推し活に疲れたので異界の洋館で『物語』を食べたら、私が最高の推しになっていた件 ~ドール館の百合フルコース~

malka

アペリティフ(食前酒)編:自分自身との百合を食す

第1話 『推しを失った灰色の私、狂気の”物語”を試食する』

 ――これは私が、私だけの『色』を手にした、『推される』存在へと至るまでの物語。



 推しがいなくなった。限界まで貢いで、リボ払いの残高だけが残った。

 世界から色が消え、アスファルトの灰色だけが目に痛い。

 息が詰まるような無味乾燥な現実から、どこか遠くへ行きたい――そう願った瞬間だった。


「どうぞ」


 目の前に、無色透明な飴玉が差し出されていた。

 顔を上げると、そこには異様に整った顔立ちの少女がいた。

 灰銀色のツーサイドアップ。ガラス玉のような翡翠色の瞳。

 上質なクラシカルメイド服に身を包んだ彼女は、人間離れした美しさで、けれど不気味なほど無表情に私を見上げていた。


「……え?」


 不審がる間もなかった。

 少女が背伸びをする。

 唇に、氷のように冷たく湿った感触。


「ん……っ!?」

 彼女の舌が、飴玉を私の口内へと強引に押し込んだ。ころん。とした感触だけが、口の中を喉奥へ転がり落ちる。

 無味無臭? 混乱する思考のまま飲み込んだ瞬間、世界が反転した。



 気がつけば、私は濃密な霧の中に立っていた。

 アスファルトは湿った土へと変わり、都会の喧騒は死んだような静寂へ。

 霧の奥から漂うのは腐りかけた果実を煮詰めたような、濃厚で背徳的な芳香。

 胃袋が強烈に収縮する。


 食べたい。満たしてほしい。この空っぽの心を、何かで。


 目の前には霧に煙る古びた洋館。

 ギィィィ……と重厚な扉がひとりでに開き、私を招き入れる。



「あら……。まぁ、なんと可哀想な」


 鈴を転がすような声。

 出迎えたのは、先ほどのメイド少女だった。胸元には『紗雪』の刺繍。


 先程とは打って変わ手、彼女は満面の笑みを浮かべて私に駆け寄ってくる。

 その動きは重力を無視したように軽やかで、どこか作り物めいていた。


「こんなに冷え切って……お腹も空いているのでしょう? 色は褪せ、輪郭もぼやけて……ふふ、素敵。最高に『空っぽ』ですわ」


 彼女の手が私の頬を包む。陶器のように硬く、死人のように冷たい。

 けれど、今の私にはその冷たさが心地よかった。

(可愛い……)

 こんな怪しい状況なのに、私の壊れた頭は彼女を『推せる』と判断してしまう。


「ようこそ、『ドール館』へ。……ここは、あなたのような迷子のための終わらない晩餐会の会場ですわ」


 導かれるまま深紅の絨毯が敷かれたダイニングホールへ。

 シャンデリアが音もなく灯る。

 長いテーブルの奥、上座に一脚だけ用意された椅子。その傍らに、もう一人の影が佇んでいた。


「ようこそおいで下さいました、お客様。……それと、紗雪。拾い食いはお行儀が悪いですよ」

「拾い食いじゃないわ! この人が迷子になっていたから」


 氷を砕いたような冷徹な声。

 和風ゴシックの装いに、ハーフアップの白髪を赤いリボンで結ったメイド――『綾霞』。

 彼女の薄赤色の瞳が、私を値踏みするように射抜く。


「ですが……ふむ。確かに、良い『器』かもしれませんね。中身が空っぽな分、たっぷりと詰め込めそう」

「ええ、ええ! そうですわ! この方はきっと、最高の『お客様』になれますわ!」


 紗雪に椅子へ座らされ、涎掛けのようにナプキンを着けられる。

 逃げる気力など、とうに失せていた。

 ただ、これから始まる『ナニカ』への期待で、指先が震えている。


「さあ、始めましょう。……お客様の乾いた喉を潤す最初の一杯、食前酒(アペリティフ)を」


 綾霞がワゴンを押してくる。

 載っているのは、氷で冷やされた一本のシャンパンボトル。

 ラベルには、煌びやかなドレスを纏った令嬢の絵が描かれている。


「今宵の幕開けは、『追放令嬢セルフ百合』。……自分自身を愛しすぎたが故の、ナルシシズムのスパークリングでございます」


 ポン、とコルクが抜かれる音。

「えへへ。このドール館は特別。かつてオーナーが描いた物語……今なお紡がれ続ける、物語の断片を食材にしているのよ」

 紗雪が嬉しそうに囁く。


 物語を、食べる?


 グラスに注がれたのは、薄紫色の液体。

 シュワシュワと弾ける泡から、解放感と高揚感の香りが立ち上る。

「どうぞ。……まずは、その倦み、疲れた舌を洗い流してくださいませ」


 私は震える手でグラスを煽る。

 液体が喉を通り、胃に流れ落ちる――。

『聞かなくていいわ。あんなゴミの言葉』

 脳内に、甘く傲慢な声が直接響いた。


 次の瞬間、口の中で紫色の稲妻が弾け、私の意識は物語の中へと叩き落とされた。



 ◇  ◇  ◇



「……っ、ぐ!」

 喉を焼く炭酸の刺激が、不快な怒号となって脳髄に反響する。

『不貞の子』『恥さらし』脂ぎった男の顔。唾の飛ぶ距離まで迫る醜悪な父親の顔で、視界を埋め尽くされる気がする。

 嫌だ。怖い。息ができない。


 けれど。不快な声が消える。

 私の背後から伸びた冷たい手が、耳を塞いだ。

『聞かなくていいわ。あんなゴミの言葉』

 先程と同じ、甘く、傲慢な囁きが脳内に響くと。


 ドンッ!! 衝撃音。今まで自分を見下ろしていた『恐怖の象徴』が、ゴミのように吹き飛び、壁のタペストリーに染みを作る。なんて……なんて、胸がすく光景。


 視界の端に映るのは、私と同じ顔をした二人の少女。

 片や大剣を担いだ戦乙女。片や妖艶な魔女。

 彼女たちが暴れるたびに、執務室が無残に破壊されていく。

 破壊音は、まるで心地よい音楽だ。


「これ、いただいちゃいましょ」

 魔女の手が、棚から一本の瓶を取り出す。『時の雫』――最高級の秘薬。

 グラスに注がれたルビー色の液体が、私の喉へ。


(熱い……ッ!)


 飲み下した瞬間、胃の腑から紫色の炎が燃え広がるような感覚。

 血管の一本一本に、マグマのような力が奔流となって駆け巡る。

 縮こまっていた魂が、内側から食い破られるように拡張する全能感。


 現実の私の口から、恍惚とした吐息が漏れる。

 これはただの食前酒じゃない。


『覚醒』の味。


 ◇  ◇  ◇



「……ふふ。良い飲みっぷりですこと」

 現実の声が、遠くから響く。


 気がつけば、グラスは空になっていた。

 今のは? 束の間の、幻覚?


 はぁ……はぁ……ッ。

 私は荒い息を吐き、テーブルに突っ伏す。

 身体が熱い。


 指先を見ると、爪の先がほんのりと――薄紫色に染まっていた。


「あら、もう染まり始めましたわ。……素直な身体」

 紗雪が、私の変色した指先に口づけを落とす。


 その瞳は、愛玩動物を見るように甘く、そして底知れなく暗い。


「もっと飲みなさい。もっと染まりなさい。……あなたのその空っぽな中身を、わたくしたちが『物語』で満たして差し上げますから」

 綾霞が無言で、二杯目を注ぐ。

 泡の弾ける音が、私にはもう、自分を呼ぶ歓喜の歌声にしか聞こえなくなっていた。

 もっと欲しい。この甘いナニカで、私を塗り潰して欲しい。満たして欲しい。

 私は震える手で、空になったグラスを紗雪へと突き出した。




【本日のメニュー:Aperitif - 食前酒 乾杯のシャンパン 1st】

『追放令嬢セルフ百合』~3人の私自身が奏でる、ナルシシズムのスパークリング~

 第1章 『愛しい過去(わたし)へ、血塗れの口づけを』

 https://kakuyomu.jp/works/822139840155544915




 ◆◆◆ ◆◆◆ 『百合』 冬の特別フルコース ◆◆◆ ◆◆◆

 グランドメニュー

 ~12月の夜毎に供される、愛と狂気のスペシャリテ~


【Aperitif - 乾杯のシャンパン】

 12/1~12/3 全3章

『追放令嬢セルフ百合』 ~3人の私自身が奏でる、ナルシシズムのスパークリング~

 コースの始まりは、華やかで痛快な『ざまぁ』の泡立ちを。

 未来から来た2人の私と私が愛し合う高揚感で、カクヨムコン11の開幕を祝います。


【Hors-d'oeuvre - 前菜】

 12/5~12/8 全4章

『邪神百合配信』 ~極彩色ダンジョン風、不定形な邪神娘のカルパッチョ~

 灰色の日常に鮮烈な『色彩』を与える、視覚で味わう一皿。

 現代的な配信のトレンド感と、無邪気な独占欲の酸味(狂気)が食欲を刺激します。

 ※クトゥルフ神話的、コズミックホラー味あり


【Potage - 温かいスープ】

 12/10~12/12 全3章

『竜ドレス』 ~天竜の溺愛をじっくり煮込んだ、黄金のコンソメスープ~

 刺激的な前菜の後は、胃に優しい極上の温もりを。

 星をも砕く竜が、少女のためだけに注ぐ『過保護』な旨味が、冷えた身体に染み渡ります。


【Poisson - 魚料理】

 12/14~12/16 全3章

『花咲姫』 ~氷結と開花、二つの才能が織りなす白身魚のヴァプール~

 繊細な火入れが命の一皿。

 無能と蔑まれた姫が才能を開花させるカタルシスと、騎士との融解する愛を、美しい物語仕立てで。


【Granité - お口直し】

 12/18 全4章を一気読みで

『氷の精霊と魔女』 ~甘い一日を凍らせた、氷精霊のクリスタル・ソルベ~

 ここで一度、ナイフを置いて一休み。

 戦いも葛藤もない、ただひたすらに甘く冷たい『幸福』だけで、お口の中をリセットしてください。


【Viande - 肉料理(メイン)】

 12/20~12/23 全3章

『和風山神百合』 ~白無垢の生贄、鮮血のソースを添えた神のレアステーキ~

 本コースのメインディッシュ。

 野性味あふれる「和風」の舞台で、神への献身と、穢れを断つ暴力的なまでの『赤』をご堪能あれ。

 噛みしめるほどに愛が溢れます。


【Fromage - チーズ】

 12/25~12/27 全3章

『双子聖女』 ~熟成された痛みと快楽、ゴシック・ブルーチーズ~

 デザートの前に、少し癖のある濃厚な味わいを。

 傷を分け合い、互いを食む双子の共依存は、ハマれば抜け出せない背徳の味。

 ※過激、刺激的な描写が含まれます。クリスマスにはじまる、血と背徳の冒涜を。


【Grand Dessert - グランデセール】

 12/29~12/31 全3章

『深海図書館の封印姫』 ~1,000年の夢と終末世界、深海色のジュレとキャンディー~

 宴の最後を飾るのは、透き通るように美しく、キュートな甘さ。

 永き眠りから覚め、新しい世界へと旅立つ二人の姿に、素晴らしい未来への希望を添えて。


【紅茶とお茶菓子】

 1/1

 ※対応短編無し。本作のエンディングとともに、新年を迎えます。


 ◆◆◆ ◆◆◆ 是非ご賞味あれ ◆◆◆ ◆◆◆







 ※※※ ◆ ※※※ 筆者注釈:とても大切なご案内 ※※※ ◆ ※※※

 本作は同時連載の短編小説八作品と連動しています。

 短編をお読みにならずとも、1本の長編作品として完結しますので、どうかご安心ください。


 ただし、より深くこの『物語』をお楽しみいただけますので是非、短編もお読みいただけますと幸いです。

 都度、対応する短編の話数へのリンクを末尾にご案内します。

 各短編も、将来個別に長編化する可能性があります。

 また、近況ノートにも画像形式(イメージイラストあり)も順次掲載します。

 作品は全て、百合(ガールズラブ)テイストです。

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