第10話【大犯罪者】
その場の空気が凍てつくのを感じる。空気が、光が、その場で静止するような、そんな感覚に襲われる。皆が目を見開き驚愕を露わにする。その瞳には、僅かな絶望。
「答えられない」とでも言うように、彼らは僕と視線を合わせた。
彼らの視線は一瞬僕に注がれるものの、やがてたった1人の人間に集められた。今まで僕とずっと一緒にいた、客観的に見て最も親しいであろう人物に。
「っ…………!」
山本
……親友と言っても、良いとは思う。
山本とは中学からの付き合いではあるけれど、もうかなり長い年月を過ごしている。山本なら、僕の趣味嗜好、性格、それら全てに関して、自信を持って答えることができるだろう。
……だから、僕はあえて言う。
「…………僕に親友は何人いるでしょう?」
山本は、何も答えない。いや正確には答えることができない。僕はそれを知っていて、あえてこの問題を選んだんだ。僕は、もうすぐにでも死にたいから。
これは、僕のことを熟知した山本だからこそ答えられない、僕を救ってくれる問題だ。
僕には親友の定義がわからない。だから、山本は答えられない。死亡確定のデスゲームだ。まあ、考えるだけ無駄だろうな。
僕が自暴自棄にそう考えている間も、山本は必死に考え込んでいるようだった。腕を組み、顎に手を添え、あちこちをウロウロと歩き回る。
沈黙が流れる。空気が、淀む。
この沈黙は今の僕にとって、とても長い沈黙だった。
……あれ、3分って、こんなに長いものだっけ。なんだか今日は時間の流れが、やたらゆっくりに感じられるな。
僕は暇を持て余した緩慢な動作でスタッフを見ると、とても良いことを思いついてしまった。
……ああ。そうすればいいのか。
納得したようにそう思うと同時に、心の中で喜びが溢れるのを感じる。じんわりと滲む涙のような、確かに熱い、僅かな喜び。僕はその喜びに後押しされる形で、同じく暇を持て余したスタッフ問いかける。
「スタッフさん。制限時間はこのまま増やさなくて良いので、残り2問も出して良いですか?」
「「「なっ……」」」
「良いですよ」
周りが何やら驚いた反応を見せたが、僕にはもう気にならなかった。その驚愕が、どこから来るどんな感情なのか……そんなことを考える癖すら、僕はもう既に失っていたんだ。
ああ。何も考えないって、こんなに楽なことなんだ。もっと早く知ればよかった。そしたら昨日のことも回避できたのに。
僕はどこか機械的な仕草で手元の紙を見つめると、再び顔を上げて皆にクイズを出題する。
「では、第2問と第3問。『僕の得意教科は何でしょう』『僕の名前の由来は何でしょう』」
…………ああ。やっと、終わる。この地獄みたいなゲームの時間が。全てをぶち壊す理不尽なゲームが。僕は、やっと、ようやく、ついに。
この地獄から解放されるんだ。
…………今思えば、僕なんかが天才になろうだなんて考えが、そもそもおこがましかったのかもしれない。あの女の子を救うカッコイイヒーローに……なんて、よくもまあ考えついたものだ。
自分は天才ではないし、絶対に、なることもできない。そんなこと、僕が1番知っているのに、一瞬でも道を間違えた。少しでも、自分に期待した。僕は主人公でもなんでもない。どこにでも居る……ただの、モブだ。
死が待ち遠しくなってタイマーを見つめると、残り2分と表示されていた。
♤♤♤
「「「…………」」」
沈黙が、流れる。
もう何度目かわからないこの状況を前に、僕は正直飽きてきていた。皆が真剣に考えているこの状況は、本来なら嬉しいはずなのに。僕なんかの為に知恵を絞ってくれる事実が、何よりも嬉しいはずなのに。
なのに、こんなにも虚しく映るのは、僕が醜い人間だからか。「僕なんかの為に、もうやめてくれ」と願ってしまうのは、僕が狂った証だろうか。
沈黙はこの場の空気を飲み込み、皆のプレッシャーとして、のしかかる。タイマーは残り1分半。やっと半分まで辿り着いた。
山本はさっきからずっと無言で、答えを考え込んでいる。
きっと山本の中ではもう、1問目以外の答えは出ているんだろうな。……だから回答を後回しにして、僕の「親友の人数」を考えている。
……でも、それは悪手だよ。山本。
僕は変わらず虚ろな瞳にほんの僅かな哀れみを込める。僕のことを考える友人を見て、そして、あれこれと思考する。
ねえ、山本。人間ってね、プレッシャーに弱いんだよ。君は沈黙を恐れる人種だよね、その考え方は向いてない気がするよ。
ねえ、知ってるかもしれないけどさ、考えって言葉にした方が纏まりやすいんだよ。少なくとも山本はそういう人間だよね。無言じゃちょっとしんどい気がする。
僕はあえて口には出さないけれど、心の中でそう語りかけた。山本はそんな僕の胸中など露知らず、ただひたすらに考え込んでいる。
……しかし。
「誠の得意教科は社会! 名前の由来は『誠実で優しい人になりますように』!」
突如思いついたように顔をあげると、山本は大声でそう回答した。いつもとは違う、凛とした声。僕を見つめ、全力で声を届けようとするような、そんな、必死で情熱的な声。
「…………正解です」
僕が書いた模範解答を手にしたスタッフが、重々しくそう返答する。単語ではなく文章での回答となる問題は、ニュアンスが合っていれば正解という学校のテストのような形式だ。
僕が書いた模範解答の答えは、「誠実で優しい人になってほしいから」。まあ、元から模範解答通りに答えるとは思っていないけれど、「〜しますように」という言葉で表現してくるあたり、山本の純粋さや優しさを感じてしまう。
……ああ。
「あと1分です」
僕がこの世界に別れを告げるまで、いよいよ残り1分となった。途端、場の空気が一変した。一気に沈黙が破られる。
「おい、山本! どうすんだよ! アイツが死んじまうぞ、適当でも何か言った方がいいんじゃねえか!?」
「なあ、候補としては何人なんだ!?」
「で、でも適当に言ったら山本君も死んじゃうよ……!」
……あれ。なんか、焦ってる?
残り時間が1分を切った。ただそれだけの事なのに。なんだか皆は焦っていた。
別に君らは何も焦る必要は無いのに。僕が死を望んでいるだけなのに。どうしてそんなに焦るんだ?
それに、山本が真剣になるのはまだわかるとしても、他の皆は関係ないだろ。だって、だって、僕たちは……。
――昨日まで、赤の他人だったじゃないか。
そんな僕にかける情なんて、そんなの、嘘に決まってるじゃないか。
僕はドロドロと溢れ出る絶望を制御できないまま、必死に考え込み、焦り苦しむ皆を見た。皆が僕なんかのために……僕だけの為に時間を使っている。こんな何の取り柄も無い僕に、ただ無為に人を殺しただけの僕に。
英雄になろうとして、なり損ねて……。女の子に希望を見せて心を壊した挙句、5人の命を奪った大犯罪者のために。
「……もう、やめてくれ」
僕は無意識にそう口走っていた。自分ですら予想できなかった言葉が、スルリと口から零れ落ちた。その言葉に、皆がさっきとは違った驚きを見せたのを感じ、僕はようやく「やってしまった」と後悔した。
「やめてくれって……どういうことだ? 誠」
「せ、せやで。俺が死ぬの怖がってるんか? それなら……」
「違うよ」
ああ。ああ。どうしよう。言わないでおこうと思ったのに。こんな惨めで脆い僕の心を、晒すつもりなんて無かったのに。とりあえず山本の言葉を否定したけど、この後、なんて言えばいいんだ?
もうやめてくれって、一体何がだ? 僕を生かそうとするのをか? ……ああ。ああそうだ。
僕はこのゲームで死にたかったんだ。
僕は誰の為にもならない行動をする、英雄気取りの大犯罪者だから。こんな僕を生かさないでくれと、そう思っていたんじゃないか。
もう、僕を許してくれと。早く楽にしてくれと。脆くて醜い僕の心を、早く救ってほしかったんだ。
「……誠、大丈夫やで。俺がちゃんと、答えるからな」
山本が優しく声をかけてくれる。今までで1番、誰よりも優しい、そんな素敵な声色で。少し震えているけれど……でも、確かに優しい声。
僕が顔を上げてみると、そこには多くの人間がいた。昨日出会ったばかりだけど、なんだか強い絆のある、仲間が。
ああ。もう時間がない。あと30秒しか時間が無い。……ちゃんと、言わなくちゃいけない。僕の弱さを、醜さを。
僕は、皆の姿を見て決心すると、人生で1番儚い声を漏らした。
「……皆。ありがとう。でも僕はもう……死にたいんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます