第23話 犯人への罠
そして、3日が経ったその日。
放課後になり、僕たちはあのファミレスに集合していた。僕たちっていうのは、僕、柘榴塚さん、そして成さんの三人だ。
偶然にもこの前と同じボックス席を通されたけど、服装が違う。
あの日はみんな私服だったけど、いまはみんな制服姿だ。学校から直で来たからね。僕と柘榴塚さんはブレザーで、成さんはセーラー服。セーラー服なんて見るのは初めてだから珍しかった。清楚な彼女には、黒いセーラー服と白いスカーフがよく似合っている。
『3日経ったら、警察に連絡する』
柘榴塚さんと交わした約束の期限いっぱいの今日、こうして柘榴塚さんが僕たちを集めたってことは。
つまり柘榴塚さんは、中1日で事件に必要なパーツを見つけたんだ。
今日、これから、ここで。事件は分解される――。
といっても僕はパンクババアのときと同様、なにも教えてもらってないんだけどね。
でも今回は、前回と違って役割があるんだ。
尻の横に置いた大きめのトートバッグを無意識に撫でた。このなかに、僕の仕事が――今回の要が入っている。
「えー、本日はお日柄もよろしく」
緊張する僕と蒼い顔を俯かせている成さんに、柘榴塚さんはにこりともせずにそう声を掛けた。
まあ、確かにカラッと晴れてはいるけどさ。
成さんは俯かせた顔をちらりと上げると、軽く会釈して、すぐにティーカップの紅茶に口をつけた。でも何も喋らない。細い瞳と整った顔は、やっぱり強張ったままだ。
「……滑ってるよ、柘榴塚さん」
隣に座る柘榴塚さんにこそっと耳打ちすると、彼女は僕の方を見もしないで目の前のパフェにスプーンを入れた。
「別に、場を和ませようとしたわけじゃないし」
口を尖らせて、ファミレス店名が記されたホワイトチョコレートプレートをぐいっと持ち上げる。そして、それを取り皿に取り分けた。
……素直じゃないんだから。
あ、ちなみに僕と成さんの前に固形の食べ物はない。二人とも、頼んだのはドリンクバーだけだ。
「……あの」
蚊の鳴くような声、っていうのはこういうものだろう。それくらい、成さんの声は小さく、そして奮えていた。
「私、本当に……ソースレベル100さんの……直翔さんのソースのこと、なにも知らないんです……」
そこで顔をあげて僕を見る。その目は、細さの中に怯えの色を浮かべていて、唇も小刻みに震えていた。
彼女と話すのは、事件当日以来久しぶりだった。ネットでも離さなかったからなぁ……。
「私じゃないんです。ほんとです。盗むなんて、そんな恐ろしいこと……」
「まぁ、それはいいから」
柘榴塚さんは、チョコレートソースの掛かった形のいい生クリームをスプーンに載せながら抑揚のない声で言う。
「あなたには、ちょっとしたテストを受けてもらいます」
「テスト……?」
「水間くん、用意を」
「はいはい」
出番だ。
僕は尻の隣に置いたトートバッグから、このために厳選した10本のソース瓶を取り出した。
「レストランに自前のソースを持ち込むのはどうかと思ったんだけど……」
取り繕う笑いを頬に浮かべる僕の言葉を、柘榴塚さんが引き取った。
「お店の食べ物に掛けるわけじゃないし、大丈夫でしょ」
それは、僕のコレクションの一部だった。本棚に林立していたやつだ。
――触るなって自分で言ってたこのソースたちを、「反故」の一言で柘榴塚さんは使うことにした。
もう。そりゃ、これが必要なことだとは分かってるけど。そんなに言ったことを簡単に反故にしまくる探偵なんて、いつか信用なくすからね?
「あの……?」
テーブルに並べ終わったソースを見て不思議そうな顔をする成さんに、柘榴塚さんはパフェに乗っかった小さなチョコケーキをスプーンに乗せながら告げる。
「じゃあ、安川さん。この中から一番価値のあるソースを選んでくれる?」
「え……」
「本物のおこのみ革命さんなら簡単だよね。だっていっつも水間くんとネットでソース談義してたんだし」
「……」
成さんは、細い目をほんの少し見開いてソース瓶を見つめた。
テーブルに並んだソース瓶には、赤や茶色、それに白といった背景に、毛筆体やらブロック体やら、金銀の箔推しやらで商品名を書いたラベルがそれぞれ貼られていた。瓶の素材だって多様で、ガラス瓶もあればプラスチック製、なかには瀬戸物でソースが見えない物もある。キャップだって、お馴染みの捻るタイプもあれば栓抜きで開ける昔ながらの王冠もあった。
できるだけ、いろんなグレードを取りそろえたつもりだ。
「あの、これで何が分かるんですか? このテストで――」
「あなたが犯人か、そうじゃないかが分かる。まあ、気軽に選んでよ」
柘榴塚さんは軽く答えながら、こんどはパフェに入っているアイスクリームを小皿に取り出していた。
パフェを分解しながら、同時に事件まで分解していっているんだ……。
目を細め(細いけど)、成さんは手をソース群に伸ばした。
僕の顔を覗いてくるけど、僕は思考を顔に出さないように無表情を貫いた。
考えていることが顔に出やすい僕だけど、ここで表情を読まれたらテストにならない。
僕が頼りにならないと悟った彼女は、しばらく迷って、やがて一本の瓶に指を付けた。
「え、えっと。じゃあ……これ……」
彼女が選んだのは、白い瀬戸物の瓶に入ったソースだった。黒い背景に金色の箔押しで、【響蔵ウスター・熟成極み】と記載されている。
「水間くん、どう?」
「……」
僕は、無言で違うソース瓶に手を伸ばした。手が震えないようにするのに、ずいぶん精神力が必要だった。
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