第6話【正義のせい】

「……山本たち、帰ってこないですね」

「だな……」


 山本たちが女の子の部屋に向かってから、約15分が経過した。僕たちは静けさを増す部屋の中で黙り込み、山本たちの帰還を待っていたんだ。壁にかけてある時計の音が、僕の不安を増幅させる。


 山本は、本気でアイツらに着いて行ったのか? アイツらは、本当に告白だけで終わらせたのか……? じゃあ、この15分という告白には長すぎる時間は、一体どう説明すれば良い……?


「……僕、やっぱり、様子見てきます……」


 僕はこの不快感から逃れたくて、気がつけばそんなことを口にしていた。悟さんを縋るように見ると、僕を見つめる微妙な眼差しと目が合う。悟さんが、重い口を開く。


「……誠、本気で言ってるのか」


 その重々しい言葉の響きで、悟さんは僕を見つめる。心配とも確認とも違うような、そんな視線が僕に届く。僕はその視線にどう応えて良いのかわからず、視線を落としつつ言葉を紡ぐ。

 

「……本気、というか……不安なんです。何か、良くないことが起きる気がして……」

「……」


 悟さんは、何も言わない。すっかり人の減った部屋の中に、僕たちの息遣いだけが取り残される。


 ……そうだ。この部屋は、本来は20人部屋だ。

 

 僕はその静けさの異様さに今更気づいて、そして再び気分を落とす。この部屋の同居人は、入浴中だったり友達のところに出掛けていたりして……まあ、人数は減っている。でも、そのうちの何名かが「性的搾取」で退室していった……その事実が、本当に嫌だった。


「山本が、本当にアイツらに賛同したのか……僕は、それを確かめたい。それに……見て見ぬふりしたら、罪悪感で狂いそうです」

「なるほどなあ……」


 悟さんは感情を多分に含んだ相槌の後に、小難しそうな顔で腕を組んだ。うーん、と低い声で2、3度唸ると、ガタッと音が立ちそうな勢いで立ち上がる。


「よし誠。武器を持っていけ」

「は……? 武器……?」

「安心しろ、武器ならある」


 何言ってるんだ……?


 僕が困惑しながら悟さんを見ていると、悟さんは持参したカバンをガサゴソと漁り出す。付近に私物を広げながら何かを探すその姿は、なんだか人間味があって安心する。


 財布、ティッシュ、筆記用具……。


「ほい」


 悟さんが僕に差し出してきたのは……ただの雜紙ざつがみだった。


「……は? 雜紙……?」

「おう。雜紙」


 まったく意味が分からない。武器っていうから、なんか凄いものが出てくるのかと思ったけど、全然白紙の、ただの紙だ。


「えっと……武器をいただけると思ったんですが……」

「おう。今から武器にする」

「え」


 僕が遠慮がちに進言すると、悟さんは筆記用具を手に取り、ボールペンでサラサラと何かを書き始めた。チラリと手元を覗くと、そこには有り得ないくらい綺麗な文字で、こう書いてあった。


 『この1ヶ月間、ゲーム外でも規律を乱した者は殺します。ギフト』……と。


「よし誠、これを持っていくんだ。……俺の武器は喧嘩じゃ通用しないが……情報戦という意味ではめっぽう強い」


 悟さんは、僕の手に押しつけるように紙を置くと、真剣な顔でこう言った。


「誠……生半可な覚悟で行くと絶対後悔する。少しでも無理だと思ったら、すぐに戻って来い」

「……はい」


 僕は悟さんから受け取った紙を片手に、部屋の扉に手をかけた。



♤♤♤



「『上の階の奥の部屋』……ここか」


 それから数分後、僕は山本とアイツらが言っていた例の部屋に辿り着いた。特に何の変哲もない様子の部屋だが、僕にはなんだかとても嫌な予感がしてならなかった。


 ……もし、この先で最悪の事態が起こっていたら? そしてそれに、山本も参加していたら?


 そう考えるだけで末恐ろしい。でも、僕はもう覚悟を決めたんだ。この先の出来事を確認して……まだ間に合うなら、引き止める。僕には悟さんから貰った武器があるし、絶対に大丈夫だと、そう思ったんだ。


「……よし」

 


 ピンポーン。



 誰も居ない広い廊下に、インターフォンの音だけが反響する。…………返答は無い。もしかしたら僕を警戒してるのかもしれないとは思ったけど、生憎僕が不審者でないことを証明する方法は無い。


 どうしたものかと廊下で立ち尽くしている時だった。


「キャアアアア!!」

「っ……!?」


 ――女の子の悲鳴が聞こえてきた。


 振り向くと、僕が居る反対側の1番奥の部屋――……「上の階の1番奥」から、女の子が連れ出されるところだった。清楚な黒髪に、顔は流石に見えないけど――……まあ、きっと可愛いんだろう。


 そんな女の子を連れているのは、僕の部屋の同居人たちだった。

 

「離してっ……嫌、助けて!!」

「暴れない暴れなーい」

「わ、私、誰か呼んで来ます!」


 そんな感じのやり取りが聞こえてくる。


 男性数人に引っ張られる形で連れていかれるその子の顔は、恐怖と焦りでぐちゃぐちゃだった。同居人たちが向かう方向に視線を向けると、そこにはなぜか更衣室もあった。……男性用の。


 つまり、そういうことだろう。


  ああ。やっぱりそうなのか。


 僕はどこか失望するようにそう思うと、全力疾走で廊下を駆けた。走って、走って、力の限り叫んだ。


「止まれ! 主催者ギフトから伝言を受けている!!」

「「「……あ?」」」


 即座に僕に視線が集まる。鬱陶しそうな、ノリが悪いやつを見る時のような、嫌な視線。今にも泣き出しそうな女の子だけが、僕に希望の視線を向ける。


 僕は、悟さんから貰った武器を見せながら叫んだ。


「『この1ヶ月間、ゲーム外でも規律を乱した者は殺す』!! ここにはそう書いてある!」


 人生で一番の大声だった。


 自分の声の大きさに内心驚きつつ、しかしそれは表に出さない。全員の視界に入るように紙を掲げ、もう一度言い聞かせるように言葉を発する。


「……今その子に手を出すと、ギフトに処刑される可能性がある。……やめたほうがいい。考え直そう」


 数瞬の沈黙。


 全員が僕に注目し、本当に一瞬だけ、自分が影響力のある人間になったように錯覚する。1人の男が僕に詰め寄ってくる。……その表情は、険しい。


「……それは本当か?」


 来た。疑われるのは想定済みだ。流石の僕とは言え、最初から信じてもらえると思うほどおめでたい頭はしていない。僕は予め用意しておいたセリフを言う。……できるだけ、冷静に。


「ああ、本当だ。なんなら、ギフトに確認を取ってもいい」

「大層な自信だなあ」

「事実だからな」


 僕に詰め寄った男は、ニヤリと下品な笑みを浮かべると、僕に顔を近づけてくる。正直、嘘がバレたんじゃないかと思って僕の胸中は穏やかではなかった。


 でも、それを見せたら確実に終わる。


 僕は目の前の男の問いかけに、できるだけ集中して、冷静に答えだした。


「秩序って具体的には?」

「法律に違反すること」

「情状酌量は?」

「……あると思うけど期待しない方がいい」

「じゃあ、その判断は誰がする?」

「……ギフトが行うらしい」


 こいつ、めちゃくちゃ聞いてくるな……。


 僕は集中を切らさないように気をつけながら、男の無数の質問に答えた。正直、とても理想的で「ありそう」な回答だったと思う。僕が怪しまれることはないし、それっぽさも出ていたはずだ。


「ふうん、嘘には聞こえないな」


 何巡かの問答の後に、ようやく男はそう言った。後ろを振り向き、何やら合図をする。取り巻きの男たちがそれに反応し、奥の部屋から何かを取り出す。


「でもごめんね〜」

 

 なぜか、謝罪。奥の部屋から引っ張り出された、何か。とても、大きいもの。



「あぐっ……ガハッ、はぁっ…………」

「俺らもう……法律違反しちゃってるんだわ」

 


 奥の部屋から乱雑に投げ出されたのは……無惨な姿になった、人だった。



 

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