第24話【支配者】

「いやー、絵ってそんな早く上手くなれへんもんやなー!」

「…………」

  

「当日のお題が何かにもよるけど、もっともっと頑張らんと!!」

「…………」

  

「あ、せや! そろそろ夕飯の時間やんな! 今日も弁当なんかな?」

「…………」


 

 ……うるさい。声が……君の声が、うるさい。耳につくその声は何だ。やたら明るくて、嬉しそうで、なんだか陽気で。その声は何だ? 僕の気も知らないで。僕の心配を他所に「何も言ってなかった」なんて嘘をついて、具体的な説明も無しか?


 ……というか、僕がここまで黙り込んでいて、何かおかしいとは思わないのか? 山本はわざわざ嘘をついてまで、一体何を隠したがっているんだ?


「……なあ、誠」

「…………何」


 反射的に返事をして、ぶっきらぼうな声が口をつく。低く暗い僕の声音が、山本の鼓膜に鋭く届く。怯えたような顔を覗かせた山本見て、僕は何だかまた苛立ってしまった。


 なんだよ、泣きたいのも怯えたいのもこっちだぞ。


 僕は自身の理不尽な怒りを自覚しつつも、それを留めることができなかった。


「……何。聞こえてなかった?」

「あ、いや、ちゃうねんけど……その……」

「さっさとして」


 僕はぶっきらぼうな声音を制御することもせず、ただ山本を睨みつけ避難するようにそう言った。別に……山本を非難する意図は無いと思う。あったとしても、それはほんの少しだけで……別に、メインじゃないし。そう、メインじゃないから。非難したい訳じゃないから。


 僕は言い訳がましい自我を客観視することはなく、本気でそれを信じていた。というか、そもそも言い訳せざるを得ない状況に追い込んだ山本が全面的に悪いと思うから、それを悪いことだとすら思うはずがない。


「……誠、もしかして、怒ってる?」

「うん。もしかしなくてもね」

「あ、その、スマンな……」


 山本が、何に怒ってるか理解できてい無さそうな声音で、僕の機嫌を伺うように尋ねてくる。僕の眼下から見上げてくるその視線は、いつもは心地よいけれど、今日に限ってはそうはいかない。


「何。何に対して謝ってるの。僕は別に『山本に対して怒ってる』とは言ってないけど、謝るってことは何か心当たりがあるってことだよね」


 ああ。しまった。僕の悪い癖だ。僕は今更自分の言動を後悔して、そして山本の方を見た。


「っ…………」


 山本はただでさえ大きい瞳をこれでもかと見開いて、そして硬直してしまっていた。僅かに開いた口から漏れ出る空気は、頼りなく、どこか怯えていて……。


 まるで、幼児が親に叱られた時のような、まあ情けない体たらくだった。


 ああ、なんだよそれ。まるで僕が悪いみたいじゃないか。絶対に、嘘をついた山本が悪いだろ? なのの、なんだよ。被害者ヅラか。その幼い表情で、童顔でコミュ力で……僕を加害者に仕立てあげるつもりか?


「まこ……」

「いや、別にいいや。まあ、僕が山本に期待しすぎたのが悪かったんだ。何か理由があるんだろ。別に、いいさ、何でも」

「誠……」


 僕は山本の声を遮るようにそう捲し立てると、ズンズンと山本を置いて歩き出した。


 そうだ。山本に置いていかれるかもなんて心配をするから怖いんだ。僕が山本を追いかける側でいるから、不安や怒りが堆積するんだ。僕が、変わってしまえばいい。


「待ってや、誠……話聞いてや……」

「最初に話そうとしなかったのは君だろ。要はそれまでだよ。山本」


 僕が山本を置いていけば、もう傷つかずに、あれこれ考えずに済むじゃないか。そうだ。最初からそうすれば良かったんだ。


 僕は山本を置いて階段を上り、僕らの部屋へと向かっていった。僕の意思で、僕のペースで。何も考えずにただ上っていく。タンタン、と子気味いい音が律動し、その後にタカタカと小動物が走るような音がする。


「……」

「…………!」


 音だけでわかる。山本が……必死に僕に着いてこようとしている。僕が容赦なく階段を上っていくもんだから、出遅れた上に身長差のある山本は、僕に追いつけない。


 いや、まあ走れば追いつけるだろうけど、それをしないのは山本自身が、何かしら負い目を感じている証だ。


 ……うざい。さっさと引き離したい。


 普段あまり怒ることの無い僕から零れ落ちた本音は、ひどく冷淡で、友情の欠片も無い言葉だった。


 ……そもそもなぜ僕は怒っているのだろう。山本に嘘をつかれたからか? ああ、そうだ。もちろんそうだ。僕の不安をわかっているくせに、余計な嘘をついたから。


 嘘をつくのが下手なくせに、わざわざそれをやってきたから。


 ……だから、僕は怒ってる。信頼されてないのかなって。僕に隠し事をするのかって。


「誠、ごめんて。実は……」


 山本が後ろから媚びたような声をかけてくる。寒くて擦り寄ってくる猫の声。いつもはそんなんじゃないのに、自分の都合に合わせて擦り寄ってくる声。


 僕はその言葉を聞き流して、無言で自室の扉を開けた。……否、開けようとした。


 そこで立ち止まったのは今までで3度目だ。1回目は、女の子を助けに行った時。2回目は、伊藤を助けに行った時。そして3回目は――……


「誠ぉ……ごめんってえぇぇ…………」

「…………っ」


 

 3回目は、山本を――……泣かせた時。


 

 山本の顔の浮かんでいたのは、孤独にあえぐ迷い子のような、死の絶望に飲み込まれたような……そんな、切実な悲しみだった。


 ぐしゃぐしゃになった顔に、大粒の涙。大きな瞳は涙で潤んで、チラチラと天井の光を反射している。いつもはやかましいくらいに笑顔を浮かべている顔でわかりやすく悲しみを表現するその顔は――……。


「……ご、ごめん…………」


 まるで、今にも死にそうなデスゲーム参加者のような顔だった。


 僕は思わず謝罪の言葉を口にして、でも、一体何に対して謝っているのかがわからず、その場に立ちすくんでしまった。


「っ……ごめんって、山本。僕も、怒り慣れてなくて……」

「っ、うう……」

 

 ああ。本当にそれだけだろうか。


「わざわざ嘘をついたのが、許せなくて、それで……」

「それはごめんてぇぇ……」


 ――それで。


 僕は子供のように泣きじゃくる山本の背中をポンポンと叩きながら、どこかスッキリしない僕の本音を必死に考え直していた。


 ……僕は、山本が嘘をついたのが許せなくて、怒っていた。それは、間違いない。不安を解消するための質問で不安を煽るなんて……一体何を考えているんだと。


 もう何年も一緒にいて、幾度となく君の嘘は見破ってきたのに。君だって、「俺は嘘をつくのが下手やからなー」なんて、自ら公言するくらいには自覚していたのに。


 僕はその非合理的な行動に怒って、許せなくなって、山本を置いていくことを選んだ。


 簡単に言えばそれだけだけど、でも、その内面に渦巻く感情は、そんなに単純明快なものなのだろうか。怒ったから、ムカついたから、置いていった?


 僕は、果たしてそんな単純な人間だっただろうか。


 そんな単純な人間だったら、僕はそもそも女の子を助けに行かないだろうし、もし行ったとしても、全力で正義を遂行し、失敗したら悪を憎むだろう。


「っ……ふ、うう…………っ」


 でも、そう行かなかったのが僕で、そうできなかったのが僕なんだ。僕はどこまでも中途半端で、醜くて、弱くて、愚かで――……。


 じゃあ、そんな負の感情の集合体である僕が山本に攻撃を仕掛ける理由。それはもう、1個しかないじゃないか。


 僕は、僕の腕に支えられながら泣いている山本を見て、今までのカッコイイ山本との違いを感じて……ああ、と腑に落ちた。


 ……ああ。そうか、僕は……山本に嫌われるのが怖かったんだ。


 山本のチクチクした黒髪に視線を落とし、僕の意識は真相に近づく。


 僕は、山本がどんどん才能を伸ばしていくのを見て……きっと、どこか不安だったんだ。僕を置いて行ってしまう、僕が足手まといになるって。きっと……そう思っていたんだ。


 ――『誠は俺を親友と呼ぶのが怖い』……完璧な模範解答だと思わへんか?

 ――……おう。一緒に頑張ろうな。

 ――『今からグロい映像を見せます』って言われて……好き好んでみるやつは少数派やで。



 ……ああ。


 

「っ……ごめん、ごめんな……山本……」

「な、何がぁ……?」

「もう、全部……」



 僕は、山本を支配したかったんだ。もう誰の元にも行かないように。僕がどれだけダメな人間になっても、山本が離れていかないように。


 僕は自分が天才になれないというメタ認知を拗らせて、天才を支配することを選んでいたんだ。山本が大好きで、いや、山本に依存していて、僕は君を縛りつけようとしていたんだ。


 ……さながら、ギフトのように。あるいは、死んでいった犯罪者たちのように。


 ああ。僕は愚か者だ。そう、この2日間で何度思っただろう。


 僕は愚か者だ。その認知はできていても、実際の行動は全く変わっていないじゃないか。ただ、自分が凡人で才能が無いということに気づいて、その思いを……拗らせただけ。


 だから、僕は何者にもなれないんじゃないのか。僕は、誰かを羨ましがってばかりなんじゃないのか。だから僕は――……。


 僕はそこまで結論を出し終えて、ようやく、山本と目を合わせた。未だ涙で潤んだその瞳は、今までで一番情けない。


 僕はその瞳にどこか申し訳なさを感じながら、ようやく、言葉を口にした。


「ごめん……僕、変わるよ。今度こそ、絶対に……。この1ヶ月間を生き抜いて、それで、山本の隣に堂々と立てるようになる。だから…………」


 ああ。言葉が纏まらない。なんて言えば良いんだっけ。……いや、考えるから僕はダメなんだ。こういう時はきっと……。考えない言葉が、本心なんだ。


 僕はスっと息を吸うと、勢いよく脊髄反射で言葉を紡いだ。


「僕が! 山本を守れるようになるから! えっと、その……き、嫌いにならないで、まだ、友達でいたいっ…………!」


 ぎゅっと目を瞑って叫んだその言葉がとても恥ずかしいものだと理解したのは、数秒経った後だった。


 あ、まずい。愛の告白かよ。ラブコメの見すぎ……じゃなくて、えっと……。


 僕がわかりやすく狼狽えたのを見て、山本は久しぶりに声を出して笑った。


「っ、ハハハ! お前俺のこと大好きやーん! 急に告白してくんなしー!!」


 山本はケラケラと無邪気に笑って、その後、徐々に表情を変え、ほんの僅かに寂しげな表情を作る。


「……誠、俺が何を隠しているか……本当の本当に、知りたいか?」

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