最凶の極悪魔王、転生したら最強の末っ子王子だった

斧名田マニマニ

第1話 奇跡の赤ん坊に転生した

「極悪非道な魔王よ。おまえもこれで終わりだ!」


俺の喉元に剣を突きつけた勇者が、高らかに宣言する。


「極悪非道? それはお互い様だろう」


乾いた笑いが、血とともに零れる。


たしかに俺は、敵に対して容赦のない魔王だった。


だが、世界を侵略しようとしたことなど一度もない。

魔族の領域に侵攻し、領域を荒らし、民を殺したのは常に人間側だった。

俺はあくまでも応戦しただけだ。


ただし、手加減は一切しなかった。

牙を向けた敵には、容赦のない制裁を与えてきた。

卑劣な者には、想像を絶する地獄を見せた。

極悪非道と呼ばれる所以だ。


とはいえ、勇者の側も俺と大差ない。

むしろ卑怯ぶりでいったら、こちらが見習いたいぐらいだ。


今だって、俺は奴による騙し討ちにあって、命を奪われようとしているのだから。


「和平交渉に応じてやった礼がこれか。結界で閉じ込め、背後から襲撃するとは……。勇者の名が聞いて呆れる」


地に這いつくばったまま、勇者の整った顔を見上げる。

勇者はひどく歪んだ笑みを浮かべていた。


「騎士道精神に欠けていたことは認めよう。だが、こうでもしないと貴様を仕留められなかった。最強の名をほしいままにした魔王。貴様は強すぎたんだ」


この間にも、俺の腹部からは、温い血が止めどなく流れている。

視界の端で、それが細い川のように伸び、地面へ吸い込まれていくのが見えた。


ああ……俺は、死ぬのか。


「なあ、魔王。おまえの死を祝って、いくつの国が花火を打ち上げると思う?」


勇者が勝ち誇った声で問いかけてきた。


遠くからは、人々の大歓声が聞こえてくる。

俺を罵る声、侮辱、憎悪。

それらが波のように押し寄せ、俺を飲み込んでいく。


世界中が喜んでいる。

俺が死ぬことを、心の底から祝っているのだ。


誰にも愛されず、必要とされず、求められるのは死だけ。

生まれた瞬間から憎まれ続けた。


(くだらない人生だったな)


胸に渦巻くのは絶望ではなく、怒りだ。

運命に。世界に。自分の人生すべてに。


だが、それももう終わる。


血の海に沈みながら、笑みが漏れた。

その首に、勇者の剣が振り下ろされる――。


◇◇◇


――そのまま俺は死んだはずだった。


でも、次に気づくと、こうして意識が残っていた。


どうなっているんだ?


魔王といえ、首を切り落とされて生き延びられるはずなどないんだが……。


困惑しながら重い瞼を押し開ける。


眩しい。


視界に映ったのは、巨大な天井と黄金のシャンデリアだ。

見覚えはない。


起き上がろうとしたが、手足がふにゃりと動いただけだった。


視界に映った自分の腕を見て、呼吸が止まる。


ぷくぷくの小さな指。

まだ骨格も頼りない、赤子の手だ。


……なんだ、これは。

何が起きているのだ……?


愕然としながら、体を起こそうとする。


だめだ……。

動けない。

寝返りさえ打てそうになかった。


まさか……俺は赤子に転生したのか……?


死後、魂が記憶ごと別の肉体へ移る現象を『転生』という。

そういう事例は、魔術の歴史書に僅かだが記録されていた。


転生に関する知識をさらに思い出そうとしたとき――。


「目覚めたのか……!!」


突然、興奮した男の声が聞こえてきた。


急いで駆け寄ってくる複数の足音がする。


……俺を殺しにきたのか。


何百回と暗殺者を送られてきた身だ。

こういうときは、もう体が勝手に危機感を覚えるようになっている。


脳ではなく、本能が叫ぶ。


自分を守れ。

二度と、俺を憎む者の好きにさせるな……!!


……だが、待て。

こんな不自由な肉体でどう戦えと言うんだ。


しかし、このままでは命を奪われるだけだ。


とにかくなんでもいい。

魔法を放つとか、バリアを張るとか、やれることを探すのだ。


その結果、俺に唯一できたのは――。


「おぎゃああああああああああ!!」


強烈な泣き声を上げることだけだった。


ところが、その直後——。


ピシャッ、ドンッッ!!

ゴオオオオオッッッ!!


稲妻が走り、落雷が起こる。

強烈な地震が起こり、建物がグラグラと揺れる。


四方八方から悲鳴が響いた。


は……?

なんだこれは……。


信じられないことだが、俺が泣いただけで天変地異が起きたらしい。


最強と呼ばれた魔王時代でも、こんなこと到底できなかった。


どうやら、この赤子の中には、魔王だった前世を遥かに上回る、桁外れの魔力が宿っているようだ。

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