第2話

第2話-1-

 次の日。


(社長やる、とは言ったけど……)


 照は目の前の光景を見て、思わずため息をついた。


(ほんとにこの会社、大丈夫なのかな……)


 社務所に入ってすぐの事務所スペース。

 そこは机や棚が並び、会社として必要な書類がきちんと置かれている────はずの場所だった。

 けれど実際は、書類は散らかったまま放り出され、どのファイルになにが入っているのかすらわからない。引き出しや戸棚の中もごちゃごちゃで、整理された気配がまるで感じられない。


 会社の引継ぎをするためには、法務局や税務署などに行かなくてはならない。

 もちろん詳しい手続きなんてわからない。百人と相談した結果、細かいことは窓口に行って聞いてみることにして、まずは必要そうな書類を集めることになった。

 その日は時間も遅かったので照は一旦帰宅。

 ……ということで、今日は朝からやってきたのだが。


「すみません、もう少しかかりそうです」


 書類の山の間から百人が顔を出して、入って来た照に声をかけた。

 言われなくても、見れば状況は一目瞭然だ。


「あの……やっぱりわたしも手伝いましょうか?」

「いえ、とんでもない」


 おずおずと照が申し出ると、百人は慌てて首を振った。


「散らかっているのは私たちの責任ですので……照さんのお手を煩わせるわけにはいきません」

「でも……」


 それでも遠慮がちに返すと、後ろから笑い声が飛んできた。


「アハハ、掃除当番って誰だったっけー」


 振り向くと、小上がりの畳の上で巫女服のまま寝そべる二葉。

 百人と一緒に書類整理をしていたアラタが呆れた顔をする。


「二葉だろ」

「そだっけー?でも、アラタもやってなかったじゃん」

「事務所の中をいじると、じっちゃんが怒るんだよ」

「じゃー掃除当番関係ないじゃーん」


 クスクスと笑う二葉。アラタはため息をついて、書類の仕分けに戻る。


(ん?……)


 立ち尽くしたまま、照は考えた。

 引き出しや棚から引っ張り出した書類の量はかなりのもので、二人だけでやるのはかなり大変そうに思える。

 手伝った方がいいんだろうけれど、それは断られてしまった。

 遠慮?それとも、あまり手を出されたくないんだろうか。


 迷っていると、二葉がちらっとこっちを見た。


「とりあえず、お部屋は空けといたからー」

「え、あ、ありがとう」

「照しゃちょーも、お引越しで忙しいでしょ?こっちはアラタと百人に任せとけばいいんじゃない?」


 そう言われて、照はまた迷う。

 確かに、今の部屋の退去期限は近い。大急ぎで引っ越し業者を見つけて、荷物をまとめないといけない。

 さもないと、追い出されて住む場所がなくなってしまう。


(っていうか、そのために部屋を開けてもらったんだし)


 気を遣ってくれたのかも知らないけど、今は片づけを手伝うより自分の用事を終わらせたほうが先だ。

 「そうだね」と照はうなずいた。



 午後。

 部屋に戻った照は、どうにか退去期限までに受けてくれる引っ越し業者を見つけた。

 荷物をまとめながら、しばらく暮らしたマンションの部屋を見回す。

 この数年、会社の往復ばかりで、思い出と言えば洗濯物を貯めて困ったり、自炊しようとして野菜を腐らせたり、そんなどうでもいい事ばかりだ。

 ふとベッドに目を留めたところで、照は顔を曇らせた。


(あー……)


 大学からの付き合いだった彼氏とは、同じ会社に就職した。

 部署が違い、生活の時間も合わずに、顔も併せない日も多かった。

 それでも、付き合いも長かったし、そのままなんとなく婚約して、このまま結婚するんだろうな、と────あの夜までは、思っていた。


(これは捨てるかなあ)


 新しい部屋は畳だ。ベッドを置けなくはないだろうけど、どうせ部屋には似合わない。

 どうせ安物だし、要らない家具は引っ越し業者が引き取ってくれる。


(めんどくせえし、布団ごと捨てちゃうか)



 照は、再び鳴子神社に戻ってきた。

 軽い荷物だを運び込むだけのつもりだったが、社務所を覗いたとき、片付けがほとんど進んでいないことに気が付いた。


「おかえりー」


 相変わらず窓口で寝転がっている二葉が、手をヒラヒラさせながら挨拶する。

 書類の間から顔を出した百人も、疲れた表情で照に会釈した。

 アラタは、どうやら境内の掃除に行ってしまったらしく、社務所の外から箒の音が聞こえている。

 書類の山は、ある程度は仕分けが進んでいた。

 それでも、中身の詰まったファイルや木箱がまだ後ろに山積みで、まだまだ終わりは見えない。


「あの、飲み物を買ってきたんですけど……よかったら休憩にしませんか?」


 手にしたコンビニの袋を見せると、二葉はパッと起き上がった。


「やったー!ありがとね、照しゃちょー!」

「すみません……お気を遣わせてしまって」


 ぐったりした声で百人は言った。照は静かに首を横に振る。


「疲れた時はお互い様です。まずは一息入れましょう」



 事務所と小上がりの間のスペースに置かれた、折り畳みテーブルとイス。

 照はそこに、コンビニで買ってきたお茶とお菓子を広げた。

 二葉はいそいそとやってきて、さっそくチョコの袋を開けて食べ始める。百人は「すみません」と何度も頭を下げ、遠慮がちにお茶のペットボトルを手に取った。


「どうにか、会社を登記に関係した書類はいくつか見つかりました」


 一口お茶を飲んでから、百人が言った。


「印鑑証明とか税金関係の書類がまだですが……片付けも半分ほどは終わったので、じきに見つかると思います」

「お疲れ様です……」


 本当に疲れた顔の百人に、照は言った。

 社務所中の戸棚をひっくりかえす作業────想像するだけでも大変だ。途中までアラタが手伝っていたといっても、その労力に照は心の中で頭を下げた。


「事務関係は、鐵蔵さんが一人でやっていたんです」


 百人がぽつりとつぶやく。


「自分で全部把握している、なんて言っていましたが……。最初のうちは、大した量じゃなかったのですが、何年も続けているうちにだんだん凄いことになってしまいまして」


 照は苦笑した。

 自分も片づけは得意な方じゃない。気が付くと服や本が部屋中に散らかって、どうにもならなくなってしまうことがよくある。


「でも……よくそれで続けられましたよね。会社は大丈夫だったんですか?」

「あまり……大丈夫じゃなかったです」


 今度は百人が苦笑する。


「そもそも会社というのは名ばかりで、実態は鐵蔵さんの"除霊ボランティア"のようなものでしたから」

「除霊ボランティア?」


 照が聞き返すと、百人はうなずいた。


「鐵蔵さんは、困っている人を見ると放っておけない性格で……。

 この神社も、もとはほとんど廃神社みたいな状態だったんですが、悪霊がとり憑いたことで困った持ち主が鐵蔵さんに相談して、その流れでここを譲り受けた、と聞いています」

「譲り受けた?……ここ、思いっ切り東京のど真ん中ですよね?」

「まあ、昔の話だそうですから……。それに、鐵蔵さんが住んでいれば悪霊も寄り付かないだろう、と」


 ようするに「事故物件」のようなものだろうか。

 だとしても、ちょっと歩けばターミナル駅があるような場所を譲り受けたなんて、うらやましい話だ。

 この神社を囲むマンションだって、家賃はきっととんでもない値段だろう。


「でもさー、おかげで部屋がいっぱいあるし、住むのには困んないのはありがたいよねー。落ち葉の掃除ちょっとめんどいけど」


 二葉が、もう五つ目のチョコの包みを空けながら言った。

 ────もっと買って来ればよかった。アラタの分は残るかな、と照は思った。



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