第2話 ペルソナ。それとThis Man
事の始まりと思われるその『村』を訪れた時。
僕はその『村』の光景に驚愕する事となる。
何故なら、その村の全ての家屋の軒先に、僕の似顔絵が貼り出されていたからだ!
…一応言っておくが。
僕がこの町に訪れたのは全くの偶然であり、村に知人がいる訳もなく、僕の顔を知り得る人物もいるわけもない…。
◆
僕の名前が『正体不明の人物』として公表された1ヶ月前の…。
ある日。
…いや
そんな『ある日』なんて曖昧な時ではない。
言い直そう。
毎日。
そう毎日だ!
僕の世界は、止まる事なく、慌ただしく、唯々、忙しかった。
共に働く仲間の為に。
支えとなる友の為に。
恩義ある家族の為に。
…社会の為に。
信念と信条を岩と積み重ねながら。
精一杯。がむしゃらに。
そして…。
『壊れた』
信条も信念も、儚い瓦礫となって瓦解した。
…同時に、暫しの、人生初の、長期休職の期間を得た。
僕は負けたのだ。現実に。社会に。
僕は弱かった。
自身の理想と思想が叶えられる程、強くは無かった。
「僕は弱い」
その現実が苦しくて、どうしようもなかった。
医者が出した薬を飲めば、無理矢理寝れる。罪悪感も抑えられる。
頭痛も治る。
しかし、心の底のドロドロとした蟠りと不安は、焦燥感を伴ってジクジクと染み出し続け、僕を苦しめる。
だから僕は…。
もう一人の自分を創ることにした。
『どうにかできないもの』を『どうにかしよう』といちいち心を動かす事の無いように。
素の自分を晒して傷つくことを防ぐ為の鎧を身に付ける為に。
…辛いモノ全部押し付ける為に。
単なる妄想である事は解っている。
しかし僕は、自分の中に『もう一人の自分を創る』ことを望んだ。
◆
「もう一人の自分が欲しい」
…それは、所謂『ペルソナ』という考え方なのだろうか。
その『もう1人の自分のペルソナ』の仮面を装着していれば、もっと生き易くなるなる筈だ。
そんな妄想を続けていた日々の中で。
考え、疲れ果て、現実逃避を望んだ僕は、住み慣れた都会の喧騒から距離をとりたくて、遠く離れた土地まで車を走らせた。
そして。
とある山間の『村』を訪れた時。
僕は奇妙な(というか異常な)光景を目にした。
穏やかな川と鳥囀る木々。
連なる山々に囲まれた自然と共にある…いわゆる地方の田舎。
都会の住宅街のように狭苦しくも無く、しかし円滑に程良い近所付き合いができそうな距離感で並び立つ民家。
しかし。
異常なのはそこからだった。
その全ての家の軒先に、玄関に、幟旗に。
一枚の障子紙のような白紙が張り出されていた。
そして、その全ての白紙には…。
…僕の似顔絵が描かれていた。
僕の顔が、村の全戸の軒先に貼り出されているのだ!
町中に張り出された僕の似顔絵。
その光景は不気味でしかない。
しかし…。
つい…。
引き寄せられるように、僕はその町に立ち寄ってしまった。
好奇心…とは違う理由。
「まぁどうでもいいか。現実逃避ができるなら」という思考。
そして…。
「何かが変わるかもしれない」
そんな程度の期待からだった。
◆
村を散策する僕に話し掛ける人物がいた。
それは、1人の和服の女性だった。
歳の頃は…20歳程だろうか。
その女性は、自分がこの土地の巫女であり、村の代表として僕に声を掛けたのだ、と語る。
そして、何故、村中に僕の似顔絵が貼り出されているかの理由も教えてくれた。
巫女の女性が僕に告げる。
「先日、貴方の顔が多くの町民の夢に現れたのです。」
そして、
「それはこの土地の産土神のお告げだったのでしょう。」
更には、
「あなたはこの村にとって特別なのです。私はそれを貴方に伝えに来ました。」
と口にした。
なお産土神とは、所謂、土着信仰の神のことだ。
なんだそりゃ。
僕が住民の夢に出てきた?
それが土地の土着神のお告げ?
まるで『This Man』じゃないか!
◆
そんな僕の動揺を意に返す事なく、巫女は言葉を続ける。
「貴方も導かれてこの土地にやってきたのです」そう述べる巫女の女性の勧めにより、僕はこの村の民宿に泊まる事となった。
どうせ暇だ。時間はある。自暴自棄になっていた気持ちがそれを後押しした。
宿で出された夕食は、その民宿の規模や金額に見合わない程、豪勢であった。山の幸。川の幸。米も美味い。
宿の主人が酒を勧めてくる。その酒もこの土地の地酒だそうだ。
夕食を共にする巫女さんも、丁寧な手つきでお酌をしてくれる。
旨い料理と美味しい酒。
僕も気分良く呑み食いを進めた。
◆
深く酒の回り始めた僕に、巫女が問う。
「貴方は何故、この町を訪れたのですか?」と。
僕は答える。
「静寂が欲しかった。1人になりたかった」と。
再び巫女が問う。
「貴方の望みはなんですか?」と。
僕は答える。
「辛い現実から逃れる為にもう1人の僕が欲しい」と。
また巫女が問う。
「貴方は何故、孤独を求めるのですか?」
それは…。
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