万力の手に鉛筆を 約15000字 完成
YOUTHCAKE
対価
郊外の中でも人里離れた僻地ともいうべき森林の中にある住宅地の一角、空き家も増えて来たエリアの一つに彼は住んでいる。
『ああ…。』ベッドから目を覚まし、ゆっくりと身体を起こしたのは、身長3mはあろうかという、巨大なオランウータン系人間。彼は、家の梁や欄間に頭をぶつけないように頭を低くして寝室から出る。キッチンのコーヒーメーカーをオンにする。
高身長の彼には、1LDKの平屋住宅というのは、狭くてこぢんまりとしていて、暮らしにくいはずだが、彼にとってみれば、あまりにしっくり来ているようだ。
彼にしてはあまりに低いシンクの洗面台で顔を洗い、髪を整えて、玄関に出る。
郵便受けには新聞といつもの手紙が一通入っている。この新聞は彼がいつも自分のことが載っていないか確認し、そして手紙の内容に苦笑いしなければならない。そのような仕事を彼は請け負っていた。
手紙と新聞をテーブルに置いて、キッチンに入り、マグカップにコーヒーを注ぐ。オーブンに6枚切りの食パンを入れ、2分でセットして扉を閉じる。フライパンでハムエッグを焼きながら、コーヒーを一口飲む。
ハムエッグが焼け具合の頃合いは、パンのオーブンがチンと鳴るころだ。
パン皿に食パンを乗せ、その上にハムエッグを乗せてコーヒーとともに食卓に運ぶ。静かな食事時間の始まりだ。
と、そこへトラックの音がしたあと、ピンポーンとインターホンが鳴ったので、彼は『冷めるじゃないか…。』と言いながらインターホンに出た。これは、本当にいつものことだ。
『サイラス・ブルックさん。輸入代理店のアンガスです。特注ブレンドコーヒー豆をお持ちしました。』とモニターに映る屈強な男は言う。みるからに、輸入代理店らしくない男だ。それは分かりきっている。これも何もかも、カモフラージュなのだ。
玄関を出た彼は、封筒一封分の荷物を受け取った。
そして早速、中身を確認するためにテーブルに中身を改めた。
封筒の中身を広げると、テーブルの上には怪しく光る緑色の宝石が散らばった。
『間違いないな。ここでまで嘘をつかれたら、溜まったもんじゃない。』と彼はつぶやき、ジェムと呼ばれるその宝石たちを封筒に戻した。
気を取り直し、彼は新聞を広げた。少しだけぬるくなったコーヒーに口をつけ、口腔を湿らせる。食パンを一口齧る。
『ふっふ…。』と苦笑いした彼の目には、宇宙予報の表記が愉快な響きを持って飛び込んできた。
新聞には、『今日は宇宙花火が見られるでしょう!数年に一度の超常現象ですから、みなさまお楽しみに!』という文字が躍っている。著名な占い師であり、宇宙予報の権威という肩書を騙っているアベル・クロードがこの記事を書いているようだ。
『宇宙花火ね…。本当にアイツは何を考えているんだろうな…。』と呟いた彼の目にはもはや目の前の新聞の内容よりも、仕事の計画が描かれている。
そして彼はさらに新聞にあらかた目を通した。
しかしどこにもサイラス・ブルックなる名前は記載されておらず、彼の必死の労働の成果は記録として残っていない。
『よかった。これだけが救いだ。』と彼はつぶやいて、次に手紙を開いた。手紙の送り主はアベル・クロードとなっている。
『親愛なるサイラス・ブルック氏へ。来たる明日、地球防衛の仕事を承っていただけること、ありがたく思っている。そして、先日はミッション:デザートローズの実行を完了してくれてありがとう。通称砂漠の薔薇は、その存在が世界各地でワームホールを生み出す可能性があった。今回の活躍、まことに感謝している。ただ現地の大気温度500度の気候は生物誰しもが生きていけないエリアであったため、今回もキミにしか頼めなかった。』
そこまで読んで彼は『そうだろうな。』と吹き出しそうになった。
『例に及んで、次の仕事の依頼である。今回、北極と南極両方で磁極の狂いが生じたことにより、時間統制に乱れが起こる可能性がある。これは、23.5度を保持している地球の自転角度が環境負荷によってずれることによる異変だ。君には荷が重いだろうが、氷点下数百度の極致に行って、自転角度を調整してもらいたい。』
度重なる無理難題に笑いをこらえていた彼は、ついに吹き出した。
『はっはっは。ついこないだ身体を発火させながらワームホールの花を摘んだのに、今度は氷点下か。はっはっは。そしてその間の明日は宇宙空間。面白い!』と彼は笑った。
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