第5話-5-

「ポンタの散歩コースはー?」

「近くの公園とか……」

「じゃあ、そんなに遠くまではいかないかもー?」

「順番に回って行こう」


 朝早く。

 神社にやって来た有美を出迎えたアラタと二葉は、もう出掛ける準備を終えていた。

 「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる有美。

 しっかりした子だな、と照はほほえましく三人を見守る。


「二人ともお願いね」

「まかせてー」

「わかってる」


 騒がしく出ていく三人を見送り、照は深呼吸する。

 こっちは、これから大和田社長の現場だ。


「よっし……こっちも気合入れなきゃ」


 仕事に、というより、大和田社長とのやり取りに。

 というか、やり合う覚悟を決めるしかない。

 ────そう思いながら社務所を出ようとしたとき、電話がかかって来た。

 大和田社長からだ。


「はい、鳴子除霊────」

「おィ!今日行ける現場は一件だけってなァどういうことだ!!」


 開口一番、怒鳴り声。照は深呼吸してから答えた。


「メールでお伝えしたとおりです。今日は手が足りないので、お受けできる依頼は一件だけで────」

「なに考えてんだ!除霊が終わらねえと作業が止まんだろがァ!遅延が出たら損害賠償だからな!」


 音量がどんどん大きくなっていく。

 受話器を耳から離しながら照は続けた。


「頂いた依頼のうち、受けられる依頼だけ返信をさしあげる、というお話になっていましたよね?なので、────」

「いいからとっとと現場に来いっつってんだ!」


 怒鳴り声でスマホが震えるような感覚。

 ……照はなんとなく以前の職場を思い出していた。


 机を激しく叩いて威嚇し、大声で周囲を委縮させる上司。

 暴力、暴言で人を従わせるのがあたりまえの環境。

 ────あの頃は『仕事なんてそんなもん』と思っていた。

 食っていくため、生きていくためのお金を稼ぐ。

 そのためにはこの程度の理不尽も暴言も耐えられないといけない。好きでも楽しくもない。

 それが仕事をするということ。働くということ。


 でも、今は違う。

 自分が『人を働かせる側』になった。

 だからって、自由に好きな仕事だけをやれるわけじゃない。お金のために嫌な思いを耐えなければならないのは同じだ。


 でも、わかったことが一つだけある。


「お前ェんとこの経営理念はどうなってやがる!もっと客を大事にしねェか!そんなだから────」

「あーもーめんどくさ」


 照はつぶやくように言った。


 仕事ってのは、自分で選んでいいんだ。

 選んだことで被るリスクもデメリットも、全部自分で受けることになるけれど、それをわかった上で、自分で仕事を選ぶことが大事なんだ。


 もう一度、深呼吸。

 そして、照は電話口に、はっきりと言った。


「というか、依頼受けないって返信しましたよね?それを確認して電話してきたってことですよね?でしたら、お話は以上です」

「なんだその態度はあァ!それでも会社の社長か!……もういい!今日の現場もナシだ!来ても仕事はやんねえ!」

「当日キャンセルですか?でしたらキャンセル料金は────」

「うるせェ!!お前ンとこは使わねえからな!二度と除霊の依頼は回さねェからな!覚えてろ!」


 なおもわめく大和田社長を無視して、照は電話を切った。

 はーっ、とため息。


「お疲れ様です」


 心配そうに言う百人に、照は笑顔を向けた。


「あはは、クライアントに喧嘩うっちゃった」

「私は、社長の判断を支持します」


 そう言って、百人はフッと笑う。


 客を怒らせた、なんて事になったら、怒られても仕方ないレベルのやらかし。

 でも、社長は別だ。

 ムカつく客を怒らせても、社長なら誰にも文句を言われない。

 ────それだけでも、社長になってよかった、と心底思う。


 照は、ようやく胸をなでおろした。

 重たい荷物をやっと背中から下ろせた気分だ。


(いや、なんにも問題がないわけじゃないけれどね)


 今後の売上が心配じゃないと言えば、ウソになる。

 それに、紹介してくれた小瀧橋先生にもなんて説明すればいいか。

 考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことは、まだまだ山積みだ。


(────でも)


 心の中でそうつぶやいて、照は頭をふる。


「考えるのは後でもいいや。時間も空いちゃったし、わたしもポンタ探しの手伝いに行ってくるね」

「はい、留守番はお任せください」


 百人に見送られて、照はアラタたちを追いかけていった。



 照が追いつくと、アラタたちは目を丸くした。


「仕事キャンセルになったから、わたしも手伝うよ」


 そう言うと、二葉が軽く笑う。


「社長まで総動員だねー」

「あ、ありがとうございます」


 そう言って、また丁寧に頭を下げる有美。

 大和田社長に怒鳴られるよりも、こっちのほうがよっぽどいい────照はそう思った。


「それで、どうやって探すつもりなの?」


 歩きながら照が尋ねると、アラタが言った。


「今、ポンタの匂いを追ってる」

「匂い?」

「犬神の力を使えば、わけもない」


 アラタの手には、少し汚れたタオル。ポンタの使っていたものだ、と有美は言った。


「ただ、ちょっと瘴気が強いんだよねー。急いだほうがいいかも」


 二葉がそう言うと、アラタはうなずいた。


 四人は大通りを超え、住宅街へ。

 細い曲がりくねった道を進んでいくと、少し大きめの公園に出た。


「ここはいつも、ポンタと散歩に来るところなんです」


 有美が言った。

 公園というか、野球の練習場を囲むように散歩道が整備されている。

 まだ朝早いせいか、人気はほとんどない。


「……ここじゃないな。もっと先だ」


 アラタはそう言って、さらに住宅地を進んでいく。

 神社からはもう大分離れた場所まで来て、電車の線路をくぐる。


「え、こんな遠くまで来ることあるの?」


 照が訪ねると、有美は首を横に振った。


「いつもは、さっきの公園で帰ってるんです。こんなところまで来たことないです」

「でも、ここを通った形跡がある」


 アラタが断言する。


 そこから先も、ずっと住宅街。

 突き当りまで行くと、川沿いの遊歩道に出た。

 川と言っても、両側をコンクリートで固められていて水辺には降りられない。

 代わりに、人工的に水が流れる小川が作られている。


「こっちだ」


 そう言って、アラタは走り出した。

 急いで照たちもついていく。


 やがて橋が見えてきた。その脇に、川に下りるための階段がある。

 階段は柵が閉じられていたが、アラタは迷わずそれを飛び越えた。


「え、ちょっと」


 さすがに戸惑う照。

 しかし、二葉も続いてそれを乗り越え、有美も続く。


「だ、大丈夫なのかな……」


 人目がないのを確かめて、照も柵をよじ登った。



 階段を降りると、水辺に近い高さに、ちょうど船着き場のような開けた場所が作られていた。

 多分、川でなにか工事や作業をするための場所なのだろう。手すりもなにもなく、川へ降りていくためのハシゴがつけられている。

 そして────無機質なコンクリートに囲まれたその場所に、真っ黒い球状のモヤがうごめいていた。

 大きさは、だいたい子供の背丈くらい。上の遊歩道からは見えない位置だ。


「ポンタ!」


 有美が泣きそうな声で叫ぶ。

 それに反応してか、黒いモヤはわずかにうごめいた。

 はっきりと形は分からないが、モヤの中に犬のような姿が見える。

 照は、思わず駆けだしそうになる有美を慌てて捕まえて、その場にしゃがませる。


「あれが……ポンタ?」


 有美を抑えながら、照はつぶやいた。

 黒いモヤは犬に絡み付き、取り込もうとしているようにも見える。


「悪霊だな。取り込まれてる」


 アラタが低い声でつぶやいた。



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