第15話 白豚君、アルバイト初日⑥ ~舞夏ちゃんは寝起きが悪い~



「……なにやってんの、お前ら?」




 前回まてのあらすじ。

 年下組はお昼寝タイム。寝かせつけていたら、ミイラ取りがミイラになった僕と舞夏。R15指定タグが必須な寝ぼけた行動はここでは割愛。ただ、食べられなかったけど。舞夏の小籠包。その感触は最高でした。


 それは、ともかくとして――。


 極悪アンアンが、鬼のような形相で僕を見下ろし――それから嘆息をもらして。

 何故か。

 どかっと、僕の近くに腰を下ろしたのだった。





■■■




「本当に坊、お前はなんなの?」

「あ、えっと。樋ノ下と言いまして。母ほ大将とは中学時代からの――」

「知ってるよ! 樋ノ下に俺、口で勝ったことないからっ」


 大将がむくれるが、可愛くない。極悪顔はイジけても極悪顔だった。


「樋ノ下の息子って言われたら素直に納得だけどなぁ」


 極悪アンアンは、胡座をかき肩肘をつく。それから小さく息をついた。


「……お前の母ちゃんと美晴さんだけったの。俺の顔を見て、引かなかったの。あと、お前もか」

「ん?」


 よく分からない。


「お前だけだぞ、この町内会で、俺を見て泣かなかったガキは」

「ふぇ?」


そんなこと言われても、普通に怖かったけど? ただ目がチワワみたいだったから、言うほど怖くはなかっただけ。でも、間近で見たら、怖いからね。極悪アンアン! 恐怖は頂点を越えると、声が出なくなるのだ。


 大将アンアンは、また小さく息をつく。


「随分、懐かれているじゃねぇか」

「お、お仕事ですから」


 時給分のお仕事はしないと。寝ていたけど。あやうく舞夏の小籠包オムネを食べそうになった――なんて、そんなことは口が裂けても言えないけれど。


「それ、あいつらの前で絶対に言うなよ」

「へ?」


 小籠包のことではなくて――あ、お仕事のことか。

 いや、でも。これって舞夏からお願いされたことだし。大将が僕を採用したわけで。お仕事としてのラインは――。


「お前がどう見たか分からないけど。うちの家族はだよ。舞夏の努力してくれたから、俺達は家族でいられる。そこは本当に感謝しているんだ」

「そう、ですね……」


 濃密な1日だった。そのなかで舞夏達に一面に触れて思ったのは、僕には何もできないということで。家族になろうと一生懸命な人達に、僕が上から目線で何かを言えるわけがない。


「……だけど、こう嬉しそうな舞夏達を久々……いや、初めて見た気がする。これは、俺にはできなかったことだ」

「大将……」


 あまりズームアップしないで。いささか慣れたけど、怖いものはコワイ。


「だからさ、お前にとっては仕事かもしれないけれど、こいつらの前では仕事として見せないで欲しいんだ」

「それが大将からの業務命令なら、そうしますよ」


 買いかぶりすぎじゃないだろうか。所詮、脇役の僕なんかに舞夏達を支えれるわけがない。僕にできることと言ったら、あの子達の可愛いワガママを聞いてあげることだけ。だって、我慢して飲み込むのは一番辛い。それは実体験済みだから。それぐらいしかできない。


「それにしても、困ったな」


 今日の大将は、困ってばかりである。正直、僕も困っている。舞夏さんが、抱き枕よろしく僕を離してくれない。大将、今こそ『俺の娘に手を出すなっ』って台詞を炸裂させるべきだと思うんだ。


「バイトのヤツが、熱が出て休みになったんだよな。マジで困った」


 大将。ちらっ、と僕を見るのどうして?


「舞夏が頼みの綱だったんだが、寝ちまってるし。この子、寝起きが最悪なんだよな」


 ふにん。

 ふにん。

 大将、あなたの言葉を今、実感しています。舞夏が僕の胸を揉むんです。お陰で、大将。あなたの言葉が全然、頭に入ってこない。これは親として見過ごしちゃダメじゃないえでしょうか?


「誰か、手伝ってくれないかな。ちらっ」

「い、飲食店のバイトなんか僕はやったことが――いっ」


 舞夏さん、寝相が悪いにも程がある。シャツの下に手を差し込まないで。それは、あかん。それ以上は、本当にR指定的にもダメなヤツ――。


「本当は今日、2人ほど、バイトの面接予定だったんだけど。あいつらも熱が出たって言うし。本当についてないよなぁ。困った、マジで。本気と書いて本気マジでこまった。ちらっ。チラっ。チラっ」

「やりますから、やるから! 何でもやりますから!」

 そう叫びながら、舞夏にぬいぐるみを差し出す。鳴ちゃん用に持ってきた、白豚のぬいぐるみだった。なお、僕の趣味ではない。母さんが運営する会社、white pigの限定生産品だった。破れかぶれの対処だったけれど、どうにか功を奏したようで。





「んっ、にぃに。大好き――」




 ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

 舞夏にこれだけ思われている、彗さん。本当に幸せ者だって思う。義兄と義妹の関係――まさにラブコメの世界。ここに彼女の幼馴染みを巻き込んでの三角関係になるのかと思うと、思わず息が漏れる。


 やっぱり、物語の主人公達は住んでいる世界が違う。



 それなのに――。



 外で鳴く蝉の声をかき消す勢いで。ハクと呼んだ舞夏の声が、僕の鼓膜を震わせてる。そして何故か、僕の胸を鷲掴みにする。


(どうして?)


 呟いてみても、答えなんかでるはずもなかった。

 






■■■







「はい、いらっしゃいませ~」

「白都じゃん、安西食堂でバイト始めたのかよ」


「お前がいるだけで、美味そうだな」

「ぶひっ?!」


「俺、白都のチャーシュー」

「お客さん、お触りはダメです! ここはそういう店じゃないので!」


 すでにできあがった町内会の酔っ払いには何を言ってもダメ。

 安西食堂のエプロンはサイズが合わなかったので、white pig特性の白豚エプロン。お客さん、エプロンを脱がすのはダメです。いやん。ダメ、お触り禁止! 追加料金!


「白都、今日のお勧めは?」

「安西食堂満漢全席! ですっ!」

「坊、そんなメニューはねぇよ! 勝手に作るんじゃねぇっ!」


 アホな言葉が行き交うが、この間、ノンストップ。注文の聞き間違いなく、即座に下膳。できあがったら淀みなく配膳。美味しい中華料理を届けるためならば。白豚ボクは翔ぶのだ。刮目せよ、全てはまかないのため! 目指せ、安西食堂満漢全席!


「おい、坊。賄いで満漢全席はやらねぇぞ?」

「あら、アンちゃん。白都君のリクエストだもん。ちょっとくらい、良くない? むしろ新メニューで作っちゃう?」

「美晴さん! 坊が食い尽くして、うち大赤字だって!」


 そのメニューがあれば僕は毎日でも食べに行くのに。見れば、お客である町内会の親父達がゲラゲラ笑っている。実に楽しそうだが、僕を酒の肴にするのは止めて欲しい。本当にチャーシューにされて食われそうだ。




 と――食堂のドアが開いて。

 来店を告げるベルがチリンと鳴って。

 熱気が一瞬、僕の頬を撫でる。






■■■







舞夏マイ、腹減ったから食いに来たよ。部活、めっちゃ疲れた。サッカー部、気合いを入れすぎだって。本当にペコペコ。俺、今日も炒飯で――?」


 高天原典司君と、僕の視線が絡んで。そして言葉が止まった。

 安西舞夏と幼馴染みの高天原君。


 人と関わろうとしない舞夏に対して、積極的にお世話を焼く理想の幼馴染み。彼女の噂がなければ、誰もが認める理想のカップルになっていたんだと思う。


 いつも笑顔の高天原君だけれど。まるで笑顔が剥がれ落ちる――ように、僕には見えた。


 それから、慌てて仮面を付け直したかのように、高天原君は僕に笑顔を見せる。その笑顔は、女の子達が言う、まさに天使の微笑で。女の子なら、きっと誰もが引き込まれるだろう。でも生憎、僕は恋する女の子じゃない。










「びっくりした。白豚ぶー君じゃん!」


 いつものように彼なりの親しみをこめて。

 高天原君は僕の名前を呼んだのだった。

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