない戦術オペレーターに呆れていた。

でも確かに他のパイロット達が刃が立たないこの状況なら、スサノオが100パーセントの状態じゃなくても、自分が出撃するしかないだろう。


格納庫へ到着すると川端がスサノオを応急処置で調整をしていた。

「あっ、真白ちゃん!本当に大丈夫なの?⋯あら〜、まだおめめが腫れてる。後で冷やそう!うん、そうしよ!」

「⋯うん。⋯俺もう、大丈夫だから。」

真白は、川端に心配されている嬉しさと、情けない自分を見られている羞恥心が入り混じり、顔を合わせられなかった。

「ふっふっふっ〜!真白ちゃ〜ん!橋架ママは、他のギアステイツの整備をしながら、あの大破同然のスサノオをここまで修理するのは大変だったんだぞ〜。」

川端は自分が整備したスサノオを自慢気に真白に見せた。

「あ、えっと、ありがと⋯、川端さん。スサノオの修理、急に、めっちゃ大変だったよな⋯。」

「わっ!真白ちゃん!!もしかして、デレてる感じ!?かわいいっ!!」

真白が小さな声で感謝を伝えると、川端は真白の腰に手を回した。

「⋯げっ!?」

「ん〜♡真白ちゃん、橋架ママにご褒美のチュウは?」と川端が不審な手の動きをすると同時にセクハラ発言をしたので、呆れた真白は川端を無視してスサノオに搭乗した。

「照れてる?とにかく、真白ちゃん、気をつけてね。絶対に無茶はしないでね。何があっても帰還するんだぞ。」

「⋯ん。」

真白は川端の言葉に温かさを感じながら格納庫から発進した。


⋯うちの息子も大きくなったらあんな感じだったのかな?


川端は真白を送り出しながら、亡き息子の成長した姿を重ねていた。


***


​真白が出撃すると、アマテラスを襲撃したハザイ機は、たった一機でありながら、他のギアステイツを次々と撃墜していた。

たった一機なのにそんなに強いのか?

真白はその機体に攻撃を仕掛けた。するとその機体のパイロットは通信回線を使って「お前か?厄災は。」と真白に言った。ハザイ軍のデータにある標的の機体情報と合致したらしい。

「悪いが死んでもらう。最近俺の国の作戦の邪魔ばかりする目障りな機体。消せ、と軍から命令されてるんでな。」とハザイのパイロットは続けた。

「あんた、なんであんな最低な国の命令で動いているんだ?とても命を捧げたくなる国とは思えないけど⋯。」

真白はニュース番組やミンネルからの話でハザイという国が他国だけではなく国民にも優しい国ではないと知っていたので、このパイロットの忠誠心を不思議に思い、敵兵に質問を投げかけてしまった。するとハザイのパイロットは真白の質問に「そうだな。」と答えた。

「お前の言う通り、家族や子供を人質にとって、スパイ行為や人殺しをさせるような最低な国だよ。」

そう言ってスサノオに攻撃を続けた。そしてこのパイロットは、自身はハザイ軍の中尉で名は“レン”だと名乗った。


レンは14年前まで、貧しいながらも母親と弟と妹の四人家族で助け合い、質素でも満ち足りた生活を送っていた。

そんなある日、レンが市場での荷物運びの仕事から帰宅すると、家の中は荒らされ、軍服を着た大人達が母親に暴行を加えていた。軍の大人達はレンの弟を少年兵として使うために連行しようとしたところをレンの母親に止められたのだ。軍の大人達は自分達の邪魔をするレンの母親に腹を立て、殴る蹴るを繰り返していた。レンが軍の大人達にやめてほしいと懇願すると、その大人達がハザイ軍の任務に協力し、国への忠誠を示すように言った。レンは国に家族を人質にとられた。そして、ミズホ国が開発していると噂の新兵器の手掛かりを掴むよう命令された。

レンはハザイから一番近いツクシ洲政府の研究所から調べることにした。レンは軍から武器も食料も衣類も何も与えられなかった。使い捨ての駒だとは分かっていた。それでもレンは家族の為に、ナイフ1本でツクシ洲政府の研究所に乗り込んだ。レンは運良く、今で言う“ギアステイツ”の元となる戦闘用ロボットのデータを手に入れることに成功した。念の為、開発中の機体の中も調べていると、関係者と思われる女と鉢合ってしまった。研究所への侵入が見つかってしまったレンは動転し、使い方も分からないその機体を力ずくで操作した。その際、その関係者の女に機体の腕と見られるパーツが勢いよく当たってしまい、殺してしまった。その事に慌てたレンは、機体から降りて女の様子を確認した。血で汚れた女の名札には“天原墨香”と書いてあり、名札が入っているスリーブを裏返すと2人の子供の写真が入っていた。

⋯この人達には申し訳ないが、これで自分の家族が助かる。

レンは研究所を後にした。軍にデータを持ち帰ったレンは、研究途中の内容とはいえ大手柄だった為、母親の軍に対する行動の監督不行き届きで殺されずに済んだ。

レンは、ハザイ軍にも歓迎する、君ならすぐ立派な軍人になるだろう、と褒められた。しかし、レンが家に帰ると母親は既に殺害されていた。衣服が乱れて強姦されていたことも想像できた。弟と妹は物置に隠れていた。レンは2人を抱きしめて、強く育てると誓った。


レンのそのような過去を知る由もない真白は、自分達をぞんざいに扱う国に忠誠を尽くす理由が理解できないと、説教じみながら応戦した。「お前に何が分かる!」と、レンは真白に対して“お前は世界を知らない”と言わんばかりに攻めた。レンの機体の射線は、真白の機体の弱点を正確に捉えようとしてくる。

「力で支配することは確かに間違ってる。でも、俺みたいな使い捨てには間違いに声をあげて革命を起こす力なんてないのさ。俺達が束になった力より、間違った人間の力のほうが遥かに強いからな。だから俺達使い捨ては力に従って生きていくしかないんだよ!!」

レンは悲しみの感情を力に変えて真白に攻撃した。真白は、この男もハザイに人生を狂わせられた被害者なのだと痛感した。そして、誰もがミンネルのように間違った存在に“間違っている”と声をあげられるわけではないのだ。

レンの通信は続いた。

「確かに俺は権力にひれ伏した弱い人間だ。だがな、弟と妹には俺みたいに使われる側の人間ではなくて、使う側の人間になって欲しいんだよ!!俺はそのために命をかけて軍の犬をやってるんだ。のし上がる為には、お勉強する為の金が必要だろう?」

この男の殺意は、弟と妹に幸せになってもらいたいという一心からくるものだった。

真白の心は揺れた、この男にも自分と同じで大切な家族がいたからだ。激しい戦闘のなかで真白は自分がこの男を倒してしまったら、レンの弟と妹はどうやって生きていくのかを考えてしまった。

真白は、敵兵への同情心に駆られてしまったのだ。

その時、通信が入った。

「真白くん、相手の話で油断してはいけない!」

鷹嶋司令から喝を入れられた。

「同情したか?じゃあ、黙って俺の家族の為に殺されろ!」

レンはとどめを刺そうと突撃してきた。

真白は反射的にスサノオのライフルを蓮の機体のコックピットへと向け、引き金を引いて反撃してしまった。

​レンの機体は、スサノオの反撃に敵わず、光の破片となって爆破した。

「⋯あ、⋯また、だ。」

​⋯まただ、また俺は人を殺して、誰かの家族を奪ってしまった。​

真白は操縦席で泣き崩れた。そして、知らず知らずのうちに、母の仇を討っていた。


その様子を、離れた空域から1機のハザイ機が確認していた。

「強くなったね、マシロ。」

ハザイの機体・アズラからスサノオを見つめるチエルは真白の成長を噛みしめるように目をつむった。

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