逆立ち聖女に泣く護衛

 それから一ヶ月ほど平和な時が流れました。

 トープさんは懲りずに度々私に絡みにきましたが、その度に聖女様や四騎士の方が全力で阻止してくれました。

 友人達もトープさんが私に近付こうとするたびにすんごい顔で威嚇しながら私とトープさんの距離を物理的に遠ざけるようになりました。

 そんなわけでトープさんとまともに会話しないまま、ろくに向き合うことなく一ヶ月が穏やかに過ぎました。

 そんな今日は土曜日、友人達と違って部活に入っていないため、休日は基本暇な私はその日久しぶりに街の方に行くことにしました。

 友人達に付き合ってもらって購入したパーカーに着替えて部屋の外に出たら、誰かの絶叫が聞こえてきました。

 トープさんの声でした。

 外部生の皆さんもそろそろニグルム寮生の奇行に慣れてきたのか、ここ最近悲鳴が上がることは少なくなっていたのですが。

 気にする義理はありませんが、それでも気になったので悲鳴が聞こえた方向に向かってみました。

 そこには、逆立ちで廊下を歩く聖女様と、そんな聖女様を見て愕然としているトープさんの姿がありました。

「ええと聖女様、何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「腕力を鍛えているのですわ!」

 滅茶苦茶元気な回答が返ってきました。

 詳しく話を聞いてみると、聖女様は二年生の階段爆走女の影響を受けたようです。

 階段爆走女は身体を鍛えるために逆立ちで階段を爆走している方です。

 そんな彼女から話を聞いた、元々はバリバリの武闘派だった聖女様はそういう鍛錬の仕方もありかもしれないと思って挑戦してみたそうです。

 そしてそれを偶然目撃した聖女様の護衛なトープさんがガチ絶叫をあげた、ということだったようです。

「何か落ちているかもしれないので、一応グローブとかしといたほうがいいんじゃないでしょうか?」

「問題ありませんわ。わたくしは聖女、どんな傷を負ってもすぐに治せます」

 なるほど、それもそうかもしれません。

 聖女の治癒魔法の凄まじさは私もよく知っていますから。

「そういえばお出かけですの? あなたが制服以外を着ているところ、初めて見ましたわ」

「ええ、ちょっくらゲーセンに行こうと思いまして」

 そう答えると聖女様は逆立ちしたまま明るい声で「まあ」と。

「ゲーセン、噂には聞いたことがありますが実は一回も行ったことがありませんの。この辺りにもあるのなら、今度実家の妹も呼んで行ってみようかしら、とっても楽しいところなのですわよね?」

「ええ。……たまに治安悪めな方がいる時もありますが、護衛の方がいれば問題ないでしょう」

 そう答えると聖女様は「そうですわね」と答えました、当然逆立ち状態のまま。

「それではご機嫌よう。ジル、あなたは何もせず黙って部屋に引きこもっていなさいな、聖女命令ですわよ」

 聖女様はそう言って軽やかに去っていきました、もちろん逆立ちのままで。

 彼女のあだ名は逆立ち聖女になるのか、それとも別の呼び名になるのでしょうか?

 まあ、どうでもいいですが。

 特に何も思うところもなかったのでそのまま立ち去ろうとしましたが、トープさんに呼び止められました。

「はい、なんでしょうか」

 そういえばまともに会話するのは一ヶ月ぶりだったなと思いながら一応足を止めてみます。

「お前が、ゲーセン?」

「ええ、何かおかしいでしょうか」

 そう答えるとトープさんは意味不明なものを見るような顔で私をみました。

「………………お前ほどゲーセンが似合わない奴はそんなにいないと思うけど」

「そうでしょうかね?」

 一応私も遊びたい盛りの学生なのですけどねえ。

「おかしい、お前がゲーセンとか、おかしすぎる。そもそも何もかもがおかしすぎる。狂ってんのか……お前も、雇い主も、この寮も……」

 そう呟くトープさんの目から透明な雫が溢れ落ちました。

「…………あ?」

 彼女は自分が泣いていることにまず呆然として、そして泣いていると自覚したせいなのか、さらに多くの涙を溢し始めました。

 ぼたぼたと流れていく涙を見て、どうすればいいのかと立ち尽くしてしまいました。

「は? なんで俺、泣いて……」

 呆然とした声でそう呟く彼女の涙は未だ止まりません。

 放置するのもどうかと思いましたが、余計な気を使うのも嫌がりそうな気がしました。

 ひたすらに気まずく、どうしたらいいのか全くわかりません。

 その人が泣いているところを初めて見ました、泣けるような人だとすら思っていませんでした。

 なので思わず無言でゆっくりとその場から離れようとしたのですが、「逃げんな」と彼女に手を掴まれてしまいました。

 私にどうしろと言うんですか。

「あのトープさん、護衛対象の聖女様がある日突然逆立ち状態で軽やかに歩いてたらびっくりするでしょうし、意味不明すぎて泣いてしまうのもわかります。……誰にも言いふらしたりしないので手を離していただけないでしょうか」

「うるさい……誰と行く気だゲーセンになんて」

 今日友人達は部活で忙しいので、普通に一人で行く気だったのですが。

「何? 男? 男と行くんだなそれでいかがわしいことでもする気なのか答えろよ」

「一人で行きますし、なんでゲーセン行くだけでいかがわしいとかいう単語が出てくるのですかね……」

 ゲーセンに何かとんでもない勘違いでもしているのでしょうか、聖女の護衛ってゲーセンとか無縁そうですものね。

 いえ、そういえば前に一回連れてってもらったような気もします、ひょっとしてあの後何かあったんでしょうか、この人の認識が歪む何かが。

「なんでお前が一人でゲーセンなんて行くんだよ……!!」

「別に私が一人でゲーセン行ってもあなたには何も関係なくないですか?」

 このままダル絡みされっぱなしだと埒が明かない気がしたので、彼女の手をぱっと振り解きました。

「すみませんが、あなたの相手をしている時間はないのでここで失礼させていただきます。……泣いている女の子を放置して遊びにいくのはなんだか非情な気もしますが……あなたの場合は下手に慰めるよりも一人にしてあげた方が良さそうな気がしますし」

 それではとすたこらさっさと立ち去ろうとしたら、何故か後を追われました。 

「おれもついてく」

「先ほど聖女様に部屋に引きこもってろって言われてませんでした?」

「あんな頭おかしい雇い主のいうことなんかもう知るか」

 ヤケクソのようにそう言った彼女の涙はもう止まっていました。

 彼女は自分の顔を片腕で乱暴に拭って、もう一度私の手を掴みました。

 もう一度振り払おうとしましたがいくら振り払っても無駄な気がしたので、仕方なくそのままにして私はゲーセンに向かいました。


 学園から街に降りて少し歩いたところにある大きめな商業施設。

 その中に私の目的地であるゲーセンがありました。

 両替機で十数枚のお札を硬貨に変えて、目的の筐体に向かいます。

 両替機のところでトープさんに「どれだけ金使う気だよ」とドン引きされましたが、今日に関しては仕方ないのです。

 目的の筐体の中を確認、目的のものがまだ複数残っていることも確認。

「クレーンゲーム……?」

「ええ。時間かかると思うので好きに遊んでてください、というかここで解散ということで」

 トープさんにそう言って硬貨を投入し、始め。

 一回で取れるわけもなく、硬貨を次々投入していきます。

「あ、ああ……」

 十数回目でようやく取れそう、だったのですが駄目でした落ちました。

 ワンモア。

 大丈夫です、こういう日のために貯めてた貯金があるんです、まだ余裕。

「お前、そんなのほしいの?」

「ええ」

 まだ残っていたトープさんにそんなことを聞かれたので肯定します。

 今日はこれを手に入れるためにここにきたのです、これがなければわざわざゲーセンになんて赴きません。

「……ふーん」

 少しだけ不機嫌そうな声でした、退屈なのか私の下手くそさに苛ついているのか。

 勝手についてきて勝手に見ているだけの人のことなんてどうでもいいので、気にはしません。

「てか、それなに?」

「ヤミボウズのぬいぐるみです」

 二十数回目あたりの頃、私が取ろうとしているものに関する質問が来たので一応答えておきました。

「やみぼうず……知らんキャラクターだ」

「そうですか、ご存知ありませんか……プッチモンって知ってます?」

「ああ、これプッチモンか」

 聖女の護衛という俗世を知らなそうな方でもプッチモンを知っているのだなと思いました。

 世界的に有名ですものね、大昔の私は知らなかったのですけど。

「そういや一緒に入ってる黄色いの、どっかでみたことあると思ってたけど……お前が取ろうとしてんのは見たことねえや」

「ヤミボウズは滅多にグッズ化しませんからね。黄色いのは有名ですし、よくグッズ化するんですけど」

 滅多にグッズ化しておらず、私が所持しているヤミボウズグッズは現在ゼロ。

 いつか新たにグッズ化した時のためにとヤミボウズ貯金を初めて半年、ようやくその貯金を使う時がきたのです。

 クレーンゲームの景品なのは多分まだマシな方でしょう、くじでなくてよかった。

 本当は普通に定価でお買い上げしたかったのですけど、仕方ありません。

 何十回か数えるのもバカらしくなってきた頃、ようやくアームがヤミボウズをしっかりとキャッチし落とし口に落とすことに成功しました。

 即座に落ちたヤミボウズを回収します。

「……ふふ」

 目つきの悪いてるてる坊主みたいな見た目のかわい子ちゃんをようやくゲット、ここまで長かったです。

 ミルティーユさん達経由でプッチモンを知り、偶然見たヤミボウズの可愛さにハマって半年。

 当時の時点でも一応過去にグッズ化はされていましたが、その時点ではとっくにソールドアウトで入手できず、再販か新たなグッズ化を待ちに待って半年。

 ようやくです、ようやく。結構な出費をしてしまいましたがこの時のために貯めていたお金なので後悔はありません。

 ちなみにですが、どっかの誰かに似ていることに気付いたのは結構最近の話です。

 あの頃は完全に記憶がなくなっていたと思っていたのですが、案外何かしらは残っていたのでしょうね。

「…………お前、そんな顔で笑えたんだな」

 トープさんのそんな声が聞こえてきました。

 私はこれでも一応人間なので、普通に笑いますよ。

 ふふ、嬉しい、すごく嬉しいです。

「……それにしても随分金溶かしたな、お前」

「安く済んだ方ですよ、多分」

 若干呆れたその声にそう答えて、ヤミボウズを持参した手持ち袋の中に大事に仕舞い込みました。

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