青春代行〜僕の代わりに恋愛してきてください〜

Butaneko

プロローグ「青春代行」

俺の名前は西谷にしたに雄馬ゆうま

24歳、職業はフリーターだ。


親からの仕送りはすでに途切れたが、それでも日雇いのバイトを何回も何回も繰り返して、なんとかその日暮らしをしていた。



…のだが。

「これ、弁償してもらえる?」


それも日雇いバイト先のスーパーでのことだった。

床は掃除されていてツルツル、走り回る子供達。注意しない親。

スケートだ、なんだと騒いでいたのは聞いていたが、滑りやすい床で遊んでいた一人のガキがワインコーナーの棚に突っ込みそうになったので、身を挺して庇おうとしたところ、そのガキは華麗なターンを決めてその場から颯爽と去りやがった。

結果的にワインで真っ赤になった床、倒れた棚、音で泣きだす子供、右腕に激痛が走ったが泣けない俺…。


後から知ったがワインというものはかなり高い。

総額で請求されたのは諭吉…じゃなくて渋沢さんが2桁人必要な額であった。


日々日雇いで稼ぐ雀の涙ほどしかない給料から光熱費、食費、その他諸々を差し引き、残りの何%かを借金返済に充てる。

右腕はどうやら打撲してしまったらしく、完治はしたものの、その治療費がさらに引かれ、俺はとうとう生活に困った。

ここ最近はもやし1パックを1週間で食べ切るようにしたり、調味料でご飯を食べたりもしたが、そろそろ人間としての尊厳を捨てる選択肢も見えてきた。






――――だからこそ、あんな気狂いなバイトに応募したのかもしれない。

深夜に居酒屋の日雇いから帰る途中、俺は画面がバキバキに割れたスマホをスクロールして、次の日雇いを探していた。

このスマホがなくなったら、俺はどうやって職を探せばいいんだろうか…?

そんなことを考えていた時だった。

足元にチラシが落ちているのが視界の端に映る。


風によってこちらに飛んできたのか、元々そこに落ちていたのかは知らないが、よくわからないレイアウトをしていたそのチラシは、モノクロ印刷にしては夜の道でもよく見えた。

なぜなら、俺はそのチラシの一点しか見ていなかったからだ。


「日給…12万!?1年間の勤務継続で追加でなっ!700万!?」

こっ、これは…!


俺はチラシに飛びつく。周りの人がどう思おうとも関係ない。

こんなことがあっていいのかっ!こんな…こんな高い給料の仕事の求人がっ…!

業務内容は当日説明…?胡散臭いがこの金額の前では何も言えまい!


俺がチラシに書かれた電話番号に電話するまで、そう時間はかからなかった…。



俺は指定された場所へ向かうようメールで指示された。


「でっか…」

そこは、The,お屋敷と言えそうなぐらいの立派な建物であった。

煉瓦造りの2メートルほどの城壁、ツタのかかった鉄製の門が開くと、これまた煉瓦造りのデカすぎるお屋敷がお出迎えしてくれた。


なるほど、給料はちゃんと払ってくれそうだ。


庭先の噴水を通り過ぎ、玄関のチャイムを鳴らすと、中から執事のような格好をした男が出てきた。


「失礼、どちら様で?」

雇い主が名前を知らないなんてこと、あるのだろうか…。と俺は少し疑問に思った。

「西谷っす、求人で応募した…」

「存じ上げませんな…人違いではございませんか?」

執事が疑いの目を向ける。

なんだこれは。お前らが求人を出したんじゃないのか?


「えーっと…このチラシ、知りません?」

俺はカバンの中から折り畳まったチラシを取り出す。

執事が少し固まった。

「このチラシ…どちらで?」

「街中で拾いました」

すると執事は頭を抱えた。

「あのお方はまた…全く、また報告しなければいけませんな」

「あの、どうかされました?」


執事は失礼、と呟き、俺に向き直った。

「いえ、こちらの話でございます。このチラシですが、どうやら手違いでそちらに渡ってしまったようですので…今回はお引き取り願えないでしょうか…?チラシはこちらで処分しておきます」

「えっ!そんな!俺ここに来るのに400円も使ったんですよ!400円!それに、700万はどうするんですか!」

俺は必死の思いですがった。

ここで諦めるわけにはいかない。

俺にとっては生きるか死ぬかなのだ。

「ええ…でしたら、お手数をおかけしたお詫びとして、謝礼金を後日お支払いいたします…」

なんだ、そんなことなら全然許せるぞ。

「…わかりました。今日は帰ります」


俺は足取りをくるりと変え、歩き出し…。

「ちょっ…ちょっと!ちょっと待って!西谷さんか!?」

後ろからドタドタと音がする。

見ると、寝巻き姿で階段を駆け降りてくる少年が、そこにはいた。

「何帰そうとしてんの!俺の客人だよ!」

そう言って執事に詰め寄った。

「いえ…ぼっちゃま…このようなものを作っていないで、勉強をしろと…お父上から言われていたではありませんか…」

執事がチラシを少年に渡す。

「俺にとってはこれのほうが大事なんだよ!」


意味がわからない。

結局俺はどうすればいいのだ?


「ちょっ、帰らないで!とりあえず上がって!谷口さんはもういいから!仕事してて!」

そう言って執事を押して、どこかへやってしまった。

「えーっと…上がっていいんですよね?」

「ああ、頼みます」


俺は屋敷に一歩を踏み入れた。


上品なレッドカーペッドの敷かれた床は深煎りのコーヒー豆のような色の木が使われた壁とよくマッチしていて、ますますこの家の凄さが伝わってくる。

そして、シャンデリアになんか凄そうな花瓶に刺さった花!

後デカい絵!

お屋敷の材料が全部揃ってるじゃあないか!


「えーっと…雇い主はあなた…なんですか?」

見るからに未成年…推定年齢は16ぐらいか?


「そうです。このチラシを書いたのは、俺です」

そう言ってチラシをピラピラと振って見せる。


「我ながらうまくできてるでしょ?」と聞いてきたが、レイアウトが微妙すぎて何も言えなかった。


「とりあえず…俺の部屋に行きましょうか」

初対面のフリーターを部屋に入れていいものなのかとも思ったが、玄関先のゴージャスな雰囲気の下でお話しするのも何か気が引けた。

ここはありがたく甘えさせて(?)もらうことにしよう。


階段を登り、2階の廊下の突き当たりに、彼の部屋はあった。

「部屋デカすぎだろ…!」

俺の部屋の6倍以上はある部屋。

全体的に赤を基調としたレイアウトは、やはり気品高い印象を持たせている。

進められるまま椅子に座ると、早速始まるようだった。

「それじゃあ、早速面接…あっ、俺の名前、まだ言ってなかったですね」

少年はハッとする。

「ああ、そう言えばそうですね、俺は…西谷、西谷雄馬です」

自然と口から出る敬語に自分でも笑いそうになる。

「西谷さん、よろしくお願いします。俺の名前は一条いちじょうれん、蓮って呼んでください。後、敬語は使わなくていいですよ。年下なんで」

俺の心が読めているのだろうか。

未成年に気を使われる俺って…。


「わかった。蓮くんね、よろしく」

雇い主にタメ口もおかしい話だが。


蓮がうんうんと頷き、口を開く。

「それじゃあ早速、業務内容を今から説明しますね」


日給12万。闇バイトの線は今の所薄そうだが、本当に合法なのだろうか?

空き巣?強盗…は、ここまでの金持ちだからない…。

…!

殺し屋っ…!

俺はとんでもないバイトに片足を突っ込んだかもしれない…!


…って、んなわけないんだがな。


ここまでちゃんとした子だ。少なくとも俺よりしっかりとしている。

仕事も、法律の範囲内で12万だとしたら、人殺しだってなんだって、俺はなんだってやるつもりだ。


覚悟を決めて俺が頷くと、蓮は口を開く。

「その…僕の代わりに…」

蓮が少し唾を飲み込む。

少し顔が赤くなっている。

「高校に行って、好きな子といい感じになってきてもらいたいんです!」



……は?

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