転生したら名探偵でした。記憶は曖昧だけど何とかしなくちゃ!!

末次 緋夏

第1話 嘘だろ、俺が名探偵!?


(……あれ?ここ、どこだ?

 仕事で残業してたはず、家に帰った記憶なんてないんだけど)



見上げたのは、見覚えのない白い天井だった。

ぼんやりした意識のまま、俺はゆっくりと上体を起こす。



頭の奥がズキッと痛む。

寝起きの頭がまだ回らないでいるとーー


ガチャッ!いきなり部屋のドアが開いた。


「ちょっと、テルー!

 フェリーに乗り遅れちゃうじゃない! 来てあげたわよ!」


勢いよくドアを開けて入ってきた女の子に、俺は思わず目を疑った。


長い髪に、スタイル抜群の姿。

幼さの残る顔立ちなのに、強気な目元。


(え……白石ユイ!!何でここに!?)


子供の頃に読んでいた推理漫画

“天野テルの事件録”の幼なじみヒロイン。

その彼女が俺の目の前に立っている

ユイは俺の姿を見た瞬間、固まった。


「……うそでしょ」


次の瞬間、顔がみるみる真っ赤になっていく。

な、なんだ?どうしたんだろうか。


「な、なんであんた下着姿なのよ!!」


「え?」

そう、ユイの話す通り今の俺は下着姿だった。

(くそっ、寝てたからか。何やってんだテル!! )


「着替えなさいよっ、バカ!!」


ユイは床に落ちていたクッションを掴むと、俺の顔めがけて投げつけてきた。そのクッションはボブッと勢いよく顔面にぶつかった。


「全くもう、 早くしてよね!! 」



ユイはそう話しくるりと背をむけて部屋から出た。バンッとドアが閉まる音だけが響き渡る。


その途端、部屋が静かになった。

俺はただ一連の流れに呆然とするしかなかった


(……なにこれ?夢??)


深く息を吐き、周囲を見渡す。

壁に掛けられたブレザーの制服。

棚に並ぶ参考書、漫画本。

そして枕元に置かれた、ちょっとエッチな本。


(どう見ても高校生の部屋……だよな)


ベッドから立ち上がって恐る恐る鏡をのぞき込む。茶髪のクセ毛、くっきりした目元。

漫画の主人公みたいに整った顔。

明らかに「俺」の顔じゃないことが分かる。

そして決定的だったのは、机の上に置かれた学生証だった。そこには


(天野 テル 秀明高校 2年1組)


写真付きで、くっきりと書かれていた。


「……マジか、俺が天野テルに……?」


(よりによって、小学生のとき読んだ推理漫画の世界の主人公とか…… マジかよ……)


ドンドンッ!


考える暇もなく、思考は音に断ち切られた。


「テル、 本当に着替えてるんでしょうね!?時間がないのよ!? 」


ドアを叩く音と共にユイの怒る声も聞こえてきた。どうやらかなりお怒りのようだ。


(やばい……! フェリーって言ったよな……

 つまり“島で事件が起こる話”か……でも何もかも、曖昧すぎる……!)


「い、今行く!!」


大急ぎで服を着替えた。

そして、荷物を持ち2人一緒に家を飛び出す。


***


朝の光が眩しい。

潮の匂いを含んだ風が、港の方から新鮮な匂いを運んでくる。


ユイは俺の少し前を走りながら振り返った。


「早くしなさいよ!本当に置いていくからね!」


「悪い悪い……」

(悪いのは俺じゃなくて世界のほうだ!)


港が見える坂道を下りながら、俺は意を決して尋ねた。そう、どうしても、これだけは聞いておかないといけない。


「なぁユイ……今日ってどこ行くんだっけ?」


前を走っていたユイがピタッと止まった。

そしてジロッと射抜くような視線で俺を見てくる。


「……は?今聞くの? フェリー出る10分前よ?」


「え、いや、その。ほら、寝ぼけてて」


我ながら不自然だったか。ユイはそんな俺をじっと見てこう話す。


「はぁ……志古津よ。志古津島!」


その言葉を聞いたとたん、心臓が止まった気がした。


(志古津島……!

 原作の“事件”があった場所だ……!

 どうしよう、事件の詳細ほぼ覚えてねぇ!!)


***


フェリーに乗り込むと、汽笛が鳴った。

船体がゆっくりと港を離れていく。

潮風が頬を撫で、海の匂いが肺に入る。



(くそっ……どの事件だ? 志古津島ってどれだ?嵐……? 失踪……? 誰が死ぬんだ!?)


ーー志古津島。

確か原作で何度か訪れている島だ。だから余計に分からない。その事実が俺を混乱させていた。デッキのベンチに座り、頭を抱えた。


「……あんた、大丈夫?」


横からユイが覗き込む。

その顔は、さっきよりずっと柔らかかった。


「船酔いなら言いなさいよ。

 べ、別に心配してきたわけじゃないけど!」


頬がほんのり赤い。


(風のせいじゃねぇよな、それ)


「ただ……その……この前の事件で落ち込んでたから……気分転換に、と思って……」


指をいじりながら俺と視線を合わせないように話すユイ。言い終えると、照れ隠しのようにそっぽを向く。


(……ユイなりの気遣い、ってやつか)


その言葉を聞いて、胸の奥が少し熱くなる。

実はユイは「俺」の初恋相手だ。

そうだ、俺は昔原作を読んでいてユイのこういう所を好きになったんだっけ。そう考えると自然と顔が綻ぶ。


「……ありがとう、ユイ」


「なっ!? べ、別にお礼なんていらないけど!」


声が裏返り、さらに赤くなる。

……平和だ。



海も空も青く、ユイは隣で小さく笑っている。

この時間が永遠に続けばいい。

……けれど、俺だけは知っている。


志古津島には“死人が出る”。


原作では、ユイの身に必ず危険が迫る。


(絶対に守る。

 原作がどう決めていようが、関係ない)


遠く、志古津島の輪郭が見えてきた。

霧に包まれたように、島の周囲だけ色が濃かった。


まるで、行く者を試すように。


俺は深呼吸をし、ベンチから立ち上がった。


(守ってみせる。たとえこの世界が、俺に“間違った事件”を突きつけてきてもーー)


潮風が吹き抜け、フェリーはゆっくりと志古津島へ近づいていった。


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