3 近づくためのキス
3-1 お出かけの誘い
「……ほぅ……」
カイルの唇が離れた瞬間、私の唇から漏れた息が朝の空気に溶けていく。
「だいぶ慣れてきたようだね」
私がデグーに来て一週間が経った。毎朝の仕事『恵風』にも、種や苗に祈りを捧げる仕事にも慣れてきた。
「ええ、おかげさまで。でも生気を感じない神殿の雰囲気とか、監視しているような神官達の怖い視線には慣れる気がしないけど」
「それは俺も同じ。だぶん一生慣れないよ」
「カイルでそうなら、私にも無理ね」
「秋までの辛抱だよ」
「そうね。そろそろ準備しないと。カイルもでしょう?」
ドレッサーの前に座り、髪をとかした。神殿に行くだけだからおしゃれをする必要などないのだが。
「ビアンカ」
鏡越しにカイルと目が合った。
「今日、神殿の仕事が終わったら時間ある?」
「ええ」
「じゃあ、一緒に町に行ってみない?」
「町へ?」
「そう。買い物に行こうと思って」
「何を買うの?」
「内緒。ずっと神殿と家の往復だけじゃ飽きるだろう? 良い仕事をするには息抜きもたまには大事。きっと神官達には、そんなもの『風花の契』には必要ないとか、眉間に皺寄せて言われるんだろうけど」
カイルが人差し指で眉間を指さして苦笑する。本来ならば、花の代表は神殿の外に出ることはない。『風花の契』の間は花の代表としての責務を全うせよ、ということなのだろう。
でも、デグーの町を散策したいという気持ちもあった。私の好奇心に、嘘はつけない。
「……分かった」
「じゃあ、昼過ぎに神殿前で」
軽やかに微笑むと、カイルは部屋を後にした。
町に繰り出すのなら、と私は鏡とにらめっこをしながら入念に髪をとかした。寝癖のひとつでもあったら、さすがに恥ずかしい。
「こんな感じでだいじょうぶかな」
一応髪は整った。デグーに来てから出かけることなど一度もなかったからか、私は高揚していた。新しいことを知れるのはいつだってわくわくする。今日は仕事が捗りそうな気がした。
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