第15話 デート相手は違和感だらけ

 巨大ショッピングモールの一階にあるファミレスに着いた僕たち二人は、四人がけのボックス席に通された。


 ちょうど昼時の店内だけど、席の埋まり具合は7割未満といったところ。これから埋まっていくんだろう。


 しばらくメニューとにらめっこしていた僕だけど、ビーフシチューオムライスを頼むことにした。成さんはフェアでやっているアンガス牛の手ごねハンバーグだ。二人ともドリンクバー付き。


 頼み終わった僕は、成さんに促され、先にドリンクをとりに行かせてもらった。そうしながら、ドリンクバーの横にある調味料置き場からソースを一本とってくる。


 ――そう。このファミレスを選んだのはこれが目当てなんだ。客が自由にソースを掛けて料理の味を調節できる、神サービスだ。


 成さんもドリンクバーで飲み物をとってきて、僕たちは一息つく。


 さぁ、ここから夢にまで見たソース・ディスカッションがリアルでできるぞ!


「ここのソースは酸味が強いですよね」


 ソースの原材料名を確認しながら僕が話しかけると、オレンジサイダーを飲んでいた成さんの動きがピタリと止まった。

 彼女は困ったようにグラスから口を離し、「えっと」と言ったあと、苦笑いして眉根を寄せた。


「……そうですね。もうちょっと甘かったらいいんですけど」


「え?」


 彼女の言葉に、僕は思わず聞き返した。


「成さん、すっぱめのほうが好きっていってませんでした?」


 僕たちは同じ舌をしているんだ、ってネットで盛り上がったのに……?


「あ、えっと。すっぱめももちろん好きですよ。ただ今は甘めのほうが好きかなって。ほら、体調とかあるし……」


 ……まあ、そうなのかもしれない。味の好みなんて、その時々によって変化して当然だ。人はストレスがかかると濃い味付けが好きになる、と聞いたこともある。酸味より甘味を求めるのも、それと似ているのかも知れない。

 甘い物が好きな友達のことが頭によぎったけど……もしかしたら彼女もストレスを抱えているのかな。柘榴塚くれろっていうんだけど。


「それより直翔さん、懸賞当たったそうですね。おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


 あからさまに話題を変えられたけど、僕はそのにこやかに受け入れた。


 でも【百年の滴】に関しては、ネットでずいぶん話題にして、もう語り尽くした感があるんだけどなぁ……まあリアルで顔を合わせて話し合うのは初めてだし、こんなもんなのかな。


「まさか当たるとは思ってなくて。ソースをダース買いした甲斐がありました」


「ダース? ダースって12本ですよね。ソースを12本も買ったんですか?」


「そうですけど……」


【アメリアソース・百年の滴】の懸賞応募券はソースのキャップについていて、それを12枚集めてアメリアソース株式会社に送るっていう応募方法だったから、ソースは12本買わなきゃいけなかった。

 でもソースマニアとしては外せないから、お小遣いからお金を捻出して、もちろん母にも協力を仰いで、12本なんとか揃えたんだけど。


「おこのみ革命さん、じゃなかった成さんは二ダース買ったんですよね?」


 だっておこのみ革命さん、2回応募したけど当たらなかったってネットで言ってたし。なのになんでたった12本で驚いてるんだろう?


「えっ」


 成さんは戸惑ったような声を上げた。視線が斜め上を向いたけど、すぐ笑顔になって僕を見る。


「そうでした、そうでした。大変だったなぁ、ソース消費するの。でもソース好きだからすぐに使い切っちゃって」


「さすが成さん。24本を使い切るなんて、やっぱり凄いな。僕はまだ5本残ってますよ」


「え、そうなの。あの……なんにでも掛けまくってたから……」


「なんにでもって、ご飯とか?」


「え、ええ、そうです。ソースライスですね。ソーライスともいうやつ……」


「僕もやります。あれ美味しいですよね。ソースの味がいちばん正直に出る」


 熱望していたソース話だ。食い気味に話題を広げようとしたんだけど、成さんは曖昧に微笑むだけで、黙り込んでしまった。


 ……あれ? おかしいな。ネットの感じだと、僕と同じくらい――いや、それ以上のソース好きのはずなんだけど……。

 そんなことをしていたら、食事が運ばれてきた。


 僕はビーフシチューオムライスで、成さんは鉄板皿に載ったアンガス牛のハンバーグだ。


 さっそくソースをたっぷり掛けて、スプーンで一口食べる。

 ――うん、美味しい。酸味強めのソースがビーフの油とシチューのコクをうまく中和して、後を引くうまみを生み出してる。


 ふと目を向けると、成さんもハンバーグを食べていた。――あれ? おかしいな。ソースを掛けていない。

 さっきは『なんにでもソースを掛けまくる』って言ってたのに……?


「ん! ハンバーグ美味しいです。さすがフェアなだけのことはあります!」


 そこでやっと僕の視線に気づいたらしい。彼女はさっと顔色を蒼くした。


「あ、あの。まずは素の味を楽しもうと思って。ソース、掛けちゃおっと」


 とソース瓶を手にして掛ける。……でも、少量だ。ほんのちょっぴり。

 えぇ……おかしいな?


「あっ、もっと掛けようかな」


 僕の顔を伺うようにして、ソース瓶をほぼ垂直に傾ける。ドバッと出てきたソースがハンバーグを浸していくのを、僕はまじまじと眺めた。

 なんか、様子がおかしい。


 もしかしたら、この人はおこのみ革命さんじゃないのかな……?


 そんな考えが、ふと頭をよぎった。


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