第2話 柘榴塚くれろ、ぬいぐるみを解体する
「で、僕はその日のうちに奥野家に行ってみたんだよ。もちろんパンクババアについてYouTubeで調べてからね。その日はちょうど塾の日だっていうから、怖がる弟くんを――夏高くんっていうんだけど、夏高くんを説得して一緒に塾に行ったんだ」
奥野くんから事件解決を頼まれて一週間ほどが経った日の放課後、僕は家庭科室でとある女子に事件のことを愚痴っていた。
なんで家庭科室かって? それは、僕が家庭科クラブに入っているからだ。そしてもちろん愚痴相手も家庭科クラブの部員である。
放課後の家庭科室には僕ら以外にも十数人の家庭科クラブ員たちがいて、思い思いに作業をしている。
今日はこれといった活動内容が決まっていないから、ある人は裁縫の手を止めて友達との話しに盛り上がっていたり、ある人は編み物棒を動かしながらも口はお喋りしていたりしていた。
部員はほとんど女子だからか、全体的にお喋りが花盛りで賑やかだ。一方的に僕が彼女にお喋りしていてもまったく浮いていないくらいにね。ありがたいことだ。
とはいえ、僕もご多分に漏れず手芸作業をしていた。でもお喋りに夢中になっている僕は、刺繍枠にピンと張った布に太めの刺繍針で鮮やかな黄色の糸を刺すのもそこそこに、話相手の女子の顔を見ながら話を続けていたのだった。
「だけどパンクババアなんか出なくてさ。念のために塾に来てる他の子たちに『パンクババアに会ったことがある?』って聞いてみたんだけど、誰も会ったことがないって。あ、パンクババアのことはみんな知ってたよ。さすが流行りの都市伝説だよね」
家庭科室用の大きな机(蓋の中に二口コンロが隠れている)の角を挟んで座った僕の愚痴相手は、
つい先日――つまり今年の4月にこの
転入したての彼女の制服は、なんだか借りてきた衣装みたいだ。朱色のリボンなんかテカテカに輝いているし。
彼女は小動物を思わせる丸っこい目が特徴の可愛い系の顔立ちで、髪がぼさぼさのショートヘアじゃなければもっと可愛くなっただろうに、とちょっと残念になる女の子だった。自分を可愛く見せることには興味がないみたい。
そんな彼女だけど、僕の話は聞こえてはいるんだろうに相づちも打たず、目をじっと手元に吸い付かせている。
柘榴塚さんがしている作業は、一目で見て分かるくらい異様なものだった。
100均で買ってきたらしい小さなクマのぬいぐるみを解体しているのだ。
耳、腕、円ボタンの目、足をリッパー(糸切りピック)で切り分けて、糸をほどいて、一部位ずつ几帳面に机の上に並べて……。それはちょっと、精神状態が心配になるような光景だ。
でも柘榴塚さんって僕のクラスメイトで、しかも同じクラブに入っているわけで。これってけっこう縁が深いと思うんだ。これはもう仲良くなるっきゃないよね、やっぱり。というわけで、無視されてもめげずに話しかけてるんだけど……。
「でさ、パンクババアなんか出ないじゃん! ってことで次の塾の日は夏高くん一人で行ったんだけどさ……」
ここで僕は声を潜めて、精一杯の不気味さを演出する。柘榴塚さんの気もこれで引けたらなー、なんて思ったりしながら。
「また自転車パンクさせて泣きながら家に帰ってきたっていうんだ。また出たんだよ、パンクババアが」
その直後、何故か妙な間が生まれた。
白々しい空気が僕たちの間に流れたのだ。
家庭科室の戸棚にしまわれたステンレス製のボウルに、夕陽が当たって輝いているのが目に付いた。――その光が、柘榴塚さんの横顔をやけに冷たく見せる。
柘榴塚さんは「はぁ」とこれみよがしなため息をすると、解体中のクマのぬいぐるみを、少し苛ついたように机に置いた。
「それを私に話してどうしたいの」
まるっこい瞳を精一杯鋭くして僕を睨み付けてくる。
無造作なぼさぼさショートヘアにつぶらな瞳は、中学二年生というよりは小学生みたいな印象だ。
「どうって、面白くない? これは謎だよ、謎」
「全っ然面白くない。都市伝説? そんなの嘘に決まってるでしょ。塾に行きたくなくて適当なこと言ってるだけだよ」
「あ。僕の話、ちゃんと聞いててくれてたんだ」
僕がにっこり笑うと、彼女は反比例的に仏頂面になって、リッパーをぶすっとぬいぐるみに突き刺した。
「水間くんがうるさく喋り続けるから、聞きたくもないのに耳に入ってきたの」
唇を尖らせる柘榴塚さんだけど。
ふふふ。頬がちょっと赤いの、僕は見逃さないからね?
人を寄せ付けないオーラを放つ柘榴塚さん。でも案外、可愛いところがあるんだな。
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