第十話 二本のツノ

 

 なんて言うのが正解なのだろう。帽子を取ったエメットの前で僕は固まったままだった。状況がいまいちのみこめていないようだ。


 帽子を取った彼女の頭にはツノが二本生えていた。なんでツノが生えてるんだ、彼女はヒトではないのか。


 ヒト以外にも様々な種族がいることは知っていた。でもまさか彼女がそうだとは思わなかった。さっき会った彼女の母親も普通の人って感じだったし。そういえば、村の子供たちが彼女のことをツノ帽子って呼んでたな、変な名前だと思ったけどなるほどそういうことだったのか。


 色々な考えが頭の中を駆け巡る。


 僕が黙ったままなので、エメットは不安そうにこっちを見ていた。


 「ツノ....」


 さっき色々考えたのに、やっと話せたのはそんな言葉だった。


 「....実はボク、ハーフなんだ。おかあさんは普通なんだけど、おとうさんが魔族で、....だから....隠しててごめん。」


 彼女はさっきよりも小さい声で話始め、最後は絞り出すような声になった。不安そうにしていた顔が段々俯いていく。


 今まで帽子を取らなかったのは、ツノのことを隠していたかったからだろう。村の子供たちからの扱いを考えると隠したくなるのは当然だ。そんな隠してきたことを今日、僕に打ち明けた。それはきっととても勇気がいることだっただろう。


 改めて彼女の方を見る。今やもう彼女は完全に俯いていて表情を見ることができなかったが、僕は彼女の表情を見なくても容易に想像がついた。

 もう迷いはなかった。


 「なんでそんな悪いことをした時みたいに俯くんだよ、顔を上げてよ。」


 言葉を続ける。


 「ツノがあったらなにか変わるの?僕はそんなことで人を嫌ったりしないよ。」


 「でも、村の子はボクをいじめるのはツノがあるからって。」


 なるほど、前からなんでエメットがいじめられているのかはっきりしていなかったけど、やっぱりそれが理由だったのか。

 でも、村のあいつらと一緒にされるのは嫌な気持ちだ。そこまで僕は信じてもらえてなかったのかと少しの悲しさと怒りのようなものがあった。


 「村の子らと一緒にしないでよ!」


 普通に話すつもりだったけど、思ったより大きな声が出てしまった。エメットは予想外の声の大きさにびくっとなっていた。


 「僕が村の子らからって言われてるのエメットも知ってるでしょ。なのに僕があいつらと一緒のことをするわけないじゃないか。」


 「でも....」


 彼女はまだ何か言おうとしていた。そうか。僕は彼女と友達になってからのことしか知らないけど、彼女はそれより前から村に住んでいた。きっと今までも自分がハーフって他人に知られたことで嫌な思いをたくさんしてきたのだろう。だから僕の言葉も信じられないのかもしれない。

 ふぅと息を吐いて口を開く。


 「それとも、エメットは僕に本当の親がいないからって遊んでくれなくなるの?」


 そんなことはないとわかっていたが、彼女にたずねる。ないとわかっていながらもこれを彼女に問いかけるのは勇気がいった。


 「そんなことしない、絶対!しないよ!」


 エメットは周りに響き渡るような大きな声でそう言った。聞く前から想像できたことだったが、実際にそう言ってもらえると少し嬉しくて安心した。


 「それと僕も一緒さ。僕もツノがあるからってエメットと遊ばなくなったりしない。だから無理に隠そうとしなくてもいいよ。もちろん、エメットがそれでも嫌ならいつものままでも大丈夫だよ。」


 「うん、....ごめんね。」


 そういって彼女はまた帽子を被り直した。まだ帽子を取るのは嫌なのだろう。別にそれでもいいと思う。


 「なんで謝るのさ。」


 「....そうだね、ごめん、」


 エメットはまた僕に謝った。このままじゃおんなじことの繰り返しになってしまいそうだ。


 「また謝ってるよ、エミーは変なんだから。」


 この重たい空気を変えようと彼女をまたその名前で呼ぶ。


 「....だからエミーって言わないでよ、」


 エメットは顔を上げて僕に怒った。でも、その表情はさっきよりも明るく笑っていた。

 僕らはまた日が暮れるまで遊んだ。


ーーーーーーー



 夕方になり、エメットと別れて家に帰る。


 「ただいま。」


 「おかえり、夕食まだ作ってるところだからちょっと待ってね。」


 おばさんがキッチンから声をかけてきた。上着を自分の部屋で脱いでおばさんのいるキッチンに向かう。


 「約束に遅れなかった?エメットちゃんを待たせてないでしょうね?」


 「大丈夫でしたよ。エメットも来てなかったので村まで呼びに行って、あ、そういえばエメットのおかあさんに会いました。」


 「あらそう。ちゃんと挨拶したでしょうね、失礼な態度とかとらなかった?」


 「もちろん、そんなことする訳ないじゃないですか。」


 「そうよね、私やアルバートにも滅多にそんなことしないから要らない心配だったわね。」


 おばさんは鍋から目を離さずに言った。


 「実は、....エメットから聞いたんですけど彼女は魔族のハーフらしくて、ツノがあって....。」


 おばさんに恐る恐る話す。隠しておいた方がいいかもと思ったりもしたが、前におばさんたちに隠し事をしていい結果にならなかった。それにおばさんはエメットがハーフだからといって何かを言うような人ではないから話しても大丈夫だと思ったから、そう決めたのだ。


 「あらそうなの。」


 おばさんの反応は想像してたのよりもあっけないもので僕は拍子抜けした気分になった。何かを言われないにしてもおばさんも驚いて僕が最初に聞いたような反応をするだろうと思っていたからだ。


 「おばさんは知らなかったのに驚かないんですか?」


 「別に種族が違う友人も何人かいるし、ハーフだからって驚くほどでもないわね。でダニーはどう思ったの?」


 「どうって、別に....。」


 急に聞かれると思っていなかった質問がきて口ごもる。どうって何を答えればいいんだ。びっくりしたのは確かだけど....。


 「あなたはどう思ったの?ハーフって聞いて。」


 僕が答えるのに困っているのをみて、改めて同じ質問をおばさんにされた。さっきまで鍋を見ながら話していたが、今は僕の方をまっすぐに向いている。


 「....ハーフだって聞いてツノを見た時はびっくりしたけど、だからどうこうとは思いませんでした。エメットとはこれからも変わらず友達です。」


 僕のその言葉を聞いておばさんは安心したように頷いて、僕の頭を撫でた。


 「それでいいのよ、ダニー。エメットちゃんとはこれからも仲良くしなさい。あなたの最初の友達なんだから。」


 「言われなくてもそのつもりです。」


 当たり前だとおばさんに言うとおばさんはもう一度頷いてその場で背伸びをした。


 「それにしても、ハーフか。この辺ではあんまり見かけないけど私が学生だった時はクラスに一人はいたなぁ。」


 おばさんは自分の学生時代を思い出しているようだった。


 「前から聞きたかったんですけど、おばさんはなんという学校に通っていたのですか?」


 「あら、言ったことなかったっけ。アルモニーってところよ、懐かしいわね。」


 「そのアルモニーってどんなところなんですか?」


 「ダニー、学校に興味あるの?もしかして行ってみたいとか。」


 実を言うと僕は学校と言うところに少し興味を持っていた。同年代の子たちが集まって学ぶところということは知っていた。

 幸い、学校に行かなくても家にある本などで今のところは不自由なく勉強できているが、様々な分野を専門の人から教わるということは面白そうだし行ってみたい。


 でも、村の子たちにいじめられて友達もエメットしかいないのに学校に行って周りの子たちとやっていける気がしない。

 それに学校に行くとなるとお金がかかる。今以上におじさんたちに迷惑をかけるわけにはいかない。


 「別にそんなことないです。ただ、おばさんが懐かしそうに話していたのでどんな場所なのかなって。」


 なるべく興味がなさそうにそっけなく返事をする。


 「そう。アルモニーでの生活は今でも覚えているわ、もう十数年前なのにね。私は勉強が得意ではなかったから、試験前になる度に夜中までひーひー言いながら試験勉強していたわ。」


 おばさんが勉強が苦手だったとは、意外だ。僕は勉強していてわからないところがあると、いつもおばさんに聞いていた。おばさんの説明はいつもわかりやすく、教えるのが上手かった。だから勉強が得意だと勝手に思い込んでいた。


 「意外です、おばさんはいつも僕にわかりやすく教えてくれるので、てっきり勉強が得意と思ってました。」


 「苦手だったからどこがわからないのかなんとなくわかるのよね。あ、それと学生時代に私にいつも勉強を教えてくれてた...人が..コホ、教え方がうまかったのもあるかもね。」


 さっきまで楽しそうに話していたおばさんが途中で言葉に詰まって少し咳をした。


 「大丈夫ですか?」


 「大丈夫よ、ちょっと咳がでただけ。そろそろ寒くなるからダニーも風邪ひかないように気をつけなさいよ。」


 「はい、もうあんなしんどい思いはしたくないですからね。」


 少し前に風邪を引いた時のことを思い出して、もう風邪はひかないように気を付けることを決める。


 そんなことを話していたら、玄関のドアが開き外の寒い風が中に入ってきた。

 ドアの方を見るとおじさんがいつものように狩りの時の格好をして立っていた。


 「おじさん、お帰りなさい。」


 「ああ、ただいま。」


 おじさんは家の中に入ってドアを閉め、肩に背負っていた大きな荷物を下ろした。


 「今日は遅かったわね、なにかあったの。」


 「森の獣を追い払うのに時間がかかってね。寒くなるとエサが減るから村の方まで来るのは毎年のことなんだけど今年は例年よりも多いし活発だよ。こんなのは数年ぶりだ。」


 おじさんは厚手のコートを脱ぎながら話す。


 「おじさん、その右手どうしたんですか?」


 コートを脱いだことであらわになったおじさんの右ひじの下は包帯で巻かれていた。白い包帯には血がにじんでいる。まだ新しい傷のようだ。


 「ちょっとヘマして、爪で引っかかれてな。幸い傷はそこまで深くなかったからなんとかなったが。」


 「大丈夫なの?」


 おばさんが心配そうにおじさんの手をみつめる。


 「手当てはしたからあとで包帯を変えれば大丈夫だよ。」


 「よかった。あんまり無理しないでよアルバート、」


 「わかってるよ、それよりソニア、ダニエルもあんまり森の方に行かないでくれよ。村の方は明るいうちは大丈夫だけど森はいつでも危険だから。」


 おじさんの力強い言葉に僕とおばさんは頷く。


 獣か。手練れのおじさんでも傷を負うくらいなんだから、僕なんかが出会ったらなすすべもなくやられるだろう。最近は日が暮れるのも早くなってきているし気をつけないとな。


 おじさんとおばさんはまだ、村での被害がどうこうなどと話していた。

 ふとキッチンの方を見る。途端に僕は叫ぶ。


 「おばさん!、鍋、鍋!」


 ずっと前から火にかけていた鍋がぶくぶくと泡を立てて煮立っていた。今にもこぼれそうだ。


 「忘れてた!」


 おばさんは急いでキッチンに走っていった。


ーーーーーーー


 夕食を食べ終わって自分の部屋に戻った。

 すぐ寝ようとベッドで横になったが、なかなか眠れなかった。


 体を起こして窓の外を見る。暗い中、月の光で照らされた庭が窓に映っていた。


 完全に目が覚めてしまったので少し本を読もうと自分の机に座る。机の上にはいつもの本のほかにおばさんから勉強のために借りた数冊が立ててあった。何を読むか少し考えた後、周りの本と比べて薄く背の低い本を取り出して読み始めた。


 時間が経っていつのまにか庭を照らした光が、窓から伸びて僕の手元を照らす。


 半分くらい読み進めた後、僕はページをめくる手を止めた。そのページには魔族について書かれていた。

 エメットの姿が頭に浮かぶ。顔を上げて椅子にもたれかかる。しばらくそのままでいたが、一度大きく息をはいて本に目線を戻す。本にはこう書いてあった。


 その名前の由来は、当時交流がなかった時代に、そのツノなどヒトとはかけ離れた彼らの外見を初めてみた人々が違う姿を恐れ、魔の物と呼びそれが変化して魔族と呼ばれるようになったそうだ。


 元々、ヒトと魔族は別々の大陸で暮らしていてほぼ交流がなかった。しかしここ百年で技術や魔法の発達によって行動範囲が広がったことで本格的に交流が始まり、今では色々な地域で暮らすようになった。


 当初は種族の違いによる差別や迫害が起こっており今では昔よりも減ったが完全に無くなったというわけではなく、小さな都市や辺境の閉鎖的な村に残っていることが多いらしい。


 確かに、ここは町から離れているし当てはまるか。

 おばさんも言っていたが、村では別種族やハーフが珍しいだけで、世界では色々な種族と暮らしているのか。スケールの大きな話を読んで少し頭が追いつかない。


 別大陸、別種族。いつか行って文字じゃなくて自分の目で直接見てみたい。エメットも村から出たらいじめられなくなるのだろうか。いつか一緒に行けたらいいな。


 段々眠くなってきたので本を閉じてベッドに横になる。なんだかいつもより寒い。頭までシーツを被って僕は眠りについた。

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