第18話【弱い僕と強い君】
「この部屋の人間を……全員、殺す……?」
僕は呆然と、そうプログラムされた機械のように繰り返した。喉に入ってくる空気が、冷たい。心做しか、四肢も冷たく凍りついているような気がして、僕はその自分の変化に思わず戸惑ってしまう。
――正直、自分の耳を疑った。
だって、僕らモブに連帯責任を求めるなんて、それは実質的な死刑宣告に他ならないから。それに、そんなことをしたら――……才能のない凡人の被験者が、一気に減ってしまうから。
僕はそんな酷く論理的で冷静な思考回路を構築すると、事の発端である伊藤の顔を見た。
「……うん、そう言われ、たんだ…………」
伊藤は眉根を寄せ、今にも泣き出してしまいそうな震えた吐息と共に、しかし確かにそう言った。彼の震える手元には、頼りなく握られた1本の筆。さっき片付けたはずなのに手元で存在感を放つそれは、まるで……伊藤を守護する御守りのようだった。
「「「……」」」
――ああ。これは嘘の顔じゃない。
僕らはたぶん、ほとんど同時にそう思って、そして口々に言葉を、思いを零した。
「おいおい、まじかよ……」
半ば事態を受け止めるかのような、悟さんの、絶望の声。
「ほ、他に情報は無いんか? ほら、なんか対策できるかもしれへんで」
「そうだな! 伊藤の絵なら、やって行けるかもしれないぞ」
山本や他の同居人の、僅かだが希望を探そうとする声。
そして。
「……俺ら、もう終わりだな」
「ああ。……今まで、よくやってきたよ」
怒りも絶望も通り越して、全てを悟ったかのような同居人の声。……この部屋の中で大多数を占める――……それは、この部屋の意思だった。少なくとも僕らはこの先の未来に希望など抱いていなくて、「もしかしたら」っていう僅かな期待は、ただの気休めにしかならなかったんだ。
無理。無謀。絶望的。僕らには荷が重い言葉だらけだ。凡人として、モブとして生きる僕らには……あまりにもグロくて、残酷な未来。
……でも、もしかしたら本当は、僕は希望が欲しかったのかもしれない。本当に絶望に瀕しないで済んだのは……まだ、仲間が居たからかもしれない。
ああ。希望が欲しい。救われたい。逃げたい! 誰か助けてくれ、僕を、僕らを!!
きっとこの部屋の誰もが、誰かにそう、期待していた。……もっと正確に言うなら、悟さんや山本あたりに。
……だから、少なくとも――
「み、皆……課題制作ってこと以外は明かされていないけど、その、ゲームはまだ始まってないし、きっと大丈夫だよ……!」
「「「…………」」」
――少なくとも、お前じゃない。
僕らは伊藤に冷たい視線を向け、そして、純粋に思った。思ってしまった。
何励ましてんだ。お前のせいだよ。
僕らは聖人君子でも無ければ、この状況を覆せる主人公でもない。僕らはこんな状況で余裕なんか持てないし、余裕が無ければ……優しさは生まれない。
「あ? 『きっと大丈夫』? それで俺たち全員が死んだらどうすんだよ?」
――誰かが、そう言った。
「そうだ! 元はと言えばお前が原因なんだから、お前だけが死ねばいいだろ……どうして、俺らが巻き添え喰らわなきゃいけないんだ!?」
「そもそも、お前があんな変なクイズ出さなきゃ良かった話じゃねえのか!?」
空気が変わった。僕は、それをすぐに感じ取り、マズイと思った。この空気感は、光景は、僕には見覚えがあったんだ。
……ああ。思い出すな。思い出すな……ダメだ、それ、だけは。それは――……
――俺らもう……法律違反しちゃってるんだわ
――ぼ、僕らは悪くないよ。彼女が僕と付き合わないのが悪いんだ!!
「ッ……ぁっ……はっ…………やめ……」
ああ。それは。それは、ダメだ。身体、動かなくなる。僕の、自由が……奪われる。逃げないと、なのに。
「はぁっ、はぁっ、うっ……っ……ガハッ……」
呼吸が頼りない。できない、いや、制御できない。身体が震えて苦しい。視界が狭まる。音が、遠くに聞こえる。視界が滲む。……ああ。僕は、泣いているのか。吐きそうだ。苦しい。
……ああ。いっそのこと――……
「ッ!? 誠!?」
「あっ、げほっ、ああ……あ……」
――もういっそのこと、このまま死んでしまおうか。
僕は半ば諦めたようにそう思うと、僅かな抵抗すらやめて、その地獄に全ての身を委ねた。頑張って通常の呼吸に戻そうとするのも、倒れないように頑張ろうとするのも、もうやめよう。
……そう思ったのに、僕の身体を支える小さな身体が、なぜか、僕を生かしてくれた。体重を全部預けて、涙も呼吸も管理できない僕を、受け止めるそれ。僅かに首を傾けて見えた、よく見慣れた……黒髪のそれ。
「……や、やまっ……もと……」
「喋らん方が良いで。……一旦、表出よか」
山本の存在を認知した途端、心なしかフラッシュバックも収まっていた気がして……とても、ひどく安心した。
「――は、……だろ!」
「いや待て…………だから――」
僕の世界の外側の音は、まだ、上手く聞き取れなかった。
♤♤♤
「っ…………はぁっ…………はぁ……」
数分後。……僕にとっては無限に思えた数分の苦しみは、ようやく終わりを迎えつつあった。
僕の何も投影しない瞳からは、未だ涙が零れ落ちている。力なくへたり込んだ僕の四肢は、未だ、震えたように動かない。ぐしゃぐしゃになった髪の下に覗く顔は……きっと、ものすごく惨めで弱い。
……ああ。そうだ、僕はそういう人間だ。精神も未熟で、弱くて、バカで。幼い正義で一生ものの傷を負う、そんな程度のダメ人間だ。
……生きたく、ないかもしれない。
「収まってきたか? ほい、これ水買ってきた」
「ぁり……がと……」
「おう。気にせんでええで」
僕の思考に割り込むように入ってきたのは、僕の親友の山本だった。僅かに視線を上にあげると、水を差し出した格好の山本が目に入る。……正確には山本の手元くらいしか目に入っていないが、まあ、山本である事実は疑いようが無い。
……ああ、こいつは本当に眩しいなあ。
僕はそんなことを思いながらペットボトルに手をかける。自販機で売ってる、よくある水。……ああ、ここって自販機置いてたんだな、なんてことを考えながら蓋を開けようとするが、
「……」
今の僕にはそれすらままならなかった。
「……? おー、開かんのか。よっ……と、ほい、どーぞ」
「ありがとう……」
僕は自分の弱さとダメさ加減を改めて思い知り、ゆっくりと、水を口に含む。
……冷たい。やたらと、美味しい。
僕が口に含んだ水は、冷たくて、やたらと美味しかった。目が覚めるような、ハッとする冷たさ。荒ぶる心を沈めるような、シンプルだけど澄み切った味。食道を通っていくのすらわかる、そんな温度のそれは、今の僕には何よりも美味しく感じられた。
「っ……ごめんな、色々と」
僕はその水でようやくマトモな思考にもどると、山本に小さく謝罪をした。僕の口から零れ出るにしては、なんだか、とても幼かった。
僕は続ける。
「……俺、あの感じ、見たことあるんだ。……女の子を、助けようとした、時に……。あの空気は、人を……殺す空気だ」
僕は訳のわからない比喩を交えながら山本にそう訴えた。一人称の変化を遅れて自覚する。ああ、僕の何がそうさせるんだろう、なんて、そんな今関係の無いことを考えてしまう。山本の腕を掴む。縋るように、信頼を込めて。……あまり力の入っていない僕の手に、山本の体温が僅かに伝わる。
僕は怯える幼い声を押し殺すように、17歳の僕として言った。……言うように、努めた。
「……俺、今度こそ誰かを救いたい。でも、俺一人じゃ無理だ。だから――……」
僕は虚ろだった瞳に精一杯の光を込めて、山本に、明確に意思表示した。
「……僕に、力を貸してくれ山本。僕一人じゃ、もう、無理だから」
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