炎帝の愛した命の鎖

noel

炎帝と青の王子

 青の国は赤の国へ攻め入った。


 赤の国には炎竜の加護があり、栄えていた。炎竜には50年に一度、生贄が捧げられる。

 そして、生贄が捧げられた年は赤の国の魔力が高まり、青の国は干ばつに見舞われた。

 青の国ではもう何年も不作が続いていて、来たる干ばつに備える余力は無かった。

 だから…。炎竜の加護を手に入れる為に青の国は赤の国に攻め入った。

 だが、その先陣に立つ青の王子サフィルスの思惑は生贄の儀を止めることにあった。

 かつて赤の国を訪れたときに出会ったルビーナ姫。彼女が生贄に捧げられるのを止める為に。


 しかし、この戦いは戦端を開くことなく終わった。

 目の前に金色に輝く炎の柱が昇り、兵たちは無力を悟った。

 青の王子は赤の国に囚われた。

 そして青の国は報復を受け滅びた。

 

 牢の中でその報を聞き、サフィルスは己の死を覚悟した。


 王子であるせいか、待遇はずいぶんと良かった。だが、青の国が滅びたならそれも終わりだろう。

 案の定、サフィルスは王に謁見するように言われた。

 謁見の為に与えられた衣装は藍色に金糸の縫い取りが美しく、サフィルスに誂えた様にちょうど良かった。

 死にに行くと言うのに滑稽なことだと自嘲気味に笑いながらサフィルスは謁見の間に向かった。

  

 目の前には燃えるような赤い髪に金色の目をした炎を体現するような女が玉座に座っていた。


 サフィルスは、その水色の瞳を女の顔へ向けた。そして驚きに目を見開いた。


 かつてサフィルスが思いを寄せたルビーナ姫。だが、彼が恋焦がれた儚げな少女の面影は微塵もない。


 顔だけは同じだ。双子?


 女はサフィルスの視線を受け、大輪のバラがほころぶように艶やかに微笑んだ。

 玉座から優雅に立ち上がり、サフィルスの方へ歩み寄る。


「陛下!危険でございます!」


 近衛兵が慌てて止めにかかるのを気にもとめず、女は後ろ手に拘束されたサフィルスのそばまで歩み寄ると、ドレスの裾をふわりと広げ跪いた。


「ごきげんよう。青の王子サフィルス様。炎帝ルビーナにございますわ」


 本当にルビーナ姫…!

 いや、炎帝?

 あの伝説の炎竜を従えたというのか?

 ならばこの覇気は炎竜の加護によるものか。


「あなたは今からわたくしの夫になるのです。そのためにわたくしは力を手にしたのです」


「俺の…ため?貴女の夫に…?処刑ではなく?」


 サフィルスは呆然と呟く。

 かつてルビーナは炎竜の生贄候補として育てられていた。

 だから、多分大人にはなれないのと寂しげに呟いていた儚げな少女。

 その運命を跳ね除け、逆に炎竜を降したのか。


「我、炎帝ルビーナはここに誓う。汝を永遠の半身として共にある事を。汝の命が尽きるとき、我も共に果てる事を」


 ルビーナとサフィルスを中心に炎の円が巻き上がる。

 ルビーナの誓いの呪が二人に金色の光となって膜のように覆い、やがて身体の中に吸い込まれて行った。


「ふふ、これでわが国の者は貴方に手出しできませんわ。貴方の死は、炎帝の死。すなわち、炎竜の怒りに繋がりますもの」



「陛下!何ということを!不死の炎帝が自ら弱点を作り出すなど、正気ですか!?」


 側近の男が蒼白になり叫んでいる。


「わたくしは不死など望んでおらぬ。炎竜が勝手に付与したモノだ。」


「待ってくれ、ルビーナ姫。何を言ってるんだ」


「待ちません。と言うか、もう呪は発動しましたわ。解呪はわたくしにしかできません。それでも望みますか?名誉の死を。貴方の国を滅ぼした炎帝の死を」


 そうだ。自分が死ねば仇討ちがかなう。だが…。


 ルビーナは立ち上がるとサフィルスの後ろに周り、縛られた両手の拘束にそっと口づけをした。

 サフィルスはゾクリと身を震わせた。

 ルビーナが短く何かを呟くと、その拘束は唐突に解かれた。

 そして、後ろからふわりと抱きしめられる。


「さあ、あなたは自由です。逃げても、良いのですよ?」


「なりませぬ、陛下!陛下のお命に関わります!」


「お前たちが気にしているのは炎帝の力であろう?わたくしの命など生贄にしても惜しくなかったクセに」


 痛烈な皮肉に皆ぐうの音も出ない。


「わたくしの命を惜しんでくれたのはサフィルス様だけです。ならばわたくしが命を捧げるのも道理と言うもの」


ルビーナはサフィルスの背中にスリスリと頬ずりをする。


「ま、まてまて!ルビーナ姫!何でそんなに過激になった!あの大人しい姫はどこにいったんだ!」


「まぁ。今のわたくしはお気に召しませんか?大人しくしていたら炎竜に食べられていましたわ。生贄に捧げられたとき、もう一度貴方にお会いしたいと言う強い思 いが魔力となり、炎竜を屈伏させたのですよ。責任、取って下さいませ?」


 ころころと笑い、事の顛末をルビーナは告げた。そう、あの時の思いは炎よりも熱く、竜よりも大きかった。

 炎竜は巨大な力をルビーナに捧げ、跡形もなく消えた。

 そして、ルビーナは戻って来た。

 自らを生贄に捧げた王宮に。


「……ルビーナ姫。俺は間に合わなかったんだ。生贄の儀を止められなかった。炎竜を従え、君は君でなくなってしまった…」


 腹に回るルビーナの手にそっと手を置き、サフィルスは苦しげに呟く。


「いいえ、わたくしはわたくし、です。少しばかり我慢を止めただけ。受け入れるのではなく、掴み取る事にしただけです」


 その揺るぎない言葉にサフィルスは目を見開いた。

 あの儚げな少女の裡にはこれほどの熱が潜んでいたのかと。


「貴方の国は炎竜の力を我が物にせんと攻め入りましたね?サフィルス様。貴方が先鋒に立って」


「ああ。それに、乗らない手は無かったよ。生贄の儀を止めるにはそれしか無いと…」


「結果的にそれが、わたくしが生贄に捧げられるのを早めました。ですから、やはり貴方の責任は大きいですわね?」


「君が炎帝になったのは、俺のせい…か」


 何と言う皮肉な運命だろうか。

 結果的に自分が青の国をも滅ぼしたという事か。

 自分が守りたかった少女は、もういない。生きてはいるが、この女帝の中に溶けて消えた。

 なのに、この高揚する気持ちは、なんだ?

 これほど追い詰められてるのに、背中から感じる熱に喜びを感じるのはどうしてだ?

 サフィルスは振り返り、ルビーナを見下ろす。

 ルビーナは目をそらさない。

 その黄金の瞳にサフィルスを映し込んでいる。


「貴方はわたくしに命を下さったのです。誇って下さいませ?そして、どうぞわたくしを自由にして下さいませ?あなたが望むなら、世界を従えましょう。滅びを望むなら、滅ぼして見せましょう」


 嫣然と微笑む炎帝は美しかった。

 捕まって、しまったのだと気がついた。


「ならば、誰もが幸せに暮らせる理想郷を。できるか?」


 サフィルスは不可能とも言える難題を告げる。


「仰せのままに。我が主。かなえてみせましょう」


 炎帝は事も無げに承諾した。




 赤と青の国を炎帝が治めた80年の治世。

 その圧倒的な力で近隣諸国からの侵攻を抑え、その国は楽園と呼ばれたという。

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