道理でおかしいと思った。あんたは異世界から現代社会に来たんだ。その転生ボーナスがスペシャル迷惑だっつーの!

愛川蒼依

第1話 それ、すごくズルくないですか?

 道理でおかしいと思った。あたしは気づいていたんだ。

 それにはっきり気づいたのは、あいつを渋谷のイケアに付き合わせている時だった。あいつは、金属のケージにあふれるように積まれた売り物の犬のぬいぐるみの前で、その一つの頭をなでていた。その様子を、小学生前の女の子が二人、食い入るように見入っていた。

 あいつが、ぬいぐるみの犬をなでると、その頭がポンと下がってまた元に戻る。額から上に向かって親指を滑らせると、犬は目を見開き嬉しそうにあいつを見上げる。そう、あいつが犬をやさしそうに見つめるまなざしと相まって、ぬいぐるみの犬は生きていた。今のも小さく吠え出して、しっぽを振りそうなのだ。あいつがボールを投げたら、走り出すに決まっている。

 女の子たちは、まるでペットショップにいるかのように、息を止めて見入っていた。そうだろう。あたしだって目が離せないんだから。

 あいつがモノに命を吹き込むのは全く初めてではない。あたしの家で猫型の添い寝枕をなでたときも、大きな不細工な猫が喜びでとびかからんばかりにはしゃいでいた。

「ん?どうかした?先行こうか?」

 あいつはぬいぐるみに命を与える手を止めて、あたしの横に滑り込む。

 女の子たちはあいつがなでていた子犬に駆け寄るが、もうその子犬はただのぬいぐるみに戻っている。あたしは、二人の落胆した様子を見ていられずに目を背ける。

 どう考えてもこれが魔法だとなんで今まで気づかなかったんだろう。


 一見こいつは普通の会社員だ。だがこいつは、やたらにコンピュータに強い。いや、普通にソフトの使い方を知っているのとは違う。むしろあいつはワードやエクセルの使い方なら不得意なくらいで、文系的なあたしの方が上手なくらい。こいつは、ワードやエクセルの使い方がわからなかったら、さっさと新しいプログラムを苦もなく作る。そのプログラムを作るのに適したプログラミング言語を選んで。

 こういうのも魔法みたいだなとよく思っていた。コンピュータたちは、こいつが相手だとぐずりもせず、本当に気分良く働くのだ。コンピュータたちだけじゃない、モノさえも操られているとは先ほどまで気づかなんだ。


 そうだ、プログラムが作れるかどうかじゃなかった。こいつ、そもそも何だか知らない数学を使うんだ。

 あたしがこいつの友達とダブルデートしたとき、生命の起源はどこだったかと話になったら、こいつはなにかごにょごにょ言いながらナプキンに数式に見えなくもないものを書き始めた。何回か偏微分とやらをして、こいつの中では、どうやら生命の起源は地球ではありえないという結論になったようだった。あたしが困って目を上げると、あいつの友達も同じ目でこっちを見てきたから、こいつは生物学の業界でも普通じゃないことをしていたとわかった。

 こいつ、数学は言葉だとか言っていた。意味わからん。そもそもこいつは言うことやること考えることみんなおかしい。


 思い出してきた。つながってきた。

 あたしの親友のエリカはアイルランドから来てもう20年も日本にいるのに、風邪をひきそうになったらすぐ葛根湯を飲むくらいもう日本人なのに、こいつと猥談するときは英語を選ぶって言ってた。こいつ、外国なんて住んでいたことないはずなのに、なんだか知らないけど英語をきれいにしゃべる。そうだ、こいつ、言葉が得意なんだ。英語以外にもフランス語を話すのも聞いたことある。コンピュータ言語だって、私でも聞いたことがあるようなJavaとか以外にも、女の名前が付いたやつとか、30個くらい使えるらしいし。相手が機械だろうと人間だろうと、言葉に対するなんかズルい才能があるんだ。魔法だって言葉で唱えるんだろう、きっと。こいつだったらきっと高レベルだろうから、無詠唱魔法だって使えるんじゃなかろうか。ん?それだと言葉の才能は関係なくなるのか?

 なんだかこんがらがってきたが、こいつがズルいやつだとはわかってきた!


 ラノベやらなろう系とやらでは、ダンプに轢かれて死ぬと、転生ボーナス付きで生まれ変わって異世界で活躍するらしい。そんな話が、この現代日本で受け入れられているということは、どこかに少しでも真実が含まれているからではないか。そして、この世界からどこか別の世界に行くことがあるなら、どこか別の世界からこの世界に来てもいいではないか。

 だとしたら合点がいく。こいつはどっかから来て、転生ボーナスがついているんだ。あらゆる言葉を扱う才能があるんだ。機械を扱うには機械の言語、人間には自然言語、そしてモノには魔法語を使うということだ。だから機械にも人間にもモノにも、好かれるんだ。

 それ、すごくズルくないですか?


*****


 ん?ちょっと待てよ。落ち着けあたし。

 この転生ボーナス、あたしに対して作用してないか?それもかなり直接的に。

「大丈夫、有希子?さっきからぼーっとしてない?」

 あたしはやつを見つめる。

 あたしがちょっと背が高めだから、ヒールをはくとこいつをちょっと見下ろす形になる。中肉中背、やや筋肉質なくらい。どこにでもいそうな男。

 でも、あたしは知っている。こいつは意外とモテる。後輩の中には露骨にべたべたする女もいるし、あたしの女友達連中にも妙に好かれてる。優ちゃん、恵ちゃん、あんたらのことよ。女だけじゃない。こいつは人に好かれる。妙に存在感がある。

 でもこいつは人に好かれるだけじゃない。電車でお年寄りに席譲ったりなんて当たり前。でも人助けが趣味みたいな変な圧迫感もない。たまたま乗ったタクシーの運転手さんにもホントに丁寧に楽しそうに話しするし、エレベータに乗ってきたワンちゃんと飼い主とも楽しく話してブドウとかもらっちゃう。学会でサンフランシスコに行ったときなど、一日目は教授連中とお食事してワインの銘柄教わってたけど、二日目はストリートでBARTのチケット買って知り合ったウェイ系黒人と地元のバーに行ってハイファイブしてたらしい。分け隔てなく人に接するところ、泣けるほど尊敬しちゃう。

 コミュニケーション能力が高すぎるんだ。そうだこれも、転生ボーナスのせいなんだろうか。

 すると、あたしがこいつをいいと思っているのは、転生ボーナスのおかげに過ぎないのか?あたし、そんなことに騙されているのか?

 冗談じゃないんですけど!


 思い返せば、会社の研修でたまたま出会ったのが知り合うきっかけだった。その後、友人と共に1-2回ほどみんなで食事する機会があった。だいたい、平日の待ち合わせであっても、遅れないように上司を振り切れるのはあたしとこいつだけだったから、自然に二人で会うようになった。ファーストネームで呼び合うようになったのもすぐだった。

 すごく自然な成り行きで、こいつはあたしのアパートに来るようになった。こいつが部屋に来ても、あたしが困ると思うようなことは何もしないし、してほしいことをしないでいることもない。むしろ、部屋奥からさりげなく声をあげてあたしを口説きかけてた宅配ピザ配達人に男の存在をアピったり、あたしがトイレに行きたいところを見計らって花に水をやりにバルコニーに出たり、能天気なあたしが気付かないことにも先回りしてくれる。

 こいつがこういうことできるの、転生ボーナスがあるからってだけなのか?

 あたしが、こいつといるのは、こいつの転生ボーナスの影響にもっとも弱かっただけ?あたしが最も強く引っかかっただけってこと?

 ちょっとあり得ないんですけど!

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