第12話

 長い学校の時間が終わって、創は帰途に就いた。

 学校から出て、駅に向かう。駅へと伸びる道に、紫陽花の花が植えられていた。花はまだ咲いていない。若い青い葉が太陽に向かって伸びていた。創は青々とした紫陽花の葉を見ていたら、急に胸が苦しくなってきた。――息が、苦しい。

 胸の苦しさを抱えたまま駅の改札をくぐり来た電車に乗り込み、乗り換え駅の鎌倉駅へ向かう。創は鎌倉駅で下車し、息苦しさを押し隠して険しい顔つきでバス乗り場へと向かって、駅の構内を足早に歩いた。そのとき、後ろから「創?」と呼びかけられた。創は誰だろうと思って振り返った。

「やっぱり、創だ。久しぶり」

「陽太さん!」

 明るい笑顔のその人は、菜摘の弟の陽太だった。

 暗く沈んでいた創の心に明るいものが広がった。陽太は新聞記者であるという職業柄か独身ゆえか、三十五歳という年齢よりも若々しく、かつ話も面白く機知に富んでいて、創は叔父というよりも年の離れた兄のように慕っていた。

「創、どこか具合でも悪いのか? 顔色が悪いぞ」

「ちょっとお腹が痛かっただけ。もう治ったよ。――うちに来るの?」

「うん、そのつもりだよ。姉さんからLINEをもらってね。ちょうど身体が空いていたから」

「……母さん、LINEで何て?」

 駅に向かって歩きながら、創は慎重に訊いた。

「相談したいことがあるっていう内容だったよ」

「そう」

「……英明さんのことは聞いているよ」

「……うん」

「大変だったね。――いや、今も大変なんだろうけど」

「……うん」

「今日は塾、ないの?」

 陽太は、創の顔を覗き込むようにして訊いた。

「うん、ないよ」

「じゃあさ、みんなでどこかにごはん食べに行こうよ。姉さんに、食事の支度しなくていいよって連絡して」

 陽太がにっこり笑うので、創も笑顔になった。久しぶりに笑ったような気がした。

「嬉しい! そうしたい!」

「創は何が食べたい?」

「えーと、ラーメンがいいかな」

「いいね、ラーメン! どこのラーメン屋にしようかな?」

 英明と外食するとき、ラーメンは選べなかった。ラーメンというと、英明は嫌な顔をしたからだ。外食する際はきちんとしたレストランだった。創は陽太と話しながら、携帯電話で検索をし、どこのラーメン屋に行こうか話し合った。笑い合いながら、あれこれと話した。ああ、こういう会話をずっとしていなかった、と創は思った。最近、家ではどうしても英明のことが菜摘との間に重く苦しく横たわっていて、何でもない会話にもその気配がどうしても忍び込んできたし、学校では受験勉強が本格化しているうえに、悠一を含めて、クラスメイトはどことなくよそよそしく、これまでのように話をすることは出来なかった。週数回の部活動でも同じような状態だった。そのよそよそしい原因はやはりあのLINEにあるような気がしたけれど、創にはどうすることも出来なかった。毎日、学校へ行きひたすら勉強する。受験生だから、勉強が出来ていればいい。おしゃべりはしなくてもいい。――だけど、何でもないこういう会話に飢えていたことを、創は実感するのだった。



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