第2話:真岡大和の秘密
駅前の繁華街は、放課後を楽しむ俺たちのような学生で賑わっている。
ファストフード店から出てくるグループやプリクラの順番を待つ女子たち、ゲーセンに吸い込まれていく男子たち。
誰もが各々の青春を謳歌している。
俺たち四人も、今はその喧騒の一部だった。
「ねえ、聖奈。さっき、なんで白河なんか誘ったの? 来るわけないじゃん」
カラオケ店へと向かって歩いている最中に、凛が聖奈にそう切り出した。
「だって、白河さん……なんかクラスに馴染めてない感じだったから……」
「聖奈、優しすぎ。ああいうのは自分から好きで孤立してんだから放っときなよ」
「えー……放っておけないよー……。せっかく一緒のクラスになれたんだから、みんな仲良くできた方が絶対に楽しいと思うんだけど」
そんな博愛精神を見せる聖奈に、二人は無言でやれやれと呆れている。
俺もどちらかと言えば、凛の意見に賛成の立場だ。
聖奈みたいな全てにおいて恵まれている人間には分からないだろうけど、世の中には孤独を好む人間もいる。
そんな人間にわざわざ深く絡もうとするのは、互いに良いことなんて何も無い。
でも、ここは場のバランスを取るために一方の意見に偏りすぎないようにしよう。
偏りは不和を生むからな。
「放っておけないって気持ちは分かるけど、優等生はこの時期になるともう忙しいだろうからなー……ほら、白河さんならもう受験も見据えてるだろうし。遊びたくても、なかなか遊べないんじゃね?」
「え~……受験って、まだ早くない?」
「早くない早くない。うちの父親も最近はいつもこんな顰めっ面で、『受験を見据えた勉強は進んでるのか? 気を抜いてると一年なんてあっという間に過ぎるぞ』なんて顔を合わせりゃ言ってくるんだから」
父親の喋り方を真似をして言うと、知っている二人には微ウケした。
「う~ん……そうなのかなぁ~……」
俺の言葉に、聖奈は少しだけ納得したように、でも依然と心配そうに眉を下げた。
こういう底抜けのお人好し部分は彼女の魅力ではあるが、同時に危うさでもある。
俺がいつも横に付いていてやらないと、いつか大きな事件に巻き込まれるんじゃないかと心配になる。
「まっ、気が向いたらとも言ってたし。また今度、息抜きのできそうなタイミングで誘ってやればいいんじゃね?」
「それなら今度は大丈夫な日とか聞いておけばいいかな……」
絶対来ないだろうけどな……と思う俺の隣で、聖奈は微塵も諦めていない様子で言う。
「で? なんでお前が優等生を分かったような口ぶりしてんだ?」
「なんで? そりゃ俺も優等生だからに決まってんだろ?」
横から茶々を入れてきた竜二に対して、当然のように切り返す。
「優等生がこんな派手な色に髪を染めるかっての」
「逆だよ逆。優等生だからこそ髪を染めても許されるんだよ。妙な口出しをして学年の進学実績を減らしたりでもしたらそれこそ大事だろ? 東大進学者数の全国順位が一つ下がるだけで、来年度の受験者の数にも影響が出るんだぞ。私立なんて金儲けでやってんだから」
「なんだそりゃ。お前、そんなことばっか考えて生きてんのか?」
「もちろん、俺は自分が面白おかしく生きるために三十年先のことまで綿密に考えて生きてるからな。逆に、他のみんながそういうことを考えてなさすぎなんだよ。都内有数の中高一貫有名私立が聞いて呆れるね。良い大学に進学しても、そこで人生終わりじゃないんだぞ?」
「言いやがる」
竜次の言葉に笑いながら答えると、向こうも笑って流した。
こんなことを他の同級生の前で言えば傲慢なやつだと思わかねないが、竜二や凛にならいくらでも言えるのは気楽でいい。
「でも、いいなー……大和は。私もインナーカラーとか入れてみたいけど、うちらみたいな劣等生はそんなことしたら一発で指導室送りだし」
自分の髪を指先で弄りながら凛が羨ましそうに言う。
アシンメトリーなショートカットの裾からチラチラと、銀色のイヤリングが見え隠れしているのはせめてもの抵抗の証というわけだろうか。
「竜二みたいにガン無視でやればいいじゃん」
「無理無理。親に連絡行ったら流石にめんどくさいし……」
「あー……凛のとこの親父さんは昔気質で硬そうだもんな」
「ほんとそれ。前に思い切って短くした時も『女なんだから髪は伸ばせ』とか言ってきて……まじで何時代の人間だよって」
それからまだ続いた凛の愚痴に付き合っている間に、目的のカラオケ店に到着する。
その後はいつも通り、適度に二時間ほどカラオケを楽しんだ。
凛と竜二とは店の前で先に別れて、帰り道は聖奈と二人きりになる。
夕暮れの喧騒がネオンの瞬きに変わり始める時間帯。
並んで歩く彼女との近い距離が、俺の満たされた人生に更なる彩りを添える。
まるで街の輝きすらも俺たちのためにあるような気分の中、このまま二人でもう少し……といきたいところだけど、聖奈には門限があるので残念ながら帰宅しなければならない。
カラオケ店から歩いてすぐの駅から電車に乗って、帰路につく。
乗車中の話題は、今日学校であったこととか……後は、二ヶ月後に迫っている夏休みをどう過ごすかとか。
話していると吊り革を掴んでいるのとは逆の腕に、聖奈がそっと自分の腕を絡めてくる。
窓ガラスに映る俺たちは、どこからどう見ても幸せなカップルそのものだ。
その完璧な光景を眺めながら、俺は自分の人生が計画通りに進んでいるのを実感する。
そうして、十数分で自宅の最寄り駅へと到着する。
「夜になるとまだ少し肌寒いね。ほら、手も冷たくなってる……」
改札を出る直前、聖奈がそう言って手をギュッと握ってきた。
この時になると、彼女はいつも別れを惜しむように会話を引き伸ばしてくる。
「ほんとだ。めっちゃ冷たいな」
「うん。私、冷え性だから……大和は温かいね」
また明日も学校で会えるというのに、『まだ一緒に居たい』と目で訴えかけてくる。
「もう迎えの人が来てるんだろ?」
「ん~……どうだろ。さっき、通知音が鳴ってたから来てるかも」
「じゃあ、早く行かないと」
彼女の手を温めるように握りながら言う。
聖奈の両親はやや過保護気味で、特に学校以外の外出についてはかなり厳しい。
その中で二十時の門限というのは少し緩いように思うが、これは小学生の頃から地道に信用を積み重ねてきた俺と一緒ならという条件付きのものだ。
なので破れば、俺と向こうの家族の信頼関係にもヒビが入ってしまう。
「でも、あとちょっとだけ……」
「五分だけな?」
そこからこうなるのも、いつものやり取り。
もう何度目になるか分からない。
二人で改札口の端へと移動して、少しばかりの延長戦を楽しむ。
「そういえばさ。大和、今日の帰りにすごいこと言ってたよね?」
「ん~? なんか言ったっけ?」
「ほら、俺は三十年先のことまで綿密に考えてるって。ほんとに?」
「あー……もちろん半分は冗談だけど、半分は事実かな。ほら、うちには毎日毎日そういうことを言ってくる人がいるから。毎日言われ続けては考えてるせいで、俺の
「なにそれ」
聖奈が口元に手を当てて上品に笑う。
そのまま身体を寄せてきて、しばしの沈黙が訪れる。
何を言おうとしているのかは分かっていたけど敢えて俺からは突かない。
「……で、その予言の中では私はどうしてるの?」
待っていると、顔を赤らめながらそう尋ねてきた。
「えーっと……そうだなぁ……聞きたい?」
「うん」
「上が女の子で、下二人が男の子の三人姉弟かな」
「も~!! そんなこと聞いてないんだけど~!!」
可愛らしく怒った聖奈が、両手でポカポカと肩の辺りを叩いてくる。
ああ、なんて可愛い生き物なんだろう。
俺は彼女のこのいじらしい姿を見るために生きていると言ってもいい。
「バカ……大和のバカ……もう絶対に聞かないから……」
子供のように頬を膨らませた聖奈が明後日の方向を見ながら言う。
その心地の良い響きの余韻が消えたのと同時に、聖奈のスマホが通知音を鳴らした。
「じゃ、帰るか」
「ん……」
小さく首肯した聖奈と一緒に改札を出る。
東側出口を抜けて、迎えの車が待つ駅前のロータリーへと向かう。
まだ名残惜しむ聖奈の手を解き、別れを告げて彼女が乗った高級車を見送った。
見えなくなると、すぐにPINEでアフターケアのメッセージを送っておく。
向こうもそれを待っていたのか、すぐに返信が戻ってきた。
そのまま何通かのやり取りをしている間に自宅の前へと到着する。
オートロックをパスキーで解錠して、コンシェルジュがいるロビーを通り抜ける。
高層階専用のエレベーターに乗り込むと、顔馴染の住人が遅れて乗り込んできた。
小五息子を俺と同じ学校に入れたいから勉強を教えて欲しいとかそんな話を愛想よく聞き流して、彼女が二十二階で降りていくのを見送る。
自分は二十五階で降りて、内廊下の右手側にある一番手前の扉を開く。
「ただいま」
「おかえりなさい。ご飯出来てるけど、すぐに食べる?」
帰りの挨拶と共に玄関からリビングへと入ると、アイランドキッチンの向こうから母親がそう尋ねてきた。
「うん、そうする。それとこの前の模試の結果、ここに置いとくから」
鞄の中から取り出した模試の結果をキッチンの端に置く。
手を拭った母がすぐにそれを手にとって見る。
「わっ、すご~い! 前回よりもまた順位上がってるじゃない!」
「まあ、今回は結構得意なところが出てくれて運が良かったのもあるから」
「東帝も全部A判定だし。これならお父さんもきっと喜ぶわね」
「喜ぶかな? 『このくらいはやって当たり前だ』みたいな感じだと思うけど」
「そんなことないでしょ。ああ見えて、大和のことは随分と気にしてるみたいなんだから」
どうだか……と内心で呟く。
「でも、本当に頭の良さはお父さんに似てくれて良かった。私に似てたらとてもじゃないけど、こんな点数は取れなかったでしょうし」
「顔は母さんに似てくれたおかげで色々と得してるけどね」
「またそんなこと言って。そのお世辞の上手さは誰に似たのかしらね~……」
そう言いながらも上機嫌に、夕食の準備へと戻っていく。
制服のままで食卓に着き、スマホで諸々の返事をしている間に料理が運ばれてきた。
「父さんは? まだ仕事?」
「うん、今日は重要な会議が長引いてるから帰るのも遅くなるって」
「そっか。役員になってますます忙しいみたいで何より」
熱々のグラタンを食べながら母親の言葉に返答する。
優れた能力に、気の良い仲間たち……そして、最高の彼女。
更に父親は大手不動産開発会社の専務取締役で、高層マンションの上層階にある自宅へと帰れば料理が上手くて理解のある母親もいる。
俺の人生は間違いなく順風満帆で、この先には輝かしい未来が待っている。
「じゃあ、寝るまで勉強するから」
「はーい、何か欲しいものはある? 夜食が必要なら今のうちに作っておくけど」
「いや、大丈夫。一人で集中したいから」
いつものように母には近寄らないようにと言い含めて、自室へと向かう。
扉を開け、鞄をベッドへと放り投げて後ろ手に鍵を閉める。
カチャリ……と金属音が鳴り、誰の邪魔も入らない俺だけの空間が完成する。
これで、誰もが羨む完璧な男子高校生『真岡大和』としての一日がようやく終わった。
「さて、今日もやるか……」
鏡に映る自分の姿を見ながら、頭を切り替える。
引き出しからタブレット端末を取り出して、デスクに設置する。
アプリを起動させて、途中保存していたファイルを開く。
表示された作業途中のそれを見て、ふぅ……と重たい息を吐き出す。
ペン型デバイスを手にして、完成形を想いながら一本ずつ線を引いていく。
画面上に生まれていくのは、全身の素肌を晒した淫靡な姿の女性。
俺が、こうして『真岡大和』ではなく『岡魔トマト』として夜な夜なエロマンガを描いているなんて……絶対、誰にも知られるわけにはいかない。
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