第三十一話_ビオラ、倒れる

 しばらく呆然と暗闇を見つめていたビオラは、腕の中のイクシアが小さく呻いた声にハッとした。視線をイクシアに落として「ごめんね、イクシア。ちょっと待ってて」と言うと、イクシアを岩が屋根となって雨が避けられる場所にそっと寝かせてビオラは飛び立つ。


 焦げ臭い煙が漂う中、巣があるはずの場所にビオラは飛んでいく。暗闇に薄っすらと浮かび上がった巣は、三段あった一番下は完全に溶け落ち、二段目も半壊、岩場の出っ張りにぶら下がっているビオラの部屋も三分の一程が溶けてなくなっていた。


 全体を支えているビオラの部屋がもう少し溶けていたら巣全体が落ちていてもおかしくなかった。


「あぁ…… 卵が……」


 ビオラは自室の有様を見て悲しい声で呟く。溶け落ちていた三分の一は自分のベッドやベビーベッドのあった一帯であった。卵は落ちて炎の中に消えたと思われた。


「今はそれよりも……」


 ビオラは卵を諦める。それよりもイクシアの治療を何とかしないとと、半壊した二段目の倉庫へと飛び込む。倉庫内は周囲より更に焦げ臭い。既に雨で鎮火していたが、布などの可燃性のものが幾つか燃えてしまっているのをビオラは確認した。


「薬草…… 薬草は?」


 焦る気持ちで周囲を漁るビオラはボトボトと涙を落としながら反省の言葉を口にした。


「こんなことなら、ちゃんと整理しておけばよかったよぉ……」


 整理しておけば何処に何があるか見当も付いたのにと後悔に苛まれてビオラは薬草を探し続ける。焦げた薬草を手にしたときは悲鳴をあげそうになったビオラだったが、グッと堪えて探し続ける。


「あっ! あった!!」


 ほんのわずかに燃え残っていた薬草を見つけたビオラは手に取るとすぐさま口に薬草を含んだ。大急ぎでイクシアのもとへと飛びながら口の中の薬草を噛む。


「お待たせ、イクシア」


 イクシアのそばに降り立つと、ビオラは口から噛み砕いた薬草を出してイクシアの背中に塗る。

 炎によってイクシアのパジャマの一部が燃え、彼女の背は火傷を負っていた。左の羽が熱で形が変形してる。


「世界に恵みをもたらす数多の精霊たちよ、どうかイクシアをお助け下さい」


 薬を塗り終わったビオラは全身ありったけの魔力を祈りに乗せる。かつてこれほどの魔力を扱ったことのない彼女は体がバラバラになりそうなほどの苦痛を伴う感覚を味わう。


「薬の塗布、ヨシ。 ご安静に」


 辺り一面を照らすほどの強力な光がビオラとイクシアを覆う。その光の中で、ビオラは意識を失ってパタリと倒れてしまった。




 翌日、イクシアはペリウィンクルの泣き声で目が覚めた。雨もやみ、いつも通りの快晴である。


 母ビオラに抱かれた状態でいる自分に驚いたイクシアは「お母さま?」と声をかけるがビオラに返事はない。しかし寝息を立てている母に安心した彼女はホッとした表情をし、ペリウィンクルのほうへと顔を向ける。


「待ってて、ペリウィンクル。 今ご飯を――」


 そう言って飛び上がろうとしたイクシアはバランスを崩して転んでしまった。


「あれ?」


 どうしたんだろうと、再び飛び上がろうとしたイクシアだったが、ふわっと少し浮いた後に思うように進むことが出来ずバランスを崩して足を着く。


 ビオラの必死の治療によってイクシアの背の火傷は完治していたのだが、ひしゃげてしまっている羽までは元に戻らなかった。


 妖精蜂は魔力で飛び、羽でバランスをとる。まったく飛べないわけではなかったが今までの様には飛ぶことが出来なかったのだ。


 背中を振り返ってひしゃげてしまった自分の羽を見、顔色も変えずに瞬時に事態を把握したイクシアは、ペリウィンクルに顔を向けるとニコッと笑い、「ちょっと待っててね」と岩場の陰の花畑に走って向かった。


 花畑に咲いていた花から蜜と花粉を採取したイクシアは手の中で捏ねて小さな花粉団子を作る。急いで走り戻った彼女は泣きじゃくるペリウィンクルの口に作ったばかりの花粉団子を含ませた。


「ごめんね、お待たせ」


 泣き止んで機嫌のよくなった妹にニコッとイクシアは微笑みかけた。





 イクシアがペリウィンクルに花粉団子を与えていたちょうどその頃、いつものようにワァワァと騒ぎながら遊びにやって来ようとしていたGPシスターズはオアシ巣の異常に気が付いてパタッと足を止めて黙った。


 遠くから見ただけで何か大変なことが起こったと思ったゼフィが二人の妹に振り返って言う。


「ビウム、母ちゃんに連絡!」


「おけっ!」


「サリス、行くよ!」


「あいさっ!」


 ビウムは来た道を砂煙をあげてダッシュで戻り、ゼフィとサリスも急いでオアシ巣へと走った。

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