5 さよならのキス
5-1 収穫祭
夏が過ぎれば、昼間に神殿で行っていた種や苗に祈りを捧げる仕事は少しずつ減っていった。野菜や果物の収穫を終えた農家達は、無事に育ってくれたことにほっと胸を撫で下ろし、一年の仕事を終えて冬支度に入る。
デグーの冬は雪深い。作物は実ることはないから、この時期のバーディル達は冬を越すための備蓄用の食料や水などの準備に忙しなく動き回っていた。コールドウェル邸でもそれは同じで、私も冬支度をしていたメイド達を手伝っていた。
それもひと段落ついた頃、デグーでは二日にわたって収穫祭が開催される。作物が無事に収穫されたことを風の神と花の女神に報告し、感謝する祭りだ。町中が風の神のシンボルでもある羽飾りと、花の女神を表すような色とりどりの花々で彩られる。
一日目は神々への感謝を表す宴が夜通し開催され、朝から晩まで歌を歌い、踊りを披露する。賑やかな一日とは打って変わり、二日目は神殿で厳かな儀式が執り行われる。ビアンカにとって、花の代表としての最後の儀式でもある『花仕舞い』。私が地上での勤めを終えて天空の花園へと向かうための儀式だ。
あと数日で地上と別れを告げなければならない。それなのに。
ここ数日、私の心はひどく揺れていた。昔からの夢である天空の花園の管理者にもうすぐなれるというのに、どういうわけか心が晴れないのだ。そのせいか夜も眠れず、日中はぼんやりしてしまう時間が増えていた。
そして収穫祭当日。私はログとテオと共に、祭りの会場である中央広場に来ていた。祭りに浮かれているバーディル達や華やかな会場を見ていれば、自ずと楽しい気分になると思ったのだが。この景色もあと二日で見納め、という思考が頭に浮かんで、寂しさで気分が落ち込んでいく。
「——カ、ビアンカ? 聞いてるのか」
肩を思い切り揺すられて我に返る。振り向けば、ぼうってしていた私を怪訝そうに見つめるログの姿があった。
「ビアンカさん、五分ほど前から心ここにあらず、といった様子ですね。何かありましたか?」
今度こそ警護をやり遂げると誓ったテオは、ひとときも私から目を離す事はなかった。だからなのか、私が思い悩み始めた時間まで正確に覚えていたようだ。
「体調がすぐれないのならコールドウェル邸に戻るか?」
「へ、平気よ。最近お屋敷で冬支度のお手伝いをしていて、少し疲れがでただけだから」
コールドウェル邸にひとりでいたら、余計に思考が落ち込んでいってしまう。気を紛らわすには何かしていた方がいい。それに今日は、どうしても行かなければならない場所があった。
「大丈夫なら良いのですが。もうすぐ開場の時間なのでそろそろ移動しましょうか」
中央広場の時計台に目をやったテオの言葉に、ログも私も頷いた。
今日の夕方、射手団演習場で『
今朝の『恵風』の後、絶対に来てほしいとカイルに言われたことを思い出す。
「ビアンカが来てくれたら頑張れるから。だから、俺だけを見てて」
金色の瞳の奥がはちみつのような甘さを持っている。最近、私をよくそういう目で見ることが多くなった。とくとくと、胸がざわめいてしまって落ち着かないのに、その甘さをもっと感じていたいと思ってしまうのは何故だろう。
円形の演習場には、すでに『羽取戦』を見にやってきたバーディル達で混み合っていた。カイルの計らいで、『羽取戦』に出場しない射手団員達の観覧席に私の席を用意してもらっていた。
テオとログの間に腰をかけて周りを見てみる。演習場の席は全て埋まっていて、立ち見でもいいから見たいというバーディル達の熱気が溢れかえっている。
日が傾いた頃、開演を告げる角笛の音が鳴り響けば、話し声で満ちていた演習場内が一気に静寂に包まれた。
「いよいよだな」
ログが私に聞こえるように、ぽつりと呟いた。
高揚感と緊張感で満ちている会場の雰囲気に、私は膝の上でぎゅっとこぶしを握っていた。
『羽取戦』が、今、始まろうとしていた。
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