002:貴方との思い出

◆今回はレイル視点です

――――――――――――――――――


 いつからだろう?

 彼が、私を道具エースとして扱うようになったのは。


 彼が出ている間に――。

 シェルターに襲撃してきた盗賊達を、私一人で皆殺しにした時から?


 裸で彼の布団に入って――。

 「愛してる」と覆いかぶさった時から?


 ヤマトが撃墜されかけた時――。

 余ってたロボに乗って、敵部隊を全滅させた時から?


 きっとどこかで、彼は私のことを同類モブではなく――英雄エースだと。

 別の種類の生き物ネームドだと見限ったのだろう。




                 ◆ ◆ ◆




「大丈夫かい、君。……よし、何もされてなさそうだな。逃げるよ」


 記憶の最初はそう言って、ヤマトが手を引っ張ってくれたこと。

 そのままシェルターに連れてこられて、すぐ飲まされた温かいコーヒーの味を今でも覚えている。いや、げろ苦かったんだけど。砂糖たっぷり入れたものじゃないと、今でも飲めやしない。


 ヤマトから大抵のことは学んだ。


 白兵戦闘、操縦技術、基礎的な勉学、まぁ人並み程度のこと。

 私が”ボク”と名乗るようになったのも、ヤマトの話し方を真似したから。


 今のヤマトは――傭兵稼業で舐められないためか、あえてチンピラみたいな言葉と態度をするようになったけれど……ああいうスレた態度も割と好きだ。


 でも私が真似しようとしたら、こっぴどく怒られた。

 ヤマトは私のことを当初、お姫様扱いしていたのだ。


「実戦がしたい? まだまだ早すぎるよ」


 操縦技術の訓練こそすれ、実戦には到底出してもらえない。

 一緒にロボに搭乗し、あれやこれやとコーチングするだけのおままごと。


「一緒についてきたい? ははは、街は危ないからね。お留守番しといてね」


 街へ行くことだって無く、基本的にはシェルターで過ごす。

 一人でいる時間はとても寂しく、それこそ止まっているぐらいに感じた。

 いつも見ているホームドラマがやけに心にしみる。


「こら! アバズレなんて言葉使っちゃいけません!!」


 ちょっと映画のマネをして、汚い言葉を使ったらそれはもう怒られた。

 窮屈かもだけれども、当時の私は「そういうものかな」と受け入れたものだ。今思えば、それは私のことを守りたい、という至極真っ当な話と、ちょっとの独占欲がそうしたのだろう。


 お姫様ってそういうものだからね。

 少なくとも、おかげさまであのときまで――私の世界は彼一色だった。

 それが変わったのは、やっぱり押し倒したときだろうか。


「――――――おまえに”愛してる”なんて言葉はまだ早いよ」


 それは私に対する初めての、明確な拒絶だった。

 たしかに、具体的に何をするかなんて知らなかった。


 ちょっと仲のいいカップルが映画の流れでするような行為だと、そう認識していた。

 結局、期待していたような事は起こらなかった。


 私は何もされずに部屋から締め出されたのである。

 侵入者を皆殺しにしたご褒美に、ちょっと映画みたいなことをしてほしかっただけなのに。


「なんなんだよぉ、ヤマトのやつ……」


 でもそれから私はシェルターから出してもらえるようになった。

 ヤマトの買うダサいお子様みたいな下着はやめて、自分で買うようになった。


 好きなおもちゃ、好きなゲーム、好きな映画を見れるようになった。

 その流れで、ちょっと大人な一人遊びを始めるようになった。


 ヤマトがそれを見て見ぬふりをする――。


 その程度のプライバシーと自由を得たのだと、ハッキリわかった。

 でも彼はもう、私をお姫様だと思っていないのだと悟ってしまった。


「レイル、今日から俺の依頼についてこい」


 彼の依頼に同行するようになった。


 初めは簡単なサポートから。

 ロボで出撃するなんてことはなかったけれど。


 まぁ、私はいつ出撃させてくれるんだろうとワクワクしていたけどね。


 そんな日々が続き、ある日ヤマトがピンチになった。

 敵は五機。一機を除いて、どれも大した実力じゃなかったのだけれども。

 その一機がヤマトを追い詰めていた。


「助けなきゃ……!」


 その日はたまたま回収した空き缶ロボが氷上船に乗っていて、私は急いでそれに乗った。

 当然だけれども、ヤマトを失いたくなどなかった。


 結果として――私は五機を数分間でスクラップにした。

 手こずったのは最初の一機のみ。他の四機は一機三十秒もかからなかっただろう。


「ヤマト、大丈夫? ――――良かった! 無事で!」


 その日から、私は彼の道具レッドキャップとなった。


 それに不満や恐怖はない。

 ヤマトは正しく、私の実力を理解してくれていた。

 無茶な依頼など決して出さないし、戦術もサポートも完璧だった。


「すごい!! 翼が生えたみたい!!」


 私はこれが天職だと思った。

 だからもし仮にヤマトがいまさら降ろそうたって――私はパイロットを続けるだろう。


 もちろん永遠に勝ち続けられるなんて思ってるわけじゃない。

 死んだら死んだ。その時はその時。


 ヤマトはきっとそうなれば、死ぬほど悔やんでくれると思う。でもそれはいい。

 愛する人の傷になれるなんて、きっとどれだけ素晴らしいことか。


 ――――けれど、私だって悪魔じゃない。


 もし彼が全力で止めてきて――それこそ私に伴侶になれだの、もう戦うのは辞めてくれだの。

 俺と引退して一緒にカフェでも開こうなんて言ってきたら――。


 その時は、私はこの翼を捨てられる。

 あの人と同じように、地べたを這いつくばって生きてあげる。


 それが愛だと――今の私は識っている。


「レイル、起きろ。出撃の時間だ」

「ふぇ」


 ――――寝ぼけていた。

 彼が私を叩き起こして、氷上船に連れていく。

 傭兵派遣会社”メタルコネクト”という立場になっても、私達の関係は変わらない。


 いつも通り、ヤマトがサポート。私が出撃。


 まぁ……たまに乳のデカいエンジニア女イーリエがサポートに回ったり。

 媚びへつらってくる発情期の雌猫ミロクが一緒に出撃したり。

 それらにサポートを任せて、ヤマト自体が出撃することもあるけれど。


 基本は変わらない。

 私はいまだこの人の道具エースで、翼なのだ。


「今回は徘徊する自動大型ドローンの破壊。そこまで難しくはないだろ」

「ふふん、お茶の子サイサイだね。すぐ倒したら何してくれる?」

「急がなくていい。だが一撃も喰らわなかったら――そうだな。新しいゲームでも買ってやる」

「バーチャルシフトの新作ね。えっちぃ奴」

「駄目」

「え~~!!」


 そんなことを言いつつ、氷上船は進んでいく。

 たしかに目的地には自動大型ドローンがひのふのみ……七体ぐらい。


 いずれもでっかい犬みたいなドローンで、レッドキャップの半分ぐらいの大きさ。

 ま、私ならそう苦戦はしないはず。


「それじゃあぱぱっと倒してしまうよ。ご褒美考えといてね」

「ああ、わかったわかった」

「ほっぺにチューでも許してあげるよ」

「ずいぶん安上がりだな」

「ボクのほっぺは安くないけど!?」

「俺の唇は高いぞ」

「いくら?」

「内緒」


 ――なんて軽口を叩きつつ、いつもどおりレッドキャップに搭乗し、起動する。

 ぐぉおおおおん、と小気味良いエンジン音。周囲に展開されるウィンドウ。


 温まってくるコックピット。私はこの空間がなんとなく好きだ。

 布団に包まれているみたいでさ。


『レイル・ニーズヘッグ。出るよ!!』


 そうして、今日も私は鋼鉄の翼で空を飛ぶ。

 翼をもがれる。その時まで。

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