第2話【運は才能に入りますか?】
「……こんなの、ズルいだろ……」
僕は呆れたような乾いた声を零す。実際に呆れていたわけではない。でも、客観的に聴いたら、もう、そうとしか聞こえない声。裏切ったキャラを軽蔑する時のような、そんな、乾いた声。
僕の視界に映ったのは、黒と黄色の警告色で書かれた1枚の紙。……そう。この自己紹介ゲームのルールが書かれた、例の紙だ。
なんとそこには、本っ当に小さい「※個人の感想です」くらいの文字サイズで、「キリ番(今回は1の位が0の人)は、名前を覚えて貰えなくても死にません」と記載してあったんだ。
「っ……はぁ?」
名前を覚えて貰えなくても死なない。そんなの、ルール説明の時に言われなかった。というか、才能が無かったら死ぬみたいな話だったのに、運で生き残れるなんて、ズルいだろ。
僕は一瞬だけそう悪態をついた。
しかし、僕もそこまで馬鹿じゃない。この小さく書かれたルールが、このゲームにおける抜け道……いわゆる攻略法に近いことくらいはわかる。
慌てて周囲を見渡してみるが、周りは誰もそれに気づいていない。というか、自分のことで精一杯で、そもそも気づきようが無いだろう。
僕は、1人ほくそ笑んだ。
「私の長所は……」
「俺は…………」
「……ふふふ」
僕にとっての一縷の希望。一縷であり、しかし勝利を確信してしまうような希望。それが、ここには転がっていたんだ。
まだ誰も存在に気づいていない、僕だけが住むブルーオーシャンが……。
僕がそんなことを考えていると、ステージに上がった20番の男が、自己紹介を話し始めた。20番……このゲームでは、何があっても死なない男だ。
僕はその男に狙いを定めると、できるだけ彼を注視した。彼が質問タイムに入る、その瞬間を狙うため。
「えー、皆さん始めまして! 小林
相変わらず誰も聞いちゃいない自己紹介が、小体育館に虚しく響く。力強くザラザラした声質のその人は、しっかりと焦げ茶色のスーツを着込んで、いかにも営業トークというような話題を繰り広げ始める。
「っ……えー、はは、皆さん緊張してますよねー。僕もです、はい。ねー。あっ、時間も30秒しか無いので端的に――……」
少しくしゃくしゃになった焦げ茶の髪に、生えかかっている黒い髭。身長は175cmくらいで、まあそれなりに高い方だと思う。
ちらりとタイマーに視線を向ければ、残り時間は後5秒。僕は軽く深呼吸すると、タイマーが鳴ると同時に右手をあげた。
「貴方に質問があります」……僕は、そう意思表示した。
営業職の男性はキョトンとした顔をしたあとに、
「あ、ああ……質問ですか? どうぞ……?」
と、僕に質問を促してくれた。
僕は「はい」と返事をして立ち上がると、できるだけ冷静になろうとして、20番の彼と視線を合わせた。先程までの思考を反復し、できるだけ、僕が生き残れるように言葉を選ぶ。
……よし。
「はじめまして、水野 誠です。……キリ番おめでとうございます。今、どんなお気持ちですか?」
「……は?」
僕は彼の背後に掲示してある紙を指し示し、そして、静かに笑ってみせた。ぎこちなく、たぶんわざとらしい笑みだと思う。でも、僕のよくわからない言動に吊られて、この男性は背後を振り返ってくれる。
あとは、彼が気づくのを待つだけ。
「……キリ番は、死なない…………?」
「…………はい」
僕はもう一度問いかける。
「今、どんなお気持ちですか?」
「…………」
20番の男性は、言葉を失った。
正直、30秒での自己アピールなんて、大したアピールにもならない。名前を覚えてもらうにしても、30秒じゃ短すぎる。ただ無為に時間を消化して、手応えの無さに落胆するのがオチだ。
と、僕はさっきまでそう思っていた。……いや、なんなら今もそう思っている。繋がりの無い素人の自己アピールなんて聞きたくもないし、まあ、基本的に、面白くはない。
……でも、この人はそれでもいいんだ。
だって、何しても死なないから。
「お、教えてくださりありがとうございます! ……って気持ちですかねぇ……はは。まあ、嬉しいです。ありがとうございます」
20番の男性は僕を見て、なんともいえない微笑を零した。決壊しそうな情緒を抑えるような、喜びをできるだけ隠そうとするような、そんな笑みだ。幸せそうな、笑み。
…………ああ、羨ましい。
ズルい。ズルい。羨ましい!
たまたま0番だったってだけで、この死の恐怖から解放されるのかよ? くそ、何が才能だ。運じゃねぇか……! 気持ち悪い……!
僕は醜い人間だから、正直にそう思ってしまった。でも、僕には希望がある。ぐちゃぐちゃになりそうな心を落ち着かせて、もう一度、冷静に呼吸する。
僕にはある。確かにある。他力本願だけど、明確な希望が。
「……ありがとうございます。小林悟さん、ですよね。僕はキリ番ではないので怖いですが、どうか応援してください」
「21番の方どうぞー」
「はい」
僕が見つけた一縷の希望、それは――……死なない保証のあるキリ番の人に自分を売り込む、いわばステルスマーケティングだった。
最初から自己紹介を頑張る必要は無かったんだ。
僕は、深いため息をつく。もっと早く知りたかったと、やるせない気持ちが込み上げる。でも、僕はもうやった。やれることは、全部やった。
「僕」という存在を、そして「貴方は死なない」という安心感を売る。
「はじめまして、水野 誠です。よろしくお願いいたします」
あとは、運に恵まれた人間が、僕に恩を返してくれる。……それを、待つしかないし、それ以外僕には思いつかない。
♤♤♤
「では、この方の名前が言える方は?」
「「「…………」」」
「処刑行きで」
「嫌だ! おいっ……嘘だあああああ!!」
悲鳴がどんどん遠ざかっていく。もう何度目かの、人間の悲鳴。僕は俯いて眉を顰め、そのリアルな悲鳴から逃げようとした。
僕の、何の個性も無い自己紹介から約40分が経過した後。ついに僕らの生死を分ける、名前の認知テストが始まった。1番から順にステージに立ち、スタッフが名前を聞いていく。誰も答えなかったら処刑部屋に連行、という流れらしい。処刑方法は、明かされていない。
「次、14番の方ー」
今連れて行かれた彼は13番目だけど、もう既に生存率が下がってきている。1番、2番、3番辺りまでは誰かが覚えていたようだったけど、それ以降すぐに回答者は消えた。
……まあ、しょうがない。そらそうだろうとしか、言いようがない。だって、僕たちが他人の話を聞く余裕を持っていたのは、だいたいそこら辺までだったから。
僕は自分の21番と書かれた整理券を握りしめ、暴れる心臓をなだめようとした。
……別に僕らだって、自己中100%で生きているわけじゃない。最初の方は「この人は僕が生かすんだ!」っていうくらいの、軽い正義感は持っていた。貴方は命の恩人です、なんて気持ちの良い展開になったら嬉しいから。
……でも、僕らはとても早い段階で、ある事実に気づいてしまったんだ。
「嫌! なんでぇ!? あんなに凄いエピソード、私しか持ってないでしょぉ!?」
「連れて行け」
「「「……」」」
凡人の話す「面白い話」は、僅か数人で飽きてくる。
僕らは自分を魅せる能力は無いけど、他人を批判する能力には長けている。嫌な人種だな、とも思うけど、でも、僕らって大体そんなもんだ。
つまらないものは「つまらない」、センス無いものは「センス無い」。じゃあお前がやってみろよと言われたら、大人しく黙り込むしかないけど、でも、飽きるのはしょうがないだろ。
「次、20番の方ー」
「……はい」
その声を聞いて僕の視線は、無意識にステージの方を向いた。
困惑したような微妙な表情を浮かべ、ステージに上がったのはさっきの男性。焦げ茶色の髪に黒い瞳。生えかかった髭と、仕事用のスーツ。
「では、彼の名前を覚えている者は?」
「……はい」
「君、どうぞ」
僕が「キリ番は殺されない」というルールを教えた、僕が生き残るために重要な男。
僕は冷静に深呼吸すると、僕のことも覚えててくれよという願いを込めて、彼の名前を口にする。
「彼は……小林悟さんです。確か、26歳でしたよね」
「正解」
僕は何故か、自分が善いことをしたような気持ちになりつつ、静かに歩みを進めていった。感謝の言葉をかけられた。僕の順番が回ってくる。小林さんに全て託した、僕の、運命を分ける時間が。
「っ……」
大丈夫。そう思いたいのに、なぜか、どうしても息が上がる。ふわふわと周囲の視界が曖昧になり、嫌な汗が流れ落ちる。震える手足。刺さる視線に、貫かれては、押し潰されて。
「では、彼の名前を覚えている者は?」
僕は縋る気持ちで小林さんを見る。
僕と目が合う。数秒、流れる。その人当たりの良さが、快活な雰囲気が、焦る僕を安心させてくれる。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫――……!!
「…………っ、え……?」
そして、小林さん……いや、彼が、名前を答えることは無かった。
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