第4話



 運命の決行日。三人は公園にいた。

 ここにたどり着くまでに四回は職質を食らい、挙げ句の果てに交番に連れていかれるという波乱もあった。


 道行く子どもたちには泣かれ、大人には通報され――それでも、どうにかここまでは辿り着いた。


「んで、大将。これからどうするんだ?」


 磯野が似合いもしないサングラスをずらし、口を開く。皺だらけの柄シャツは完全にはだけていて胸毛が見えていた。押し入れから引っ張り出してきたのが丸わかりで、やからというよりも浮浪者のような姿だ。


「おう、作戦はこうだ」


 大将は自慢の禿げ頭を隠すように黒いシルクハットをちょこんと乗せ、ヒョウ柄のスーツにサングラス、葉巻――それらしいアイテムだけは揃えていた。怪しさで言えば、磯野の比ではない。


「まず、俺たちは藤井の彼女にいちゃもんをつける。軽い揉めことになるだろうよ。

 そこで『ここだ』というタイミングで俺が合図をしてやる。そこに藤井が颯爽と現れるって流れだ」


 大将は葉巻を咥え、言葉を区切った。絶望的に似合っていない。


「そこで、俺たちは藤井に喧嘩を売るわけだ。すかさず、藤井は俺たちを倒す。

 結果としてプロポーズ大成功――こうなるわけだ!」

「完璧だ。彼女がいなければ、惚れていたかもしれない」


 よせやい、と大将は鼻の下を指で擦った。普段の大将とは思えないくらいに格好良かった。磯野と藤井は二人そろって拍手を送る。


「――どうやら、標的が来たようだぞ。藤井、隠れろ!」


 前方を見ると、彼女が公園の入り口にいた。磯野に言われた藤井は慌てて茂みへと隠れる。二人は彼女へと近づき、威嚇を始めた。


「おうおう、どこに目ついてんねん!」


 ぶつかってもいないのに口火を切ったのは磯野だった。

 彼女は最初、誰に言われているのかわからず視線を彷徨わせた。やがて自分に向けられた声だと気づくと、当惑しながら自分の顔を指差した。


「……え? なに? 私に言ってるの?」


 長い黒い髪が微かに風に揺れた。覇気のようなものを感じた。

 彼女は胡乱げに目を細め二人を見つめる。その強い眼差しに、一瞬だけ二人は後ずさりしたが、会話を続けた。


「そうや、そこの女! みえんのか! ここは兄貴の縄張りやぞ!」


 古典的な滑り出しだが、悪くはない。磯野の肩を突き出す仕草も様になっていた。

 彼女は冷静に周囲を見渡し、溜息をひとつつく。


「いや、普通に公共の施設だし。縄張りもなにもないと思うんだけど。なんなの?」

「え、お、おう。そうだな、うん……いや、そうやない!」


 狼狽する磯野がちらりと大将を見る。その視線を受け、大将は藤井の方へ片目を瞑った。合図だと確信した藤井は、すぐに駆け出す。


「――待て! そこの二人!」


 その声に大将と磯野は急いで振り返り、互いに彼女に見えないよう頷いた。

 すかさず磯野は口角を上げ、笑い出す。


「おうおう、誰や! お前! 勢いよく飛び出してからに! しばき倒すぞ!」


 胸倉を掴もうと一歩踏み出す磯野――しかし、すでに彼の姿は宙に浮かんでいた。

 きりもみ回転して飛んでいく彼を、藤井と大将は茫然と眺める。


 視線を下ろすと、彼女が足を高く振り上げていた。その蹴りが大将の顔にかすかにかかるかと思った瞬間、葉巻がぽろりと落ち、帽子も少し傾いた。


 最後に藤井が見たのは、慌ててバランスを崩す大将の姿だった。


「あ、あー。このサングラス、度があってねえなぁ。さてさて、行くか。俺の縄張りには……誰もいねぇな、うん」


 震えながら大将は、磯野が吹っ飛んでいった方向へそそくさと駆け出す。

 藤井がそっと視線を戻すと、彼女は満足そうに頷いていた。


「なんか変なのに絡まれちゃって……。あ、大丈夫だった?」

「あー、うん。僕は平気だけど」

 

 彼女はすぐに駆け寄り、藤井の腕に自分の腕を絡ませた。

 胸の鼓動が高鳴る。頬が熱くなるのを感じた。


 二人はそのまま、仲良く街へと消えていった。


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