第6話-4-
夜。
仕事を終えて、照が神社に帰って来たとき、先にアラタも戻ってきていた。
「おかえりー」と二葉がのんきな声を上げる。
二人は、アラタが帰りに買ってきた牛丼を一緒に食べていた。
「百人さんから連絡あった?」
「夕方くらいに、今日は遅くなるって電話きたー」
ゴハンを食べながら二葉がのんびり答える。
たぶん『椎名』の方を調べているんだろう。
そっちは勤め先が分かっているぶん、調べやすいはずだ。
「現場の方はどうだった?」
「今日の仕事はすぐ終わった」
アラタがいつものように、短く答える。
「うん、ありがとう。報告書は?」
「……あとで、やる」
そう言いながら牛丼をほおばるアラタを見て、照はふっと笑った。
────いつもの日常。いつもの光景。
なんのことはない。この程度のトラブル、いつものことだ。
いつも通り、みんなで乗り越えていけばいいだけだ。
「ところで、共有しておきたい情報があるんだけれど……」
照の言葉に、二人は箸を止めた。
「食べながらでいいから、ちょっと聞いておいて」
照は二人に、百人と昼間電話で話したことを伝えた。
百人が新井の住んでいる場所を突き止めたこと、そこに出入りしている女性がいること。
そして、その女性がもしかしたら知っている人物かも知れないこと。
「経理部で一回話したことがある、程度なんでしょ?」
二葉は首をかしげながら言う。照はうなずいた。
「うん。でも、横領の疑惑を仕掛けられるとしたら、経理部の人間じゃないかなって……」
「んー……それだけで同一人物かどうかは、わからないんじゃないかなー」
二葉の言葉に、アラタもうなずく。
「あのUSB、普通の人が簡単に手に入れられるとは思えない」
「うーん……」
そう言われて、照も考え込んだ。
もしかすると、横領の件とUSBの件は別々の事件なんだろうか。
椎名はたまたま新井と一緒にいただけで、新井は別ルートからUSBを手に入れた、とか。
(やっぱり、早とちりだったんだろうか……)
確かに、あの夜見た女性の顔は、はっきりとはわからなかった。
一瞬だったし、暗かったし。
それに、椎名本人の顔だってはっきり覚えているわけじゃない。
今手元にある情報だけでは、まだなにもわからない。
「とりあえず、百人さんからの連絡を待とうか」
照がそう言うと、アラタと二葉もうなずいた。
次の朝。
目を覚ましたあと、スマホを確認する。
……着信もメールも来ていない。
照はさすがに不安になって飛び起きた。
「あれ?百人さんまだ帰ってない?」
境内の掃除をしていたアラタに声をかける。
アラタは黙ったまま首を横に振った。
「しゃちょーのとこにも連絡ないの?」
後ろから二葉が寝巻のまま歩いてくる。
照は血の気が引く思いがした。
スマホから百人に電話をかける。
しかし、電源が切れているか電波が届かないらしく、反応がない。
「百人がスマホの充電を忘れるのはおかしい」
アラタが真剣な顔で言う。
「百人はいつも充電器を持ち歩いているし、長い間連絡が取れないときは必ず事前に連絡するヤツだ」
「百っちのことだから大丈夫だとは思うけど……」
そう言う二葉の声にも、不安が隠しきれていない。
「百人を探しに行くか?」
アラタの言葉に、照は悩んだ。
素早く脳内で今日のスケジュールをチェックする。今日の依頼は一件だけ。近所の現場だ。
(どうする?まだ朝早いしキャンセルできなくもないけど……)
百人を探しに行くなら、人数が多い方がいい。
でもどこを?新井の部屋は、百人しか知らない。
「じゃあさー、その椎名って人を調べてみようよ」
二葉の言葉に、照はハッとした。
確かに、椎名なら勤め先はわかっている。
会社の終わる時間、帰りに後をつければ、新井の家にたどり着けるだろう。
(でも……)
だとしたら、会社から出てくるところを見つけて、後をつけるくらいしか思いつかない。
それに……問題は顔がわかるかどうか。
(見れば思い出す……とは思うんだけれど)
一度、会話を交わしただけの相手。だけど、今は手掛かりがそこしかない。
百人になにもなければ、それでいい。
椎名がUSBと無関係でも、新井の家だけわかればそれでいい。
「なら、動くのは夕方だな」
アラタが言った。
「もしかしたら、スマホの充電が切れてるとかかも知れないだろ。仕事しながら待っていれば連絡が来るかもしれない。
……来なかったら、その『椎名』って奴の後をつける」
照と二葉は、キョトンとしてアラタの顔を見た。
「珍しくまともな事言うじゃーん」
「ちょっとびっくりした」
二人の言葉にアラタはむっとした顔で言った。
「……オレのことなんだと思ってるんだ」
そう言われて、照と二葉はくすっと笑った。
そうだ。なにもなければそれでいい。
これはいつものどうってことないトラブルなんだから、必要以上に不安におびえる必要はない。
「うん、じゃあそれでいこう」
照は、なるべく明るい声で言った。
そして、夕方。
────結局、百人からの連絡はなかった。
仕事を終えた照は、駅前でアラタたちと合流したあと、地下鉄路線に乗り換えてかつて通っていた駅に降り立った。
見慣れていたはずの駅前の商業エリアを歩きながら、まだあの会社を辞めてから数か月しか経っていないのに随分と懐かしさを感じていた。
まだ、連絡が取れていないだけ。
なにも事件は起こっていない。
悪い
────祈るようにそう思いながら、見慣れた商業ビルの前へ。
照が以前勤めていた会社のあるフロアは、もうすぐ夜になる時間だというのに明りがついている。
三人とも口数は少なかった。
口を開けば不安を吐き出してしまいそうで、そうすると連鎖的に不安が増大してしまうのがわかっていたからだ。
とりあえず近くのカフェに入り、ビルの出入口が見える席に座る。
あとは、ただひたすら出てくる人間を監視するだけだ。
恐ろしく、長い時間。
二葉もアラタも無言のまま、スマホをいじっていた。
望んでいた百人からの連絡はないまま、精神だけが疲労していく。
────やがて。
(あの子だ────)
数人がビルから出てくるのが見え、その中の一人。
うっすらだけど、見覚えがある。
前にパソコンを教えた子。あの時は名前までは知らなかったが、彼女がおそらく『椎名』なのだろう。
照は二人に目配せする。
二人とも黙ったままうなずいて、三人は同時に立ち上がった。
後をつける。
『椎名』は、まっすぐ駅に向かい、電車に乗り込む。照たちも同じ列車に乗り込み、隣の車両から様子をうかがう。
電車の中で誰かに電話をしていた様子だったが、相手が誰かまではわからない。
そのまま、終点近くでようやく椎名は電車を降りた。
気付かれないように、距離を開けて電車を降りた照たちは、固まったまま椎名の後ろを歩いた。
駅前はすぐに住宅街になっていて、人通りも少ない。
椎名は駅前の通りをすぎ、住宅街にある公園のわき道へ。
見失わないように少し足を速めて、角を曲がったところで、椎名の姿が見えなくなってしまった。
「あれ……どっちに行った?」
「公園の中じゃね?」
二葉がそっと指差す。公園の中を椎名が歩いているのが見えた。
照はホッとして、公園の中へ足を踏み入れる。
公園の中は、植木や低木が多く、街灯のある場所以外は暗くかった。
虫の声すらしない気味の悪い静寂の中を、照は自分たちの足音だけを聞きながら歩いていく。
気のせいだろうか。風すら止まり、なんだか空気が重たく感じられるほどだった。
ふと、二葉が立ち止まった。
「あれ、また見えなくなった」
「え?」
前を見ると、歩いていたはずの椎名の姿がない。
いくら薄暗いとはいえ、急に逸れるような脇道もない場所だ。
走って追いかける?
でも尾行がバレたらマズい。
────そう思いながら歩いていた時。
「コソコソつけてくるなんて、いい度胸じゃねえか」
突然、後ろから声をかけられる。
ギョッとして振り返った照たちの真後ろに、新井が立っていた。
後ろから街灯の光に照らされ、新井の姿は暗く、表情がよく見えない。
しかしその目は、妙に赤く光っている。
瘴気。
おぞましさすら感じる声色。
────照の知っている、かつての新井とはまるで別人だ。
「ズラズラお仲間引き連れやがって、大人しく金渡すつもりは無いようだな」
「……当たり前でしょ」
照は、小さい声で言うのが精いっぱい。
そのくらい、新井の周囲の空気は重たく、濁っていた。
「あのUSBはどこから手に入れた」
一歩前に出て、アラタが言った。
新井がギロッとにらむ。
「テメエに教える筋合いはねえな」
「そうかい」
アラタは短くそう言うと、一息に新井に向かって跳んだ。
新井はニヤッと不気味に笑い、手の中の小さななにかをアラタに向かって投げた。
────USBだ!
まだ持ってた?悪霊を呼び出すつもりだ!
照が思わず叫ぼうとした瞬間、アラタは飛んできたUSBを両手で掴んだ。
「
短い気合の声と共に強い光がアラタの両手から発せられた。
小さな破壊音と共にUSBは一瞬で粉々になった。
「この手口はもう知っている」
たじろぐ新井に、アラタは低い声で言った。
「このUSBを作った組織をつぶしたのは、オレたちだからな」
照は安堵して、ようやくゆっくり息を吐いた。
よかった。あとはこのまま、新井を捕まえて────。
その時、背後からものすごい力で照はねじ伏せられた。
叫び声をあげる間もなく、照は地面に顔を押し付けられる。
驚いて振り向く二葉も同様に、なにかに押さえつけられてしまった。
「思ったよりも大物が釣れたじゃない」
新井よりもさらに暗く低い、おぞましい声。
まるで全身が押しつぶされるような、重たい空気。
押さえつけられながらどうにか顔を上げる。
「し……椎名……?」
「名前知ってたんだ。意外」
そこには、照を見下ろすように、イビツな笑顔を浮かべた椎名が立っていた。
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