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第21話
何をやってもうまくいかない。
相澤正はリビングでテレビを見ていた。三月だけど、こたつ布団をかけたままのテーブル。正はこたつが好きだった。テレビの正面が正の定位置だった。しかし、テレビを見てくつろいでいると、掃除機の大きな音がして、娘の裕子が「ちょっと、お父さん、邪魔! どいてくれる?」と乱暴にこたつ布団を上げ、正をその場からどかし、掃除機をかけた。
「ああもう、こたつ、嫌い。掃除がしにくいったら!」
こたつの中とこたつ周辺の掃除機をかけて、裕子はまた別なところを掃除しに行った。
正は定年退職後も様々な仕事をしていたが、七十歳を超えた辺りから身体が思うように動かなくなり、後期高齢者になったとき、仕事をすっかり辞めてしまった。以来、家にいる。しかし、居心地は悪かった。
「お父さんさあ、ずっと家にいてテレビばかり見ているんでしょ?」
「そうなのよ」
正の背後で、裕子と妻の和子が話しているのが聞こえてきた。二人とも、正に聞こえるように話しているのだ。
「ほんと、何もしないのよね。あたし、仕事があるんだから、掃除機くらいかけてくれてもいいのに」
「お父さんには無理よ」和子は洗い物をしながら話をしているらしかった。水音がうるさかった。「昔から、何もしないから。……裕子、そろそろ行く時間でしょう? 後はやっておくから、行きなさい」
「ありがとう、お母さん! じゃあ、行って来るね。里菜と陽菜も、もう少ししたら出かけるみたいだから、それもよろしく。――里菜! 陽菜! 行って来るね!」
裕子は二階にいる大学生の孫たちに声をかけて、慌ただしく出かけて行った。
掃除機くらいかければいいって、俺は何十年と働いたんだ。それに掃除なんて女の仕事を、俺がやる必要はないはずだ。俺の金で大学まで行ったくせに。
正はぶつぶつ呟いた。
しばらくすると、里菜と陽菜が下りて来た。
「里菜も陽菜も、もう行くの?」和子が声をかけると、「あたしはバイト」とか「一限から授業があるんだ」という声が聞こえた。里菜と陽菜。かわいい孫たちだ。
「バイトは何しているんだ?」こたつに入ったまま、正は孫たちに声をかけた。
しかし、里菜も陽菜も正に一瞥をくれただけで、無視をした。正が話しかけた瞬間、笑い声が止まって嫌な空気が流れた。
――俺には話しかける権利もないのか。小さい頃はあんなにかわいかったのに、和子や裕子そっくりの高慢な女になった。女のくせに大学まで行って、本当に生意気だ。裕子もそうだが、大学に行かせてもらったことを当たり前だと思っている。忌々しい。その上、折に触れて俺が中学までしか出ていないことを馬鹿にしてくる。「お父さんには分からないわよ。今は大学に行くのは当たり前なの」「おじいちゃんには大学受験の大変さなんて、分からないでしょう? 口出ししないで」「大学行っていたって、就職活動大変なんだよ」女は結婚して家のことをしていればいいのに。「女だって、仕事をする時代なのよ! あたしは父さんとは違うわ。一生懸命、働いているわ。簡単に辞めたりなんか、しない」うるさいうるさいうるさい! 俺だって、懸命に働いて来たんだ。
「ちょっとテレビの音、大きいわよ」和子が言う。知るか。聞こえないんだよ。そもそも俺がテレビを見ているときに、掃除機をかけたり洗い物をしたり、うるさいんだよ。正はテレビのボリュームを上げた。和子は「全く何もしないでテレビばっかり見て……」と小さく俺の悪口を呟いているのが聞こえた。どうせ俺は要らない人間なんだよ。
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