第2話 黒猫ヤマト

「あれ……」


 ふと、スキップをしていた俺の足が止まる。

 

「ここは……どこ?」


 目の前には、見たことのない景色が広がっていた。

 薄暗い住宅街。道路のど真ん中に俺はぽつんと立っていた。

 奥には今にも消えそうな街灯一本。そのかすかな明かりに小さな羽虫が数匹群がっていた。

 俺は、どうすればいいか迷ってとりあえず春巻きを食べようと思った。

 手にぶら下がったビニール袋から紙袋を取り出し破ろうとしたその時……。

 目の前に黒猫が飛び降りてきた。黒猫はこちらを一瞥し、立てた尻尾を揺らしながら街灯の方へと歩いていった。猫は赤と金の目をしていた。

 とりあえずその黒猫にヤマトと名付ける。

 そして春巻きを片付け、ヤマトの後を付けることにした。





 ヤマトは止まらなかった。だから、ヤマトの後ろの俺も止まらなかった。

 もう何分歩いたのかわからなかった。

 しかし、焦るどころかヤマトの揺れる尻尾はモビールを見ているようで俺の心は次第に凪いでいった。

 突然、ヤマトが立ち止まった。


「ミャーゥ」

 

 パッと顔を上げると、百十七。

 とりあえず俺は違和感を無視し、ヤマトはまた歩き出した。

 自動ドアがゆっくりと開き、来店のチャイムが鳴る。

 

「いらっしゃいませ~」


 レジには、赤と金の目をした黒髪の美女が一人。

 そんなことよりも俺は春巻きがラスイチなことで頭がいっぱいだった。


「おでんはいかがですか? 二十円引きですよ」


「いえ、春巻きをください」


 店員は驚きながらも返事をし、ラスイチの春巻きを用意してくれた。

 

「以上でよろしいですか?」


「はい」


 俺はズボンのポケットから小銭入れを取り出し、六十円があることを確認した。


「お会計は百二十円です」


「え?」


 おかしい。俺は今日間違いなく半額で春巻きを買った。

 今日までだったから急いで買いに行ったんだ。だから間違いないはずなのだ。


「春巻き、半額じゃないんですか?」


「はい、今日はもう半額じゃありませんね」


 そう言って、店員さんが指した先にあった時計は十二時五分を指していた。


「あっ」


「大丈夫ですか?」


「あ、はい」


 背に腹はかえられぬ。春巻きのためだ。俺は黙って百二十円を払った。

 春巻きは受取り、レシートは断る。


「ありがとうございました」


 その言葉を背中で感じながら俺は店を出た。

 渡された春巻きは温かかった。

 いつの間にか足元にはヤマトが座って暇そうに耳を掻いていた。

 俺は袋を破り、豪快に春巻きにかぶりついた。

 パリパリの皮にとろとろの中身それでいてしっかりと具が入っていて存在感が凄い。まさに完璧だ。完璧の食べ物だ。俺は、七百十一の春巻き以上の食べ物を知らない。

 残りの春巻きをヒョイッと口に入れ、ゴミを捨てる。

 そして俺はボソッと呟いた。


「春巻きうまい」


 突然、足元に円形の光が現れた。


「え?」


 それは俺を包み込むかのように光を強めていった。

 俺は動けなかった。まるで金縛りにあったかのようで、段々と意識が遠のいていった。

 



 

 


 

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