なんでも肯定してくれる澄香先輩のお悩み相談部〜微笑みを灯すフィロソフィア〜

遠藤孝祐

恋愛に関するアンチテーゼ

 ワイワイと声が弾む放課後。哲学書の積み重なる相談支援部室には、三人の男女が顔を突き合わせていた。


「うぅ……ひっぐ」


 涙を流す快活そうな少年。部室に来るや否や、人目もはばからず泣き出してしまった。


 少年に向けてハーブティーを差し出し、慈愛の笑みを向ける少女。


「私は白須美しらすみ澄香すみかと申します。あなたが相談者の方ですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 聖母像を思わせる佇まいを見せる少女、澄香が促すと、少年は顔を上げ、ハッと表情を変える。


「ウス……中津なかつつよしっス……一年」


「俺は、久田ひさだ貞彦さだひこ。二年生。よろしくな」


 横にいる控えめで落ち着きのある少年、貞彦は硬い面持ちで言った。ただならぬ剛の雰囲気に、言葉がけをためらっている。


 どう話を進めようかと、貞彦は思案する。泣いていては話にならない。


 貞彦とは裏腹に、澄香は落ち着き払っていた。


 そして、母を思わせる口調で言葉を紡ぐ。


「剛さん。あなたは、素晴らしい方ですね」


 剛は困惑に顔を歪ませる。


「……えっ、そんな俺なんて……」


 自信なさげに顔を伏せた剛。


 澄香はしゃがみ込み、剛の顔を見上げた。


 世界を包むように、柔らかな眼差しを向ける。


「剛さんは、困りごとがあって相談に来られた。自身の悩みを人に打ち明けられる。それだけで――剛さんの誠実な人柄が伝わります」


 澄香は微笑みを向ける。それだけで、悩みなんて吹っ飛んでしまいそう。木漏れ日が辺りに満ちる。もちろん錯覚だ。


「……澄香先輩!」


 剛の瞳から、ぶわっと涙が零れ落ちる。先ほどとは違った、温かさを宿す涙。


 二人のやりとりを見て、貞彦は思う。


(澄香先輩……天然すぎてえげつなっ!)


 相談者だからといって特別待遇ではないことを、貞彦は知っている。


 飾り気のない、いつも通りの澄香。だからこそ人の心を解きほぐしてしまう。


 えげつないほどの天然さに、貞彦は尊敬するほど引いていた。






 数刻ほど経ち、ようやく剛が泣き止んだことで、改めて話は本題に入った。


「それで、剛さんはどのような理由で、相談支援部に来られたのですか?」


「はい。彼女のことで悩んでいたんスけど、そしたらクラスメイトの素直さんから、相談支援部のことを聞いたんス」


「そっか。素直のクラスメイトなのか」


 感情も言動もストレートな一年生、矢砂やすな素直すなおも相談支援部の一員だ。しかし珍しく風邪にかかり、学校を休んでいる。


 誰かと遊ぶことや関わることが大好きな彼女。一人で療養は寂しいらしく、貞彦へ頻回に連絡が入っていた。


「っス。それで彼女についてなんスけど」


 剛の眉が弱気に曲がる。前向きで熱血なイメージと裏腹な仕草だった。


 貞彦は肩にグッと力を入れた。澄香の活躍が大きいとはいえ、相談支援部として様々な恋の悩みなどを解決してきた自負がある。


「俺たちは色んな悩みを解決してきたんだ。遠慮なく言ってくれよ」


「流石っス。貞彦先輩はきっと、恋愛経験豊富なんスね」


 尊敬の念を受け、貞彦は心地よく感じていた。


(さあどんとこい。何が来ても答えるぞ)


 悩みの内容をシミュレートしている最中、剛は快活に言い放つ。


「彼女から『しんどいから別れたい』って言われて。どうすればいいスかね?」


「……」


 貞彦は沈黙した。沈黙しかできなかった。


 剛がもたらした恋愛の悩みは、貞彦の想定を超えてきた。


 貞彦の額から汗が流れ落ちる。どこか粘っこく、かゆみの伴う嫌な汗。


 沈黙の重みと、すがるような剛の瞳。


 鉛が混ざったような空気に耐え切れず、貞彦はなんとか言葉を紡いだ。


「えっと……大変だな」


 苦しまぎれな一言は、弱々しく消える。まるで和らがない雰囲気の中、澄香だけは微笑みを絶やさなかった。






「なるほど。剛さんと留美るみさんは、地下鉄のホームで運命的な出会いをしたんですね」


「はい。留美のしおりが風に飛ばされて、俺がキャッチしてから話すようになったっス」


 使い物にならない貞彦の代わりに、澄香はその場を仕切り始めた。貞彦の失敗を責めないことは、有難くもあり情けなくもある。


 澄香は、剛と手丸てまる留美るみのなれそめについて尋ねる。


 物事を解きほぐすために、まずは情報収集から。相談支援部のセオリー。


「付き合ってからは一緒に帰ったり、デートしたり。そこそこ連絡もしてるっス」


「とても良いですね。でも、留美さんはしんどいと。その理由に、心当たりはありますか?」


 澄香は尋ねる。表情は穏やかだが、視線だけは全体を見渡すように動く。


「うーん。わかんないっス。俺としてはもっと話してもらいたいと思うんスけど」


 澄香の目が、わずかに細まる。


「けど、ということは。何か思うことがあるのですか?」


「なんていうんスかね。付き合ってると、お互いに不満とか出るじゃないスか。貞彦先輩もそうっスよね?」


「そそ、そうだな」


 いきなりお鉢が回って来て、貞彦は咄嗟に強がる。


 本当は彼女はいないなんて言えず、貞彦は唇を嚙みしめた。


「留美さんは、何か不満を口にしないのですか?」


 澄香の問いかけに、剛は力なく笑う。無力さを表わすような、抜けた表情が印象に残る。


「それが全然言わないんス。だから、本当にそれでいいのかなって」






 その後、澄香たちは情報収集と話し合いを進めた。彼女と別れることを望んでいないが、結果を相談支援部が決められない。


 あくまで、相談者の願いを叶えるお手伝いをする。


 目標は『留美と話し合う機会を設ける』に留めた。


 剛はさっそく留美と連絡を取り、相談支援部の人と話して欲しいとお願いをした。


 いきなりの申し出に断られるかと思っていたが、秒速で返事が来た。


「留美も二人と会うことを了承してくれたっス」


「良かった。てっきり断られるかと思った」


「ただ、条件付きっスね」


「条件とは、なんですか?」


 剛はわけがわからないとばかりに、首を傾げつつ言った。


「お二人と話をする時に、俺は同席しちゃだめらしいっス」


 剛の言葉を受けて、貞彦と澄香は顔を合わせた。交差する瞳に疑問が宿る。


 普通、逆じゃね?

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