転生した氷の賢者ユリーティアと七人の弟子〜原作開始前に退場しているはずの【氷の賢者】に転生していた私は、破滅フラグ確定の悪役達を弟子にしてハッピーエンドを目指したい!〜

由岐

第1章

第1話 賢者の森

 イージス王国には、脈々とその叡智えいちと技術を受け継いできた者達が住む場所──“賢者の森”が存在する。

 賢者達はそれぞれ大精霊と契約を交わし、その力がよこしまな者の手に渡らぬよう、守護してきた。


 私──ユリーティアも、七人の守護賢者の一人。

 

 氷の大精霊フェンリルの契約者であり、亡くなった師匠……先代の氷の賢者であった祖母が就いていたその位を、厳しい修行を経て受け継いだのだ。

 

 私の祖母は、帝国兵に殺された。

 理由は当然、大精霊を奪って戦争を有利に運ぶ為。

 晩年の祖母は、『自身の今の実力では帝国に負けてしまうだろうから』と、フェンリルとの契約を解除して、他の賢者に譲渡した。

 その頃まだ幼かった私は、たった一人の肉親との永遠の別れを予感していた。……事実、間も無くして祖母は殺されている。


 それから私は祖母の意志を受け継ぐべく、他の六人の賢者達からあらゆる知恵を学んだ。

 彼らは皆、私を実の孫のように愛し、育ててくれた。

 私も、彼らの期待に応えようと必死だった。

 いつか私以外にも次世代の賢者候補が現れれば、姉弟子として色々世話をしてやりたいと思っていた。

 

 ……けれども、現実とはそう上手くいくものではない。

 賢者の素質を持つ者とは、単に魔法や武芸に秀でた者という訳ではないからだ。

 結局、私が二十代半ばになっても有望な弟子は見付からないまま。

 気付けば私が正式に氷の賢者を名乗れるようになってから、十年もの歳月が経とうとしていた。


 ボーン……。


 ボーン……。


「……何、この変な音」


 森で薬草を集めていると、どこからか奇妙な音が響き渡ってきたのだ。


「……まさか、帝国軍にこの隠れ家がバレたのか!?」


 この十年、帝国からの襲撃は何度かあった。

 けれどもその度に七賢者の力を集結し、帝国の包囲を突破しては、また新たな土地での生活を始める繰り返しの日々を送ってきた。

 そうして私達が移り住んだ森こそが、次の“賢者の森”となる訳だ。

 

 ……しかし、それにしては森の動物達が妙に静かなのだ。

 本当に帝国軍が攻めて来たというのなら、動物達が異変を察知して逃げ惑うはず。


「……私の考えすぎ、か?」


 しかし──


 ボーン……。


 ボーン……。


 この妙な音が、鳴り止まない。


「……もしかしたら、爺さま方の誰かが新しい連絡手段でも編み出したのかもしれないな」


 森の中でこんな異音がすれば、小鳥達も呑気に木の実なんて摘んでいないだろう。

 この奇妙な音は、どうやら私の耳にしか入っていないようだった。




 *




 本当ならもう少し薬草を集めてくる予定だったのを切り上げて、現在の住まいである家の中に入ると、早速レス爺さま──水の賢者に捕まった。


「おお、ユリーティア! ちょうど今、お前さんを呼び戻そうとしていたところだったのだ!」

「どうしたんです、レス爺さま? やはり何かあったのですか?」

「ああ、ボボンの占いでな……」


 そう言って、暗い表情で手招きしてくるレス爺さまの後を追う。

 いつもの大きな食卓に向かうと、賢者の爺さまが全員揃っていた。

 光の賢者──ボボン爺さまの占いは、滅多に外れない。


「おお、ユリーティア……大事な話がある。早く戻って来てくれて助かったよ」


 私が席に着くのを見届けて、早速ボボン爺さまが本題に入る。


「……もう間も無く、帝国軍がここを攻め込んで来る。逃げる支度を整えるんだ、ユリーティア」

「っ、やはり帝国が……! ボボン爺さま、皆様方もお早くここをつ準備をなさりませんと! どうして私の帰りを待ちながら支度をなさっていないのですか!?」


 いつもなら、ボボン爺さまが占いでそれを察知して、その場に居る全員で荷物を纏めて拠点を離れる準備をしておくものだった。

 けれども今回は、誰もそんな準備をしていない。


「……ユリーティアよ。我らが七賢者で、最も未来ある若者よ。よぉく、聞いておくれ」

「……っ、はい」

「今回の占いで……私の先見の能力は、使えなくなってしまったんだ」

「え……?」

「それから間も無くして、レスや他の賢者達も、普段は出来ていた魔法や錬金術に不具合が生じている。……まるで、見えないかせめられ、空を舞う自由を奪われた鳥のようにな」

「そんな、ことって……」


 他の賢者達の顔を見回してみても、全員が悔しげに、ボボン爺さまの言葉に頷いている。


「私はこの中でも、一番の年寄りだ。もうじきお迎えが来るのは理解出来るし、それに伴って魔力が衰えるのも自然であろうとも。しかし……」

「……“他者の魔力に干渉するには、対象となる者の名前と、多くの代償を必要とする大規模な魔法が必要になる”、でしたよね」

「ああ。……帝国も、とうとう本腰を入れて私達を一網打尽にしようとしているのだろう」


 レス爺さまやボボン爺さま達は、私が生まれる以前から名を残している賢者達だ。

 大精霊を狙う帝国ならば、当然彼らの名前も知っているはず。

 しかし、そこには私という例外があった。


「……この十年は至って平穏だったが、もう向こうさんもなり振り構っていられないんだろう」

「残念ながら、ユリーティア。私達は魔法が使えなければ、単なる老ぼれ共の集まりだ」


 嫌だ……その言葉の先を、聞きたくない……!


「故に我らは、未だ帝国にその名を知られていないユリーティアに、全ての大精霊を託す事で意見が一致した」

「でもボボン爺さま! 私にそんな大役が果たせるとは思えません! 今から急いで逃げれば、きっと全員が助かる道が──」

「無理だよ、私達のお姫さま。可愛いかわいい、ユリーティアや。ワシらの足腰では、この深い森を駆け抜けるのもままならん。全員分の身体強化薬も足りぬし、効果も一時的なものにすぎんのだ」

「でも……それでもっ……!!」


 ……本当は、私だって頭では理解していた。

 ただでさえ魔法が使えていても、十年前の逃亡劇はギリギリの賭けのようなものだった。

 私だけで六人全員を庇いながら、この森を抜けるのは不可能に近い。

 相手は常に、千人を越える軍勢で攻め立てて来たのだから……。


「……分かってくれるな、ユリーティア」


 ボーン……。


 ボーン……。


 頭の片隅で、重厚な鐘の音が響き渡る。


 ボボン爺さまから手渡されたのは、宝石のように煌めく小さな青い結晶。

 それが入った小瓶を渋々受け取ると、爺さまが言う。


「まだ幸いお前の名と顔は知られていないが、十年前に私達と共に少女が居た事は知られているだろう。だから、それをお前に授けよう」

「……これは、何なのですか?」

「それは若返りの秘薬。望んだ年齢まで若返る事が出来る、ユリシアの最期の研究成果だよ」

「ユリシア……お婆さまの……」

「“いつかユリーティアが帝国から身を隠す必要が出た時に、それをあの子に渡してほしい。それがせめてもの、あの子から両親を奪ってしまった私の、最期の償いになれば”……と」


 ユリシアお婆さまの遺した秘薬は、同じ魔術系統を受け継ぐ私にしか作用しないという。

 その厳しい条件を設けたからこそ、確実に効果が発動する……らしい。





 そうして私は、賢者達の全てを引き継いで森から逃げた。

 ……親代わりとして、私をここまで育ててくれた師匠達を見捨てて。

 

 お婆さまが“生きろ”と。

 爺さま達が“生きろ”と。

 私の為に与えた知恵と大精霊ちからを、帝国に奪われないようにする為だけに、彼らを見捨てて逃げたのだ。


 ボーン……。


 ボーン……。


 音のする方へ、走っていく。

 まるで“こちらへ逃げろ”と導くようなそれを頼りに、ただひたすらに。

 振り返る事なんて出来なかった。


 だって、私にはそんな権利は無いのだから。


 ごめんなさい。

 私は生きて、きっと他の大精霊達にも受け入れられる弟子達を探すから。

 爺さま達が、歴代の賢者達が護ってきたものを、私がきっと次へ繋げてみせるから。


「……ここまで来れば、大丈夫かな」


 川を越えた先には、町があったはず。

 人に見られる前に秘薬を使わなければと、今のうちに小瓶の中身を口に放り込んだ。



 ……そうして、十歳ほどの少女の姿になった私の顔が、川の水面に映っていた。

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