第9話 安西家次男 VS 白豚君 Round1


安西家次男:安西(安東)音哉。



 白兎さんの第一印象は、変な人――それに尽きた。


 あの雨の日。

 姉さんが安西食堂に招き入れたふとっちょ。


 お世辞にも格好良いとはいえなかった。


 ただ、やけに人好きのする笑顔をしてくるのだ。それだけで、こっちの警戒心が秒で溶けてしまう。それが僕だけじゃない証明として、人見知りの強い鳴ちゃんが、この一瞬で白都さんに懐いた。それが僕には驚きで。


『姉さんの彼氏?』


 面白くなかった僕は、あえて、からかうように言う。全力で首を横に振る白都さん、一方、姉さんは――分かりやすいくらい、顔が真っ赤だった。ずぶ濡れで、風邪ですかってくらいに。


(……へ?)


 ウソでしょ。なに、その反応。

 あの幼馴染みにだって、そんな顔を見せたことなかったじゃん。マジで、マジなの?


 明比ちゃんと鳴ちゃんの子守りバイトが決まった時の、姉さんといったら。普段、姉さんは表情の変化が乏しい。周囲からはクールさんと言われたり、一匹狼と怖がられることもある。逆にあらぬ噂を囁かれていることも知っている。


 みんな、知らない。

 姉さんは、単純に感情表現が下手なんだ。


 姉さんは噂について、あえて否定をしない。僕は反論するけれど、空気を塗り替えることはできない。それはイヤというほど、痛感している。でも、諦めたからといって、悲しくないわけじゃない。傷つかないわけじゃない。


 あの幼馴染みは、何もかも分かった振りをして、全く姉さんのことを理解していない。


 一方、白都さんはと言えば。姉さんのことが分かっていないけれど。今の姉さんをありのまま受け入れようとしている。白豚アイツだって、噂の一つや二つ、聞いているはずなのだ。それなのに、白都さんにとっては、今の安西舞夏しか見ていない。少なくとも、僕はそう思う。




 ――にぃに。


 その呟きを僕は聞き逃さなかった。安西家の長男、すい兄さんのことじゃないのは明らかで。誰にも甘えず、ただ安西家を取りもとうとする姉さんの、唯一のワガママ。寝言で聞いた、その呟きを僕は今も忘れることができなくて。


 それなのに、白都さんときたら。

 まるで、姉さんのことを憶えていないようなのだ。


(……世話がやける)


 子守に付き合うほど、ヒマじゃないけれど。

 お節介を焼くぐらいは良いでしょ。

 僕は、鳴ちゃん達との遠征に同行することにしたのだった。






■■■





 風が僕の頬を撫でる。

 白都さんに連れてこられたビオトープを前にして、僕は思わず言葉を失った。


(……知らなかった、こんな場所があったなんて)


 明比ちゃんと鳴ちゃんは、アスレチックめがけて全力で駆け出す。


 知らなかった――。

 明比ちゃんも、鳴ちゃんもこんな風に笑うなんて。


 だって――僕は、2階でつまらなそうにゲームをしていた二人しか知らない。

 そして母さんと姉さんに迷惑をかけないように。良い子であるように務めた、僕の仮面がひび割れそうだった。


「今度は、音哉君だね」

「ぼ、僕は別に……」


 そんなことよりも、姉さんのことを構ってあげて。正直、つい数分前の名前の呼び合いで、食傷気味なんだ。ラブコメは、余所でやってほしい。あと、オニギリはノーサンキュー。そんなことを思っていると、白都さんが、テントの中で胡坐をかきながら、何やらリュックの中を探し始めるた。


 姉さんは、そんな白都さんを微笑ましそうに見ている。もちろん、他の人から見たら表情が変らないクールさん一択だと思うけれど。阿吽の呼吸過ぎて、安西家夫婦以上に、夫婦感を感じてしまう。


「あれでもなくて……これじゃない……違う……これじゃなくて……」


 白都さんの姿を見ていると、某22世紀から来たタヌキ型お手伝いロボットを彷彿させ――る?


「これこれ」


 白都さんがにっこり笑む。

 その手には、を持っている。


(どうして……?)


 唖然とする。

 感情が剥がれ落ちる。


 聞き分けの良い。母さんと姉さんにとっての良い子を演じるのに必死だったのに。


 どうして。

 どうして、

 どうして――。





 どうして?







「みんなが遊んでいる間、僕とキャッチボールしない?」


 白都さんが、満面の笑顔でそんなことを言う。

 どうして、そんなことを言うの?


 全部、諦めたのに。

 母さんと姉さんのためって。


 全部。

 仕方がないって、諦めたのに。


 どうして?

 なんで?

 どうして?





 風が僕の頬を撫でる。

 取り繕った、仮面を割る。ひび割れて、欠片が落ちる。押し込んだ感情が、こみ上げてくる。






 ――どうして?


 嘔気にも近い。そんな気持ちの悪い感情が、僕のことを苛ます。

 ダメだ、もう止まりそうになかった。





(……どうして?)

 

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